救援に行く

先鋒を任された孫堅が虎牢関を攻め、討ち取った敵軍の副将の胡診の首が、袁紹達が居る陳留の下に届けられた。


「これが敵軍の副将の胡診か」


「流石は江東の虎の異名を持つ孫堅。異名は誇張ではないようだ」


 届けられた首を見て、孫堅の武勇を称える袁紹達。


「その内、孫堅殿は華雄の首を届けてくれるでしょうな」


「そうなれば、洛陽攻略もあっという間に済むな」


「戦後の論功行賞が楽しみですな」


 袁紹達が高笑いしだした。


 そして、胡診の首を持って来た使者は、袁紹に伝える。


「我らは関を攻めます。長期戦になると思うので、将軍が兵糧を送ってほしいと言っておりました」


「分かった。袁術。直ぐに用意させろ」


「承知した」


 袁術の返事を聞いた使者は、一礼してその場を離れて行った。


「さぁ、その内、孫堅殿が吉報を届けるのを、我等は酒でも飲んで待っていましょう」


「ですなっ」


 袁紹が一席を設けたと言うと、諸侯達は気兼ねなくその席に座り酒を煽った。


「しかし、この酒は大変に美味しいですな。そこいらにある酒よりも遥かに美味しいですな」


「これは曹操が提供してくれた酒だ。あやつの家で作っているそうだ」


「ほほぅ、曹操殿はこのような美味しい酒を、毎日飲んでいるのですかな?」


「それは羨ましいですな」


 袁紹達は、酒を飲みながら楽しく、談笑していた。


 袁術も、その中に混じり酒を飲んでいたが、目が笑っていなかった。


(孫堅め。日頃から親しくしている私を差し置いて、袁紹をこの連合軍の盟主に推薦するとは気に入らん。あやつめ、少し灸をすえてやるわ)


 袁術は酒宴を終えた後、自分の陣地に戻っても兵糧の準備はしなかった。




 胡診の首を持って来た、孫堅の使者が来てから数日が経った。


 その間、毎日、昼も夜も関係なく宴が行われていた。


(やれやれ、置酒高会ってこういう事を言うのかな? 此処は戦場だって事を分かっているのかな?)


 曹昂は、自分が居る天幕にまで笑い声が、聞こえて来るので呆れていた。


 史実では、反董卓連合軍に参加した武将達の殆どの武将が戦場に出向かないで、酒宴を催していたと書いてあったが、本当だったんだと知り内心、溜め息をついていた。


「これじゃあ、兵力が多くても勝てないだろうに」


「こればっかしは仕方が無いと思うぞ。戦で物をいうのは、兵力と兵糧だって祖父ちゃんが言っていたからな」


 曹昂の独白に董白が答えた。


「其処は軍略と指揮じゃないの?」


「兵法じゃあ『少敵の堅は、大敵の禽なり』って言うだろう」


「ふむ。確かに」


 この『少敵の堅は、大敵の禽なり』とは、いかに士気が高い小勢でも多勢の敵の前では餌食になるという意味だ。


「二倍の兵力があるんだから、余裕を持つのはおかしくないだろう」


「確かにね。兵糧は?」


「腹を空かせた兵なんか、役に立たねえだろう」


「確かに一理ありだね」


 曹昂は董白の言葉が真理だなと思い、思わず笑ってしまった。


 前世で読んだ本でも『腹が減っては戦は出来ぬ』とか『軍隊とは動く胃袋』という言葉があったので、その通りなんだなと思ったからだ。


『失礼します。若君にご報告があって参りました』


「入って良いよ」


 曹昂が入室を許可すると、董白は傍に置いてある剣を掴み、何時でも抜ける様にしていた。


 何時の間にか、護衛の様な事をする様になった董白。


 曹昂は、別にそんな事をしなくても良いと言うと。


「別に良いだろう。あたしが勝手にしている事なんだから」


 と言って、止めようとしないので好きにさせた。


 一度、冗談で「そんなに傍に居たいの?」と言ったら、董白は何も言わず顔を背けたのだが耳が真っ赤であった。


 それを見て以来、何も言わなくなった。


 天幕に入って来たのは配下の『三毒』の者であった。


「何か報告する事がある?」


「はっ。虎牢関を攻めている孫堅軍に兵糧が届いていない事で、兵が弱っておりました」


「兵糧が? 確かかい」


「はい。糧を焚く炊煙も上がっていませんし、孫堅軍の陣地に補給物資を積んだ馬車が一台も通っていません」


「何だって⁉」


 跪く『三毒』の者の報告を聞いて、驚きの声を上げたのは曹昂ではなく董白であった。


「どうして、兵糧が届いてないんだ?」


「それを今聞くから落ち着いて。で、調べたんだろう?」


「はっ。調べたところ、兵糧を監督している袁術が、兵糧を送らない様にしている様です」


「使者は? 流石に兵糧が送られなかったら使者は来るだろう」


 しかし、使者が来たと言う話は聞いていない。


「袁術が、密かに袁紹の耳に入らない様に、握り潰している模様です」


「成程。そういう訳か」


 報告を聞いた曹昂は、孫堅の状況が伝わっていない事が分かり頷いた。


「済まないけど。父上とうちの軍の各部将達に声を掛けて来て。軍議を行うからって」


「承知しました」


 そう返事するなり『三毒』の者は一礼して離れて行く。


「さて、行くとするか」


 曹昂が立ち上がると、董白は当然の様に付いてきた。


「別にそこまでして付いてこなくても良いよ」


「そんなのあたしの勝手だ。好きにさせろ」


 つんとした顔で言う董白。


 曹昂は微笑んだ。そして、直ぐに顔を引き締めた。


「じゃあ、どうぞお好きに」


 そう言って、好きにさせる事にした。




 数刻後。




 曹操軍の陣地で、一番大きな天幕に曹操と各部将達が集められた。


 そして、其処に曹昂と董白が居るのを見ると皆、にやけた顔をしていた。


 曹操は一番顔を緩ませながら上座に座ると、他の者達も座りだした。


「さて、息子よ。私達を急に呼び出すとは何事だ? 婚礼が待ち切れず初夜を共にしたか?」


 曹操がそう言うと、周りの部将達は笑い出した。


 今の曹操軍の部将の殆どは親戚なので、皆曹昂を揶揄うのに躊躇がなかった。


「違いますっ‼」


 何で董白と一緒に居ると、皆はこうして揶揄うのだろうと思う曹昂。


 董白も揶揄われて、照れている様で顔を赤くしていた。


「では、何だ? まさか。貂蝉も娶りたいから三人一緒に初夜を共にするとでも言いたいのか? う~む。まさに前代未聞の事をしおる。流石は我が息子だ」


「どうして、父上は僕が話があると言ったらそういう方面に持っていくのですか?」


「お前の反応が面白いからだ」


 この人、嗜虐趣味でもあるのか?と思ったが。今はそんな事よりも大事な事があるので聞き流す事にした。


「間者からの報告で、孫堅軍の兵糧が届いていないとの事です」


 曹昂の報告を聞くと、流石に曹操も真面目な顔をした。


 部将達も話を聞いて、重要だという事が分かったので、直ぐに顔を引き締めた。


「確かか?」


「はい。既に兵が弱っているとの事です」


「兵糧監督は袁術であったな。あいつ、何をしているんだ?」


「恐らくですが、袁術殿本人からしたら兵糧が届かない程度で孫堅殿が負けるとは思ってないのではないでしょうか?」


「馬鹿な。袁術は友人だが、其処まで馬鹿ではないぞ」


「であれば、どうして兵糧を運び込まないのでしょうか?」


「・・・・・・お前はどう思う? 昂」


「推測の域を出ませんが。それでよろしければ」


「構わん。言え」


「では、此度の袁術軍の動員兵力はどれくらいでしたでしょうか?」


「確か三万だったな」


「袁紹殿も少し多い四万です。対して孫堅殿は」


「五万だ。まぁ、噂では何処かの太守から奪った軍勢らしいがな」


「袁術殿はそれで自尊心を傷つけられたのでは? 自分よりも動員兵力が多い事に」


 そんな小さな事と曹操は思ったが、自尊心が高い袁術ならば有り得るかもしれないと思った。


「もしくは、袁術殿は各諸侯の兵力を減らすのが目的では?」


「それはどんな目的だ?」


「今後の為にです」


 曹昂はそれしか言えなかった。


 それを訊いた曹操は、その言葉から察した。


 他の部将達は、意味が分からないのか首を傾げていた。


「愚かな。この戦に勝たなければ、この後の事など何の役にたとうというのだ」


「袁術殿はそこら辺が分かっていないのでしょうね」


 曹昂は首を横に振り、曹操を見る。


「どうしますか? 父上」


「・・・・・・ここは恩を売るのが得策だと思うが。皆はどう思う?」


 曹操が部将達に訊ねると、部将達を代表して夏候惇が一礼して答えた。


「孟徳。お前がそう言うのであれば、我等は何処へなりとも行くだけだ。それで全軍を連れて行くのか?」


「いや、騎兵を中心にした五千で十分だ。息子よ。あの『帝虎』と『竜皇』は動かせるか?」


「問題なく。何機、動かしますか?」


「全てと言いたいが、あまり大事にしても面倒だ。四機ほど動かせ」


 陳留の城の周りに置かれている『帝虎』と『竜皇』は合計して二十四機ほど置かれている。


 その中で四機ほど居なくなっても、誰も気にしないだろう。


「夏候惇、夏侯淵、曹仁、曹昂は私に付いて来い。曹洪、楽進、史渙は陣にて待機しろ」


「「「「御意」」」」


「事は急を要する。準備が出来しだい出立する。急げっ」


 曹操の下知が下るなり、部将達は一礼して天幕から出て行った。


 皆が出て行くと曹操は曹昂を見る。


「息子よ。お前は馬に乗れるか?」


「ええ、何とか」


 洛陽に居た時に董白と呂布からみっちり指導された。


 お蔭で人並みに乗れるようになった。


「そうか。では、お前も付いて来い。妻を連れてな」


「つ、つまっ‼」


 曹操にそう言われて顔を赤くする董白。


「父上。あまり揶揄わないで下さい」


「ははは、すまんな」


 全然、悪びれていない顔で謝る曹操。


 曹昂は憤慨しながら、董白を連れて天幕から出て行った。

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