女の戦い
曹昂が曹操の下に呼び出されている頃。
董白は自分用に宛がわれた部屋の中でうろうろしていた。
(う、う~…………)
先程曹昂に言われた事が自分の頭の中を駆け回っていた。
『僕は君を殺したくない。だから、僕の下に来てくれっ』
その言葉を思い出す度に、顔を真っ赤にして意味も無く慌て、意味も無く動き回る。
羞恥のあまり、変な行動を取る董白。
その動きは、まるで罠に掛かり抜け出そうと、動き回る獣の様であった。
そうして、動き回っていると、部屋の戸の向こうから声を掛けられた。
『失礼します。お茶をお持ちしました』
声を掛けられて、動き回るのをピタリと止めて落ち着いて、椅子に座り咳払いをする。
「あ、ああ。どうぞ」
『失礼します』
そして、戸が開けられると部屋に入って来たのは、貂蝉であった。
お盆に茶器を乗せて入るなり、テキパキと準備を整えていく。
その動きを目で、追いながら董白は内心思った。
(こいつ。曹昂付きの侍女だよな。何であたしの所に?)
洛陽にある曹昂の屋敷に来た時に、何度か顔を合わせた事があった。
その度に思った。何故か、敵意に近い視線で自分を見ているのだろう?と。
殺気は無いのだが、何故そんな目で見られるのか分からず、困惑しながらもとりあえず相手をしないでおいた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう。……っ⁈」
茶器を目の前に置いてくれたので、董白は茶器を取り啜ると、あまりの苦みに顔を顰めた。
その苦さには、涙が出そうであった。
「どうかしましたか?」
「お、おまえ、このちゃ、にがすぎだろう……?」
貂蝉は不思議そうな顔をしているので、董白が口を抑えながら指摘する。
「そうですか。曹家の茶はこれぐらいの味ですが? 御口に合いませんでしたか?」
申し訳なさそうに言う貂蝉。
それを訊いた董白は、内心で嘘だと思った。
洛陽の屋敷でも茶を何度か飲んだが、こんなに苦くなかった。
なのに、今出された茶は凄く苦かった。
その事から、これは貂蝉がわざとこんなに苦くしたのだろうと察した。
(こいつ。何のつもりだ?)
董白は貂蝉がこんな事をする理由が分からなかったので、怒るよりも戸惑っていた。
貂蝉がどうしてこんな事をするのかと言うと、ちょっとした嫌がらせであった。
奴隷であった自分を買ってもらい、使用人というよりも妹の様に可愛がってもらった事で、貂蝉は曹昂に異性として好意を持っていた。
その内、自分は曹昂のお手付きになる事を夢見ていた。
それでも、手が付いたとしても自分は奴隷であるのだから、妾にしかなれないと分かっていた。
其処に、董白がやって来た。
自分とは違って正室になれる身分と、自分と違って明るい性格に貂蝉は嫉妬していた。
なるべく、顔には出さない様にしていたのだが、それでも感情は完全に制御できなかった。
曹昂が密かに洛陽を抜け出そうとしている事を知った時は、これで董白に会えなくなると思っていたが、卞蓮が密かに連れて来た時には、内心卞蓮に憤っていた。
其処に、曹昂が董白に告白する所に出くわした。
なので、嫌がらせをしたのだ。
訝しい顔をしている董白を貂蝉は微笑む。
「曹家の茶の味はお好きになれませんか?」
「嘘つけっ。この味はどう考えても苦すぎるだろうっ」
「申し訳ありません。直ぐに淹れ直してきますね。その間、この茶菓子で御口直しをして下さい」
貂蝉は皿に二股の匙と少し茶色が、混じった黄色の丸い物が置かれていた。
「これは?」
「蘇という物です。口直しになりますよ。わたしは新しく茶を淹れてきます」
貂蝉はそう言って、一礼して部屋を出て行った。
貂蝉が部屋を出て行って、少しすると。
「すっぺええええええええ‼」
部屋から、大声が聞こえて来た。
蘇は牛乳を煮詰めて、出来た物だ。
貂蝉は、それを大量の酢を入れて作った。
ちなみに、この蘇の作り方を教えたのは曹昂であった。
その声を聞いてほくそ笑む貂蝉。
そして、今度は本当に茶を淹れようと思い、厨房へと向かった。
大量の酢を入れて作られた蘇を食べた、董白はあまりの酸っぱさに悶えながら闘志をたぎらせていた。
「じ、じょうとうじゃねえか。そっちがそうくるのなら、うけてたつぜっ」
董白は酸っぱさに悶えながら誓った。
何が何でも曹昂の妻になってやると。
その後、貂蝉が茶を持って来ると、董白は貂蝉を指差しながら宣言した。
「この程度の嫌がらせに負けると思うなよっ。ぜってええ、あいつのつ、つまになってやるからなっ」
「そうですか。頑張って下さい」
董白の宣言を聞いて、貂蝉は不敵に笑った。
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