史上最古の

 会議が終わり解散になったが曹昂は曹操の下に向かった。


「父上。あれは一体どういう事ですかっ」


 曹昂が曹操の下に着くと、曹操は卞蓮の膝に頭を乗せて耳掃除を受けていた。


「ん~? どうしたのだ。曹昂」


 自分はこんなに困っているのに、耳を掃除されて気持ち良さそうに顔を綻ばせている曹操の顔を見てイラッとしたが、曹昂はそれよりも大事な事があるので話をする事にした。


「……父上。董白の件でお話が」


「うん? それに関してはお前に任せると言っただろう」


「父上。放任を通り越して無責任が過ぎますよ」


「そうか? まぁ、女性の扱いは不慣れなお前には荷が重いか」


「それ以前の話なんですけど。幾らなんでも僕に説得は無理でしょう」


「いや、お前しか居ない」


 曹操は卞蓮に手で合図を送る。すると、卞蓮は耳から手をどける。


 曹操は身体を起こすと真面目な顔をする。


「我等の中で一番董白に接しているのはお前だ。お前でなければ説得は無理であろう」


「そう言われると……」


「それに私としては、別にこれでも良いんだぞ?」


 曹操は首を切る仕草をした。


 先程の議題では特にそれらしい発言はしていなかったが、曹操からしたら説得して曹昂の嫁になるのも良し。説得に失敗して処刑する事になっても良かったのだ。


「お前がどうにも董白を殺したくない感じで話を持って行くから、私は婚礼を挙げろと言っているのだ。助ける事を発言した以上、責任を持つべきだ。まさか、私の息子が口だけという訳ではなかろう?」


 にぃっと笑う曹操。


 それを言われては曹昂は何も言えなかった。


「……分かりました」


 曹昂は、曹操に一礼して部屋から出て行った。


 部屋を出るなり溜め息をついた。


(言ったのは確かだからな。さて、どうしたものか……?)


 そう悩みながら歩いていると、部屋の戸が開いた。


 振り向くと、其処には卞蓮が居た。


「曹昂。話は聞いたわ。御免なさいね。私が勝手な事をして」


「……いえ、こうなったのも初めから言わなかった僕が悪かったので気にしないで下さい」


 これには流石に、自分に非があるので曹昂は怒る事も出来なかった。


 それを見て、流石に大変そうだと思ったのか、卞蓮は助言をくれた。


「あの子。董白だけど。押しに弱そうだから、少し強く言えば説得に応じてくれると思うわ」


「押しに弱い、ですか?」


 勝気な董白なので、押しが弱いと言われても、曹昂からしたら首を傾げるしかなかった。


「まぁ、頑張りなさい。貴方と董白の相性は悪くないから」


「……分かりました」


「ああ、董白は今、用意した部屋にいるから案内してあげる」


「お願いします」


 曹昂はそう言って卞蓮の後に付いて行った。




「此処よ」


 卞蓮の後に付いて行くと、ある部屋の前まで来た。


 其処に董白が居ると、思うと曹昂は緊張してきた。


 少し落ち着こうと、深呼吸をしようとしたら。


「董白。曹昂が話があるって言うから連れて来たわよ」


 そんな曹昂が目に入らなかったのか、卞蓮が部屋にいる董白に声を掛ける。


(せめて、心の準備をする時間を下さい⁉)


 内心でそう叫ぶ曹昂。


 しかし、返事は無かった。


「あら? 居ないわね。何処かに行ったのかしら?」


 卞蓮は首を傾げた。


 曹昂は安堵しつつも何処に行ったのだろうと思った。


「二人共。其処で何をしているんだよ?」


 其処に董白が、声を掛けて来た。


「あら、何処かに行っていたの?」


「ちょっと庭に出て散歩をしていたんだよ。ところで、あたしに何か用か?」


「曹昂が話があるそうよ。私は部屋を知らないだろうから案内しただけだから。後は二人で話しなさいな」


 卞蓮はそう言って、曹昂に小声で「頑張りなさいね」と言って去って行った。


 二人はしばらくの間、黙っていたが。董白が咳払いした。


「ああ、とりあえず部屋に入るか?」


「そうしても良いかな。少し大事な話があるから」


「分かった。入れよ」


 董白が戸を開けてくれたので、曹昂は先に入った。


 部屋に入ると、曹昂は室内を見回した。


 特に私物と言った物は置かれていなかった。


「あんまりジロジロ見ても何もねえぞ。此処には着いたばかりだし、大した物は持って来てないから」


 曹昂の後に続いて、部屋に入った董白はそう言って戸を閉めて振り返った。


「そうだよね」


「で、何の用だよ?」


 董白にそう言われて、曹昂は唾を飲む。


(この説得が上手くいかなかったら。董白は。知り合いが殺されるのを見るのは流石に心が痛む。此処は頑張らないと)


 そう思い、気持ちを引き締めた。


「・・・・・・話したい事があるんだ」


「ああ、何だよ」


「その……今後の事だけど……」


「ああ、何時頃、都に帰るんだ? 早く帰らないと祖父ちゃんが怒り出すかもしれねえぜ」


「・・・・・・それなんだけどね。董白」


「うん?」


「君はもう洛陽にいや、董卓の下に帰る事は出来ない」


「うん? まぁ、そうだな。婚儀を終えたら家には帰れないな」


 この当時の中国の婚儀で、嫁は嫁いだ家に離縁するか死ぬまで実家に帰れないのが常識であった。


 なので、董白は曹昂の言葉を婚礼を挙げたら、実家に帰る事は出来ないと言う意味で取った。


「……違うんだ。君はもう死んでも家に帰る事も出来ないんだ」


「どういう意味だよ? それ」


「……父上が董卓に対して兵を挙げるんだ」


「っ⁉ そいつは」


「そう。つまり、僕の家と董白の家は敵同士になるんだ」


「お前っ、それを知っていてあたしを連れて来たのかっ⁉ あたしを人質にするつもりか?」


 半狂乱になりながら声を荒げる董白。


「違う。そうじゃないんだ。僕は」


 曹昂は、董白を落ち着かせようと近付こうとしたら。


 まだ緊張していたからか、足が動きに付いて行けずもつれて倒れてしまった。


 倒れて来る曹昂に、反応が遅れてしまった董白は受け止めてしまい、二人は倒れてしまった。


 ドンっ‼


 曹昂は床に手を突いた。


 それにより、董白の顔が曹昂の目の前にあった。


 後少しで、互いの唇が重なりそうであった。


「おま、おまえ、ちか、ちかい。かお、ちかいから…………」


 曹昂の顔が間近にあるので、驚きつつ顔を赤らめる董白。


「僕は君を人質にするつもりはなかったんだ。信じてくれっ」


「わ、わかったから。しんじる。しんじるから……」


「そして、聞いてくれ。僕は君を殺したくない。だから、僕の下に来てくれっ」


「…………はい」


 蚊が鳴くような声で、董白は目を反らしながら答えた。


「本当?」


「う、嘘を言う訳ねえだろう。それに、あたしも自分の幸せを掴みたいんだ」


「幸せ?」


 どういう意味?と思い不審そうな顔をする曹昂。


「その事を言うから、ちょっと離れろっ」


「分かったよ」


 そう言われて曹昂は退けて横に座った。


「ふぅ~、全く。お前って時々とんでもない事をするな。それとも曹家の結婚の告白は相手を押し倒してするっていう伝統でもあるのかよっ。ったく……」


 顏が熱いのか手で煽いで風を送る董白。


 それに関しては偶然だと、言いたいが言えば面倒な事になりそうな気がしたので何も言わなかった。


「祖父ちゃんは昔に比べると権力に固執する様になっちまってな。昔は優しくて気前が良い人だったんだけど。何時からか残虐な事も平然とするような人になっちまったんだ」


「へぇ~、そうなんだ」


 気前は良いのは、間違っていないなと思いながら返事をする曹昂。


「他の親戚は何も言わねえが、曾祖母ちゃんだけ、祖父ちゃんがしている事を諫めているんだ。でも、祖父ちゃんは耳も貸さないけど」


 董白の話に出た曾祖母とは、池陽君に封じられた人だ。


 董白の招きで、何度か屋敷を訊ねた時も相手をしてくれたので、曹昂は覚えていた。


 九十近くの年齢の割にピンピンしており、とても九十近くの老人には見えなかった。


「曾祖母ちゃんはあたしに言ったんだ。『このままあの子の傍に居たら、どうなるか分からない。私はもう老い先短いけど、お前はまだ若いのだから。家を出る時が来たら、私達に構わないで自分の幸せを掴みなさい』って言われたんだ」


「そうなんだ。良い事を言う人だね」


 その言葉を聞いて、曹昂は何時だったか屋敷を訊ねた時に「曾孫の事をよろしくお願いね」と言われた事があった事を思い出した。


 あの時は董白の相手を頼まれたのだと思ったが、今にして思うと、これからの董白の事を頼まれたのではと思えた。


「そんな訳でよ。お前が、どうしても私が欲しいって言うのなら、そのだな。・・・・・・お前の下に来てやってもいいぞ」


 照れながらチラチラと曹昂を見る董白。


(可愛いな。こんなに照れている董白を見れるとは・・・・・)


 何か可愛い動物みたいと思いながら見ている曹昂。


「……おい。何か言えよ」


「ああ、ごめん。僕は」


 曹昂は董白の問いに答えようとしたら。


『若様。宜しいですか?』


 部屋の外から貂蝉の声が聞こえて来た。


 その声に思わず跳び上がる曹昂達。


 先程までの事を聞かれている訳ではないのに、何故か顔を赤らめて距離を取る二人。


「・・・・・・ああ、おほん。何かな?」


『孟徳様が御呼びです。直ぐに来て欲しいとの事です』


「父上が? 一体なんだろう?」


 もしかして考えを変えて、董白を処刑するつもりなのか?と思い出す曹昂。


「分かった。今から向かう」


 曹昂はそう答えた後、董白を見る。


「……返事は後日で良いかな?」


「あ、ああ。別に急がねえけど。とりあえず、暫く厄介になるぜ」


「それは問題ないから」


 曹昂と董白は少し話した後、曹昂は部屋を後にした。


 曹操の下に向かう途中、先程董白にしたあれって床ドンなのかな?とふと思った。

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