朝議ってこんな感じなのか

 屋敷に帰るなり曹昂は朝廷に出仕する事となった事を卞蓮達に告げた。


 卞蓮は驚きつつも「頑張りなさいね」と言って肩を叩いてくれた。


 励まされつつも内心では、出仕したくないなぁと思っていた。


 とは言え、洛陽を出る言い訳が出来ないので、今は仕方が無く仕える事にした。




 翌日。




 用意された絹を急いで官服に仕立ててもらった。


 冠は用意して貰ったのだが、曹昂の頭は小さくて被っても、ぐらぐらしていた。


 仕方が無く紐を通して、きつく締めて頭に乗せる事にした。


 冠の位置を微調整し、身なりを正す曹昂。


「じゃあ、行って来ます」


「いってらっしゃい。旦那様が帰って来る日が分かったら教えてね」


 卞蓮達には曹操は董卓の命令で、地方の巡察に向かったと教えている。


 なので、屋敷に戻ってこない事を変に思っていない。


 馬車に乗った曹昂は、卞蓮達に見送られて、まずは将軍府に向かった。


 先日、朝廷に行った時に帰り際に李儒が「明日は出来るだけ早く将軍府に来るように」と言われたからだ。


 この場合、宮殿では無いのかと思いながら了承した。




「……改めて見るとデカいよな」


 将軍府の入り口を見てそう思う曹昂。


 董卓に挨拶する為に門前で待っている間、暇なので門を見ていた。


 計ってみないと分からないが何丈あるのか気になっていた。


 そうして門を見ていると警備に立っていた兵が、曹昂が来た事を告げに中に入って来たのか、戻って来た。


「将軍が中でお待ちです。どうぞ」


 そう言われたので曹昂は兵の一人に案内されて中へと入って行った。


 案内で通された部屋は書院であった。


 曹昂は通されるなり頭を下げる。


 直ぐに頭を下げたので一瞬しか見ていなかったが、董卓と桶を持った女性と呂布が居た。


「曹昂。参りました」


「おお、来たか。顔を上げよ」


「はい」


 曹昂は顔を上げると、董卓はニコニコしていた。


「良く来たな。馬車を用意させているから共に朝議に参ろうぞ」


「はい」


 逆らっても仕方が無いので頷く曹昂。


 そして、桶を持っている女性を見る。


 二重瞼に気品が有る顔立ち。鴉の濡羽色の様な髪を結っていた。


 身長は六尺六寸約百六十八センチ程で侍女にしては綺麗な服を着ていた。


 この前見た侍女達が着ていた服よりも、綺麗な服を着ているなと思いながら見ていた。


「もういい。下がれ」


「はい」


 董卓が桶を持った女性に命じると女性は、一礼して董卓に尻を向けて下がった。


 それを見てギョッとする曹昂。


 普通、この場合尻を極力見せないで下がるものだと知っているからだ。


「愚か者! 誰に尻を向けているのだっ」


 董卓が女性の尻を見るなり怒声を上げる。それを訊いて女性は慌てて、桶を置いて平伏した。


「も、申し訳ありません!」


「貴様は何度言えば分かるのだ! 全く物覚えが悪いにも程があるであろうにっ」


「申し訳ありません。どうかお許しをっ」


「五月蠅いわっ。その身で覚える様にしてやるっ」


 董卓はそう言って鞘に収まった剣を振り上げる。


 鞘で叩くつもりだと察した曹昂は董卓を止めた。


「まぁまぁ、将軍。今は折檻するよりも、朝議に向かうのを先にした方がいいと思います」


「……ふん。それもそうだな」


 董卓は鞘を腰に収めた。


「今日は特別に許してやる。下がれ」


「は、はい」


 侍女の人は董卓と曹昂に一礼して下がって行った。


 曹昂は下がっていく侍女を目で見送ると董卓に訊ねた。


「やけに侍女の仕事に慣れていない感じがしていましたけど、前は何をしていたのですか?」


「皇女だったが、二親は死んで居ない上に何処にも行く宛てがないから侍女として使っているだけだ」


「ああ、成程……えっ?」


 聞き捨てならない言葉を聞いて思わず董卓の顔を見る曹昂。


「万年公主は知っているか? あの侍女がそうだ」


「……」


 董卓の口から出た言葉に何も言えなくなった曹昂。


 歴史上、先々代の皇帝である霊帝には数人子供がいる。一人は先帝である劉弁。もう一人は現帝である劉協。もう一人は王に封じられたが、名前が分からない南海王。最後の一人が唯一皇女である万年公主。


 まさか、皇女だった人が侍女をしているとは思わなかった曹昂。


 余談だが、南海王は幼い頃に病死と公表されている。


 あまりに早い死なので、何皇后が毒殺したという噂が流れた事があった。


(そう言えば、真偽不明だけど董卓が後宮に乱入して女官を犯している時に皇女も犯したという話があったな)


 まさかそれが、先程目にした万年公主だとは曹昂も分からなかった。


 驚いている所に使用人がやって来て「馬車の準備が整いました」と声を掛けて来た。


「では、行くか。奉先。曹昂」


「はっ」


「は、はい」


 董卓は呂布と曹昂を連れて朝議へと向かった。




 朝議が行われる場に着くと入り口に居る宦官が大声で「董将軍の御成りです!」と言う。


 言い終えた宦官は頭を下げた。


 董卓はその宦官に腰に佩いている剣を渡す。呂布も同様に剣を渡した。


 外廷に入る時は剣を持って入ってはならないという法があるから従っているようだ。


 だが、董卓は明らかに不満そうな顔をしていた。


 曹昂は剣を持っていないのでそのまま入る事が出来た。


 董卓は百官達の列の間を通って行く。


(何処まで付いて行けば良いのだろう?)


 そう思いながら付いて行ったが、呂布は董卓が玉座の階段を上がる前に離れて玉座の一番近い所の位置に立った。


 曹昂は横目で呂布を見ながら付いて行った方が良いかなと思ったが。


「曹昂。お主は儂の傍に立て」


「……はい」


 良いのかな?と内心思いながら董卓の後に続いて董卓が椅子に座ると曹昂は左隣に立った。


 現帝である献帝と目が合ったので一礼する曹昂。


 献帝は何も言わないで座った。それを見て百官達も座った。


 そして、近くに居る宦官から芭蕉の葉に似た扇を渡された。


(あっ、漫画とかで、偉い人の側にこんなの持っている人がいたな)


 何の為に居るのか分からなかったが、今の自分はその立場の人なのだと分かった。


 とりあえず、その扇を持って董卓の側に立った。


「では、これより朝議を行う」


 董卓がそう言うと百官達が口を開いて今回の議題を口に出す。


 殆どは内乱で破壊された所が修復に向かっているとか、何処かの郡では税が少ないとかの話であった。


 曹昂は話に出た所を頭の中にある地図で、大体の場所を検討を付けながら話を聞いていた。


 そうして話を聞いていると、百官の一人が曹昂に関係する話をしだした。


「申し上げます。申しつけ通りに宮廷にある二輪の馬車を四輪にする様に指示を出しました。ですが」


「何だ?」


「少々、構造が難しいので時間が掛かります」


「どれくらいだ?」


「半年ほど頂けると」


「遅い! 一ヶ月で済ませろっ」


「ですが。それぞれの車輪に車軸を付けるというのは流石に難しい事ですので、お時間を頂きませんと」


「其処を何とかするのが貴様の役目であろうがっ。一ヵ月で済ませろ! さもなければ貴様の首と胴体は泣き別れすると思えっ」


「は、ははぁっ」


 話をしていた官吏が頭を下げるのを見て、流石に可哀そうだと思いながら董卓はどうしてそんなに何かを急かしているのか、曹昂は考えた。


(ああ、そうか。そろそろ、相国に就く時期か)


 今は十月。


 歴史書では董卓は中平六年の十一月に相国に就くと書かれていた事を思い出した。


(だとしたら、自分の相国就任する時に四輪の馬車を見せびらかす為に急かしているのか)


 急かす理由が分かったので曹昂は董卓の袖を引っ張った。


 袖を引っ張られたので董卓は曹昂の方に顔を向ける。


 曹昂は扇で顔を隠しつつ、近づけて董卓の耳元に話しかける。


「馬車の件は僕も手を貸しても良いですか?」


「別にその様な事はしなくてもよい」


「ですが、このまま急かして将軍の相国就任の際に壊れでもして水を差されるのは不味いと思います。僕がテコ入れすれば、期日まで間に合うと思います」


 曹昂の話を聞いて董卓は顔を強張らせた。


「何処でその話を聞いた?」


「噂で巷に流れていますよ。そろそろ将軍が相国の位に就くと」


「ふんっ。その様な噂が流れるとはな」


「口に戸は立てられないと言います。将軍の相国就任に相応しい物を作ります」


「では、頼もう」


 曹昂が離れたので董卓は前を向いた。


「馬車の件は後で人を遣わす。その者と話をして製作に励むが良い」


「は、はっ」


 話していた官吏が列に戻ると、別に官吏が出て来た。


「申し上げます。春からの旱魃で被害が出ております。被害を受けた州の州牧から食糧の配給が求められております」


「配給か。大司農」


「はっ」


「朝廷の蔵はどの程度の食料が有る?」


「恐れながら、朝廷の蔵にはあまり蓄えがありません。州への配給などとても無理です」


「ならば、穀物の種はどうだ?」


「そちらも同様です」


「ふん。ならばどうするか……?」


 董卓は対策が無い以上、天災が治まるのを待つしかないなと思っていたところに袖が引かれた。


 恐らく曹昂が何か有るのだろうと思い曹昂の方に顔を向ける。


「何か案が有るのか?」


「はい。被害に遭っていない州に食料を供出させるのが良いと思います」


 別に全ての州が旱魃の被害を受けている訳では無いのだから供出させるぐらいの蓄えは有る筈だ。


 そう考えた曹昂は董卓に進言する。


「ふむ。悪く無いな。だが、州牧達が供出を拒んだらどうする?」


「書状に拒んだら朝廷の命令に逆らう逆族として討伐すると書けばいいと思います」


「ははは、随分と過激な事を言う。だが、朝廷の蔵を開けるよりは良いな。他にはあるか?」


 機嫌よさそうに笑う董卓。


 それを見て百官達は何か良からぬ話をしているのではと邪推する。


「そうですね。将来的には旱魃があった所に水を引く水路を作るとか、旱魃に強い作物を作るとかですね」


「だが、それには金が掛かるな。朝廷の財源は無限ではないのだぞ」


「その場合は貨幣を改鋳するのは如何ですか?」


「改鋳か。新しく創るのか?」


「いえ、市場に出回っている悪銭を回収して、それを鋳潰して新しい貨幣にするのです」


「悪銭を回収する理由は何だ?」


「新しく貨幣を作るよりも材料を使わないからです。それに将軍の地位向上に役立つ事も出来ます」


「貨幣でか? 儂の銅像でも作るのか?」


「いえ、西域にある大秦という国では、その時の統治者の似顔絵が描かれた貨幣が作られます。この新しく創る貨幣に将軍の名前を刻めば、天下にこの国の統治者は将軍だと知らしめることが出来ます」


「…………」


 話を聞き終えた董卓は無言であった。


 曹昂は気に入らなかったのかな?と思いながら董卓の顔を見る。


「……ふ、ふはははははははははっ‼」


 突然高笑いを始める董卓。


 いきなり笑い出すので周りの者達は何事?という顔をする。


「ははははは、やはり、儂の目に狂いはなかった。流石だ。曹昂っ」


「あ、ありがとうございます」


 何がそんなに面白いのか分からないが、一応褒められたので曹昂は感謝を述べた。


「それに引き換え」


 董卓は居並ぶ百官達を睨み付ける。


「貴様らは名士と言われる者達だと言うのに、揃いも揃って報告だけして何かの対策を練る事も出来んのか? うん? まだ十四歳の曹昂が出す案の方が遥かにマシではないかっ」


「「「将軍、申し訳ありません」」」


 董卓の怒鳴り声を聞いて呂布を除いた者達は平伏した。


 董卓達が何を話していたのか分からないが、とにかく普段から董卓が行っている事よりも良い事であろうと平伏しながら願った。


「将軍。その曹昂が出した案とは如何なる方法でございますか?」


「では、その耳でしかと聞くが良い。曹昂が出した提案は……」


 董卓は曹昂の提案を話し出した。


 百官達も話を聞いて行く内に実現は難しくないなと思いだした。


 てっきり、董卓のお気に入りの部下の息子を出仕させて自分の威厳を示す為だと思っていたが、まともな意見を言うので自分達の考え違いであると知らされた百官達。


 これ以降、曹昂は李儒と同じ位に信頼される参謀という目で百官達から見られる様になった。


 本人の意図とは別に。

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