政争の始まり

 中平六年西暦189年三月某日。



 年が明けて中平六年になった。


 前年に霊帝陛下が自分の直属部隊の閲兵式の途中で吐血して倒れたという話は直ぐに巷に広まった。


 それを好機とばかりに黄巾党の残党や野盗の活動が活発となった。


 と言っても、その規模は大きくはなかった。


 各州を治める州牧が軍を出せば鎮圧できる程度の規模であった。


 この頃になると、皇族の劉焉が霊帝に州牧制を設置する様に提案した。


 その為、各州の長は州牧が務める事となった。


 余談だが、劉焉自身は中央の混乱を見て都から離れた交州の州牧に任命される事を期待していたが、日頃から親しくしている侍中の董扶が益州に天子の気があると密かに告げたため、益州への派遣を望むようになり希望通り益州の州牧になる事が出来た。


 ちなみに、刺史制は廃止していない為、州によっては州牧と刺史が二人共いる所もある。


 そして、洛陽にある王宮の皇帝の寝室。


 寝台には霊帝こと劉宏が横になっていた。


 青白くやつれた顔に疲れた目。その目の下にはクマもあった。


 数か月前の閲兵式よりも悪くなっているのがよく分かった。


 その霊帝の傍には蹇碩が控えていた。


「……、……」


 横になって眠っているのに辛そうな呼吸をする霊帝。


 それを傍でジッと見ている蹇碩。


(侍医の話では陛下は長くないと言っていた。さて、陛下はこれからどうなさるのか)


 何皇后が産んだ劉弁皇子か。自分が寵愛し今自分の母である董太后が養育している劉協なのか。


 どちらを次の皇帝にするのか。そのような事を考える年齢でもなかったので遺詔すら用意していない。書こうにも今の状態の霊帝では書く事も出来ない。


 権力を思いのままにし、政治を専断している十常侍であっても、詔を偽造するという事は出来なかった。


 これではどちらの皇子に付くべきなのか分からず困り果てている十常侍達。


 蹇碩が霊帝の側にいるのは、意識が戻った場合、どちらの王子を自分の後の皇帝にするつもりなのか聞く為だ。


「……きょう。……りゅうきょう……」


「陛下。陛下?」


 蹇碩が声を掛けたが、霊帝は目覚める様子は無かった。


 しかし、今、劉協の名前を呟いた。


(もしかして、陛下は劉協皇子を御自分の跡継ぎにしたいのか?)


 そう考えると蹇碩の中で疑問に思っていた事が分かった。


 どうして、今まで跡継ぎを指名しないのか。


 霊帝は日頃から劉弁皇子の事を嫌っていたが、何皇后の兄である何進が大将軍の地位に就いているので劉弁を退けて劉協に自分の後を継がせるのが難しい事は分かっていた。


 どうしたら良いか悩み心労になり、そして病気に罹ったのだと察する蹇碩。


(確かに劉弁皇子よりも劉協皇子の方が賢くまだ八歳と若い。それに、何進の様な力を持った外戚はおらぬ。成人するまで権力を好きに使う事が出来るな)


 そう考えた蹇碩は、邪悪な笑みを浮かべつつ早速行動を開始した。


 その行動を密かに見ている者達が居る事も知らずに。



 場所を移して、何進の屋敷。


 皇后の兄にして肉屋から大将軍という地位に就いたからか屋敷も豪華であった。


 内装も装飾品も見栄えは良いが。実用性など全く考えていない物ばかり揃えていた。


 華美なだけで、周りの調和など考えていないので趣味が悪いと言えた。


 そんな屋敷にある一室で何進は二人の男性と話していた。


 一人は袁紹であった。


 もう一人は義理の弟の何苗であった。


 元の名は朱苗。字を叔達と言う。彼の母が朱苗を連れて何進の父の後妻として一緒になった。


 それで名前を何苗と改めた。ちなみに何皇后は何苗の母が産んだので、何苗との関係は異父妹という事となり、何進とは血は繋がっていないが兄妹という関係になる。


 何皇后と血が繋がっている所為か、何進よりも整った顔立ちをしており、揉み上げと顎髭が繋がっており口髭を生やしていなかった。


 そして、精悍な体格であった。この時何苗は何進の義理の弟という事と賊を平定した功績で大将軍と驃騎将軍の次の位である車騎将軍の地位に就いていた。


「兄者。最近、どうにも十常侍共が頻繁に話し合っているそうだぞ」


「なに? 宦官共め。何か良からぬ事を考えているな」


 何苗の報告を聞いた何進は顔を顰めた。


「大将軍。これは用心しなければならないのでは?」


「用心だと?」


「はい。あの十常侍共の事です。大将軍を何かしら理由を付けて王宮に呼び出して暗殺するつもりかと」


「ぬううぅ、あ奴らの事だから有り得る」


「此処は先んじて行動を開始するべきでは?」


「兵を集めろと言うのか?」


 何進は大将軍の地位に就いているので、声を掛ければ洛陽中の軍が集められる。


 今、洛陽には『西園軍』を除けば、総勢十万の兵が駐屯していた。


 兵権は何進が握っているので何時でも集める事は出来る。


「う~ん。兵を集める大義名分は無いのに集めては、我らは逆賊になりはしまいか?」


「そんなものは後でどうとでもなるぞ。兄者」


「叔達殿の言う通りです。将軍。どうかご決断を」


 何苗と袁紹は兵を集める様に上奏するが、何進の反応は鈍かった。


 それから暫く話し合ったが、結局のところ、何進は暫く様子見するという事にした。


 


 場所を移して曹操の屋敷。


「そうか。何進は兵を集めなかったか」


「はっ。十常侍の方も兵を集めるか、それとも何進を何かしらの理由をつけて呼び寄せて暗殺するかを話し合っています」


「ふん。どっちもどっちだな。ご苦労」


 曹操は諜報部隊『三毒』の者の報告を聞いて労うと下がらせた。


 その報告を聞いた曹操は傍に居る曹昂に訊ねた。


「息子よ。これからどうするべきだと思う?」


「近い内に騒動が起こるでしょうから。それに上手く乗って、そのまま流れに身を任せるのが良いと思います」


「ふむ。そうか。一人で考えたい。下がれ」


 曹操が部屋から出て行く様に言うので、曹昂は一礼して部屋から出て行った。


 自室に向かいながら曹昂は考えた。


(そろそろ、霊帝が亡くなるだろうな。そして、何進が暗殺されて董卓が台頭するか)


 近い内に起こる事を予見する曹昂。


 前世の知識で知っているからこそ分かる事であった。


(だとしたら、そろそろ董卓に取り入る為の物を取り寄せた方が良いな)


 曹昂は董卓の興味を引く物と、董卓が台頭した際に有名な武将呂布が気に入る武器を用意して持って来るように故郷に文を送ろうと思った。


 翌月。


 霊帝が崩御したと正式に告知された。

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