話しには聞いていたが、本当に仲が悪い兄弟だな

 曹操と張邈と張邈が連れて来た使用人達と共に狩りを行う曹昂。


「いけ。重明」


 曹昂は腕に乗っている重明を飛び立たせる。曹昂の腕を踏んだ勢いに乗って重明は獲物にまっしぐらに翔ける。


 重明が狙いを定めた野兎は重明が近付いてくるのに気付いていない。


 ガシッ‼


 そんな音が聞こえそうな程に野兎に爪を立てる。


 狙い違わず、野兎の首元には重明の爪が突き刺さり一撃で仕留められた。


 爪が突き立てられた首元からは鮮血が流れ出している。


 重明は仕留めた野兎を掴んだまま、自分の主の下へ翔け戻る。


「ピィワー」


「ご苦労様。重明」


 今しがた仕留めた野兎を渡された曹昂は重明を労った。


「一、二、三、……全部で六羽か」


 使用人が持っている野兎を数えて思ったよりも取ったなと思った。


「若君。もう日が日中正午頃になります。そろそろ、ご主人様と合流した方が良いと思います」


「うん。そうだね。じゃあ、父上の下に行くか」


 曹昂は曹操達の下に向かった。




 曹操達は、曹昂から少し離れた所で狩りをしていた。


 使用人達が勢子になって獲物を追い詰める。


 鳴り物を鳴らし声を上げて、獲物である鹿二頭を曹操達の所に向かわせる。


 勢子に追い駆けられ逃げる鹿達。


 ある所に着くと、音がしなくなった。


 鹿達は耳をピンと立てて周囲を警戒する。


 その鹿達に矢を番えて構える曹操達。


「「…………」」


 弓弦を引き絞り放つタイミングを計る曹操達。


「「……‼」」


 曹操達は同時に矢を放った。 


 放たれた矢は狙い違わず鹿の首元に当たる。鹿達はその場に倒れた。


「「おおおおおおおっっっ」」


 勢子役の使用人達が、鳴り物を鳴らして曹操達の成果を称えた。


「腕は衰えていないようだな。孟徳」


「当然だ。故郷に居た時は書を読むか狩りをするかぐらいしかしてないからな」


「はっはっは、お前らしいな」


 大笑いする張邈は、使用人に命じて鹿の処理を行わせる。


「鹿二頭に鴨が五羽か。まぁまぁの成果だな」


「だな。お主の息子はどうだろうな」


「野兎辺りを二~三羽というところであろうな」


「それはそれで凄いな」


 狩りに出て成果無しという事は珍しくない。まして、鷲を操って兎を狩る事が出来るのは凄いと言えた。


「将来が楽しみな息子を持ったな。孟徳」


「ははは、そう言ってくれると私も鼻が高い」


 曹操はニコニコと微笑む。


 曹操が張邈と話していると、曹昂がやって来て兎を六羽取った事を報告した。


 それを訊いて曹操達は思ったよりも取っているなと思った。




 曹昂と合流した曹操達はそろそろ昼食を食べようと何処かに腰を下ろそうとしたが。


「……うん?」


 何処からか言い争う声が聞こえて来た。


「何事だ?」


「ふむ。どうやら言い争っている様だな」


「放っておくのも気が引ける。どのような状況なのか見るぐらいはしようか。孟徳」


「そうだな。孟卓」


 曹操達が馬を言い争う声がしている方に向かわせるので、曹昂もその後に続いた。


 馬を少し進ませると、言い争う声がよりはっきりと聞こえて来た。


 どうやら言い争っているのは、二人の男性であった。


 その周りにも人はいるが、どうしたら良いのか分からずオロオロしていた。


「だから、あの鹿を仕留めたのは私だっ」


「何を言うかっ。あの鹿は私の矢で仕留めたのだ!」


 二人は弓を持ち傍には鹿が倒れており、矢が二本刺さっていた。


 二人の話を聞いたところ、どうやら二人が狙いをつけた鹿に同時に矢を放って当たったのでその事で言い争っているようだ。


「あれは公路と本初ではないか」


 張邈は言い争っている二人の顔を見るなり誰なのか分かった。


「ああ、本当だな」


 曹操は言い争う二人に呆れた様に首を振る。


 張邈が言った『公路』と『本初』に曹昂は聞き覚えがあった。


 それは袁術と袁紹の字だからだ。


(どっちが袁紹で袁術だろう?)


 言い争う二人を見てそう思う曹昂。


 一人は小顔で細い目をしていた。ピンと伸びた口髭を生やし均整がとれた体格で神経質そうな雰囲気を纏っていた。


 それでもう一人の男と言い争っているのを見ると、まるで猿の様であった。


 もう一人の男はデカい顔にキリっとした目元。大柄で立派に整った口髭と顎髭を生やしていた。


 こちらの男も猿の様に煩い男に負けない位に煩い。その姿はまるで犬を連想させた。


「父上。あの二人と知り合いですか?」


「そう言えば、お前には会わせたことはなかったな。あの何かずるがしこそうな雰囲気を出しているのが袁術で、もう一人の見た目は立派という感じの奴が袁紹だ」


 父の友人の例えを聞き、曹昂は何と言う事を言うんだと思った。。


「ははは、確かに言い得て妙だな」


 張邈は曹操の例えが、面白いのか腹を抱えて笑い出す。


「とりあえず、二人の言い争いを止めませんか」


「そうだな。止めないと剣を抜きそうだしな」


 曹操達は馬を進ませた。


「いい加減にしろ。袁術。先に私の矢が当たったのだから、この鹿は私のだっ」


「それはお前の目の錯覚だ。私の矢の方が先に当たったに決まっている!」


「何を根拠に!」


「貴様こそ、その目は節穴の様だな。まぁ、だから父上もお前を養子に出したんだろうがな」


「馬鹿も休み休み言え、お前があまりに出来が悪いから父上が憐れんで自分の跡継ぎにしたに決まっているだろう!」


「何だとっ」


「やるかっ」


 袁紹と袁術は、剣の柄に手を掛けて今にも抜こうとしていた。


「公路殿。本初殿。言い争いはお止めなされ」


「何があったのかは知りませんが、剣を抜くとは穏やかではありませんぞ」


 一触即発というところで二人に声を掛ける者が現れた。


 それは曹操達だ。


 曹操と張邈の顔を見た袁紹達の使用人達は安堵の表情を浮かべた。


 反対に袁紹と袁術は、みっともない所を見られたからか、ばつが悪い顔をしていた。


「曹操と張邈か。奇遇だな」


 袁紹は柄から手を離して二人に一礼する。


 袁紹は曹操よりも五歳年上なので名前を呼んでも無礼には当たらない。ちなみに袁術は袁紹の一つ下という事で曹操より四歳年上で、張邈は曹操と同い年だ。


「ふん。お前達も暇を持て余して狩りをしたというところか?」


 袁術は曹操達の格好を見て、自分達と同じく狩りをしていると察したようだ。


「そんなところです。それよりも、御二方はどうして今にも剣を抜きそうな言い争いをしていたのですか?」


 曹操が何となく分かってはいるが一応訊ねると、袁紹達は一瞬だけお互いを見てほぼ同時に顔を反らして指を差した。


「「こいつが私の獲物を横取りしようとしたからだ‼」」


 ほぼ同時に同じ事を言う二人。そして、二人は睨み合った。


「はぁ、察するに其処に倒れている鹿に二人の矢が刺さりそれでどっちの獲物か分からなくなったのですね」


「ほぼその通りだ。少し違うのは私も袁術もこの狩場に来ている事を知らなくて、それで偶々勢子達が追いやった鹿を射止めたら矢が二本刺さって今に至るというところだ。ところで、曹操。お前はどう思う?」


「私と袁紹のどちらがこの鹿を射止めたと思うのだ?」


 袁紹達は言い争っていては剣を抜くかも知れないと思い、此処は自分達以外の者達に判断を仰いでそれに従う事にしたようだ。


 しかし、曹操はそれを訊いて渋い顔をした。


(普通に半分にすればいいと言えば良いだけだと思うけど?)


 どうして曹操が渋い顔をするのか分からず、曹昂は内心、首を傾げた。


 其処に張邈が口を挟んだ。


「二人の矢が刺さったのであれば、此処は半分にすれば良いのでは?」


 張邈は妥当な意見を言うが。


「何故、私の矢が当たっているのに袁術と半分にしなければならないのだ⁉」


「全くだ。何で私が袁紹と獲物を分けねばならないのだ」


 張邈の提案に袁紹達は憤慨した。


 人に意見を訊ねて、そんな事を言うのは理不尽だろうと思う曹昂。


 とは言え、このままではまた喧嘩になりそうであったので、曹昂は少し頭の中で考えると、良い考えが浮かんだ。


「父上」


「どうした。昂」


「……というのは如何でしょうか?」


「ああ、それなら大丈夫だろう。よし、それでいこう」


 曹昂の提案を聞いた曹操はその提案を言う事にした。


「いい加減、私に鹿を譲れ‼ 袁術」


「その言葉、そっくりお前に返すぞ‼ 袁紹」


 また言い争うになりそうであったが、其処に曹操が割り込んだ。


「まぁまぁ、御二人共。怒るのは分かるが此処は冷静になりましょう。確認ですが、二人は獲物は分けたくないのですね?」


 その通りとばかりに頷く袁紹達。


「では、此処は勝負といきませんかな?」


 曹操が手を叩きながら言う。


「勝負だと?」


「はい。この鹿を掛けて勝負です。このまま言い争っても何も解決しません。ならば、いっその事、この鹿を掛けて勝負をして勝った方の物にするという事にするのは如何でしょう」


 曹操の提案を聞いた袁紹達は少し考えた。


「……良いだろう。その提案を受けよう」


「ふん。これで白黒をはっきりと付けられるな。袁紹」


 これ以上言い争えば、本当に剣を抜いて傷つける事になりかねない。


 そんな事をしたら世間に恥を晒すようなものだ。


 それを理解している二人は曹操の提案を受ける事にした。


「では、午後から御二人は距離を取って狩りを行い、それで一番、獲物を取った方が勝者でその者が鹿を手に入れるという事で良いですな?」


「「うむ」」


 袁紹達は承諾した。


 それを訊いて使用人達は助かったと思った。


「では、昼食を食べた後に勝負を行うという事で、始まりは日昳約十三時ごろから行うという事でよろしいか?」


「問題ない。袁術、後で吠え面をかくなよ」


「ふん。貴様こそ。今の内に、負けた時の言い訳を考えておくのだなっ」


 そう言って袁紹と袁術は睨み合った。


 それが終わると、ようやくなのか袁紹達は曹操の傍に居る少年に目を向ける。


「曹操。その子は?」


「ああ、ご紹介が遅れました。私の息子の曹昂と申します」


 曹操が紹介したので曹昂は前に出て一礼する。


「曹昂と申します。以後お見知り置きを」


「ほぅ、お前があの曹家の神童か」


「噂は聞いている。小城で百万の黄巾党の兵を撃退したというが本当か?」


「それは嘘です」


 その内、千万とか言われるのかなと曹昂は思った。


「まぁ、噂とは尾ひれが付く物だからな。今日は父親の狩りに付いて来たのか?」


「そうですね。まだ弓は引けないので、僕だけ鷹狩りですが」


 曹昂がそう言って袁紹達に肩に乗せている重明を見せる。


「ほぅ、立派な鷲だな。曹昂君、今年で幾つになる?」


「十三になります」


「ほほ、それで成果は?」


「兎を六羽ほど」


 思ったよりも取っているので驚く袁紹。


「それは凄いな。曹昂と言ったな。良い物をやろう」


 袁術はそう言って袖に手を入れて何かを探していた。そして出て来たのが蜜柑であった。


「その歳で鷲を操れるとは見事だ。受け取るが良い。甘くて美味いぞ」


「あ、ありがとうございます」


 意外と良い人なのか?と思いつつ蜜柑を受け取る曹昂。


 この時代、果実は贈答品としても扱われている。なので、高級品であった。


 それを気軽に人に与えるので、自分は金持ちとアピールしたいのかそれとも人が良いのかは曹昂には分からなかった。




 袁紹と袁術は少し離れた所で昼食と休憩を取っている。


 曹操達は水場に近い所に腰を下ろした。


「そろそろ、昼を食べるか」


「既に使用人達に命じて鹿、鴨、野兎の処理は済ませているぞ」


 曹操達が取った獲物は血抜きを済ませ内臓を抜いて、近くの川辺の水に漬け込み冷やした後、精肉の状態にしていた。


「塩を振って焼くか」


「そうだな」


 曹操達はそこら辺に落ちている枝を串の形に整えて肉に差して焼こうとしたら。


「父上。それよりも良い物を持ってきましたよ」


「なに? どんなのだ?」


「僕が乗って来た馬に載せた荷物を持ってきて」


 曹昂が使用人に持って来た物を運ぶ様に頼んだ。


 使用人は直ぐに曹昂が持参した荷物を持ってきて中身を出した。


 布に包まれた物。蓋つき壺。小さい刀に俎板。木製の匙。そして木の皿に箸と数十人分あった。


 曹操が何を持って来たのか聞く前に曹昂は張邈の使用人に指示を出した。


「出来るだけ平たくて大きい石を一つと大きな石を持ってきて」


「分かりました」


 他家の者とは言え、自分達の主人の友人の息子という事で偉い人という考えだからか、使用人達はすんなりと言う事を聞いた。


 使用人達は直ぐに曹昂が命じた石を持って来た。


 曹昂はその石を組み立てて竈を創った。石と石の間に出来た空洞に枯れ木を入れて炭団を入れて火打石で火を点ける。


 木が燃えているので次々に木を入れて火力を上げて行く。


「ほほう、熱した石の板で肉を焼くのか。串を刺すよりも楽だな」


 曹操が感心していると、曹昂は布の結び目を解いた。


 すると、布の中に入っていたのは掌大の大きさの塊が幾つもあった。


「これは?」


「パンという大秦では日常的に食べられている物です」


 正確に言えばバンズだが、そんな事を言っても分からないと思い曹昂はパンとだけ伝えた。


「どれ、……おお、随分と柔らかいな」


「それでいて甘みもある。しかし、これだけ食べていると飽きる。オカズが欲しくなるな」


 曹操と張邈がパンを食べて味の批評を口にする。


「大秦ではこれを日常的に食べているのか。我らにとっては米か焼餅(無発酵パン)みたいな物と考えれば良いのだな」


「そうなりますね」


 曹昂は今朝焼いたパンを食べながら答える。


 パンは極端な話、小麦粉、塩、水、イースト、砂糖があれば出来る。


 小麦粉と水と塩は手に入る。砂糖の代用として水飴を代用した。イーストは自分で作った。


 葡萄を煮沸した蓋が出来る陶器の中に蜂蜜と水を入れて発酵させたら生イーストが出来る。


 前世で食べたパンよりも甘みが感じるのは葡萄酵母を使ったからかなと思いながら、曹昂は熱くしている石の板を見る。


「あっ、もういいな」


 煙が上がっているのを見て、曹昂は俎板に精肉を乗せて小さい刀で切っていく。


 薄切りにされた肉を熱くした石の板に乗せる。


 その瞬間、ジューっと音を立てる。それと共に香ばしい匂いが周囲を漂わせる。


「「……ゴク」」


 曹操と張邈は肉が焼ける音と焼ける匂いを嗅いで生唾を飲み込んだ。


 普段している串で刺した状態で肉を焼いた時よりも、かぐわしい匂いが鼻孔の中を通り抜ける。


 薄切りにした事で串に刺した時よりも早く焼けてひっくり返すと香ばしく焼けた面が曹操達の目を楽しませる。


 両面が焼けた肉を木皿に乗せて、曹昂は蓋付きの壺の蓋を開ける。


 すると、今度は食欲を掻き立てるような強い匂いが漂った。


 曹操達はその壺の中身を凝視する。


 その視線を感じて曹昂は壺の中身を教える。


「これは特製の醤です。肉に掛けると美味しいですよ」


 材料は前に作った豆醤の上澄み液。蜂蜜。生姜。大蒜。胡麻油で作った即席焼肉のタレだ。


「それは良いから。早く食わせろ」


「うむ。この匂いたまらんな」


 曹操と張邈は箸と皿を受け取ると、焼けた肉を曹昂特製の醤を絡めて口の中に入れた。


「おおおおおっ、これは⁉」


「美味すぎる‼」


 曹操達は焼き肉の味わいに驚いていた。


 その驚くさまは、目と口から光線が出そうなくらいであった。


「薄切りにされた事で肉は直ぐに焼けて肉汁が外に出る事無く、肉の中に留められて噛む度に美味しい汁が迸らせる。其処にこの醤が美味しさを補強する。何が入っているか分からないが、しょっぱくてそれでいて甘みがあり大蒜と生姜の香りが肉の油を打ち消して幾らでも食べれるぞっっっ‼」


 何処のグルメレポーターだよというぐらいの食レポをする曹操に曹昂は驚いていた。


「美味い、美味すぎる。私にはそれしか言えないっ。ぬうう、こんなに美味い焼いた肉は初めて食べる‼」


 張邈は美味しい美味しいと言って皿に乗っている肉をバクバクと食べていく。


 曹操達が美味しそうに食べるので使用人達も羨ましそうな顔をしていた。


 先程から美味しそうな匂いと音が聞こえていて、其処に食べている人達が美味しいと言っているので羨ましいと思わない筈がない。


 可哀そうだから、曹昂は石の竈をもう一つ作って肉を薄切りにして焼く様に指示した。


 使用人達は曹昂に感謝しつつ肉を焼き特製の醤を分けてもらい食べた。


「「「…………‼‼」」


 使用人達は焼き肉を食べて、その味に言葉を失っていた。


「肉に飽きたらこのパンを食べると、良い箸休めになるな」


「うむ。一緒に食べても美味いしな。……待てよ」


 曹操はパンと肉を一緒に食べていると、ふと何かを思い立ちパンを二つに分けた。焼いて醤を絡めた肉を挟んで口に含んだ。


「~~~‼ こうするとパンと肉を一緒に食べる事が出来る上に醤がパンに染みて美味しくなるぞ‼」


「なに⁈」


 それを訊いた張邈は曹操と同じようにパンを二つに分けて焼いて醤を絡めた肉を挟んで口に含んだ。


「むふ~~~、これはいかん。あまり味気がないパンがこうして食べるとより美味しく感じる」


 張邈は焼き肉パンを食べてその味を絶賛した。


 肉はまだまだあるので、どんどん焼こうと曹昂は肉に箸を付けるが。


「っ⁉」


 何処からか視線を感じた。


 曹昂は何だと思いながら周りを見ると、何時の間にか袁紹と袁術の二人が食い入る様にこちらを見ていた。


 二人共反対の位置に居るのだが、凄く見ているのが良く分かった。


(これは、どうしたらいいんだろう……?)


 見ている以上、焼き肉を与えるべきなのだが。


 先程のやり取りを見ていると、どちらか先に渡したら喧嘩の元になりそうであった。


 しかし、袁紹達は反対の所に居るので、まずはどちらかに渡さないといけない。


 どうしようと頭を悩ませる曹昂。


「うん? 其処に居るのは本初殿ではないか」


「公路殿もどうなされた?」


 視界に入ったのか曹操達は袁紹達に声を掛ける。


「おほん。いや、曹操と会うのは久しぶりであったからな。酒でも一緒に飲もうと来たのだが、随分と美味しい匂いがするので何を食べているのか気になってな」


 袁紹は酒瓶を掲げる。


「私は偶々、通りかかって何をしているのか見ていただけだ」


 袁術の方は水を汲もうとしたら、曹操達の所から美味しい匂いがしてきたので気になって来たのだ。


「そうですか。まぁ、勝負にはまだ時間があるから、少し食べて行かれますか?」


「うむ。では、お言葉に甘えよう」


「うん。何やら美味しそうなものを食べているようだしな。どんなものか馳走させてもらう」


 そう言って袁紹達がやってきてくれた。


 曹昂は内心、これでどちらかを先に渡す必要は無くなって良かったと思った。


 そうして、袁紹達にも焼肉を振舞った。


 二人共初めて食べる味だった事で衝撃を受けていた。


 お代わりも要求してきたので、焼けて行く端から皿に乗せていった。


 袁紹が持って来た酒と合わせると、また絶妙な味になって皆、箸が止まらなかった。


 そうして、食べ終わり少し休憩すると。勝負は行われた。


「袁紹。貴様、私よりも一枚多く食べたのだから、この勝負は負けて鹿を渡すが良い!」


「それを言うのなら袁術。お前は私が食べていた肉よりも大きい薄切り肉を食べただろう。それなのに鹿も取ろうとは強欲が過ぎるぞ!」


 最初は曹昂が焼いていたのだが、焼いているのも待ち切れなくなった袁紹達は自分達で焼き始めた。 


 二人は口論をしながら焼肉を食べていた。


 曹操達はもう一つの竈の方に移動して袁紹達は無視して食べていた。


 下手に口出したら駄目だと思い曹昂も曹操達に倣って黙々と食べた。


「減らず口を。この勝負、負けはせんぞ」


「私とて負けるつもりは無い」


 二人はそう言って離れて狩りを始めた。


 そして、何時の間にか二人の間で鹿だけではなく曹昂特製の醤も含めた勝負になっていた。本人の承諾を得ずに。


「……あの二人の喧嘩は平然と他人を巻き込むのですか?」


「まぁ、良くある事だ」


「うむ。良くある事だ」


 曹操と張邈は遠い目をした。


 それを見て苦労したんだなと思った曹昂。


 勝負の間、曹操達は狩りを行った。


 成果は鹿一頭。鴨三羽。野兎二羽というまぁまぁなものであった。


 日が暮れる頃に、袁紹達の勝負は終わった。


 結果は引き分けに終わった。


 流石にこの結果は予想していなかった。


 曹操達はどうしようと思ったが。


「引き分けになったのであれば仕方がない。曹操、お前が引き取れ」


「うむ。袁紹と分けるぐらいならば、捨てるか誰かにやった方がマシだ」


 と言って二人は一瞬だけ睨み合うと別方向に馬を進ませて離れて行った。


 袁紹達がそう言うので、曹操と張邈は話し合って曹操が鹿を貰い受ける事になった。

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