試行錯誤の結果。
父である曹操から教えられた酒造りの方法に、必要な米を醪にする作業に掛かった。
曹昂が指示した造り方で酒を造りだした。
流石に米酒造りの経験は皆無であったので、誰か知り合いに酒造りに詳しい人が居ないか訊ねると、史渙の知人に酒造りの職人が居るという事で、その人の知恵と技術を借りて酒造りに取り掛かった。
その際、職人から製作所に発酵を促す為の部屋とか酒を貯蔵する所が欲しいと言われたので、急遽施設の増築が決まった。
その事について曹騰に相談すると。
『必要であれば幾ら掛かっても構わんから』
と太っ腹な発言をしてくれたので遠慮なく職人の意見を参考にした麹室と酒を貯蔵する所を作った。
で、早速作ってみたが最初は失敗の連続であった。
作り方が簡単に書かれているので、その通りに出来ると思われたが全然酒ではない飲み物が出来た。
まだ蜂蜜から作った蜂蜜酒の方が酒らしい味であった。
そうして、試行錯誤を繰り返す事一ヶ月。
その頃には曹操も帰って来た。
曹昂は帰って来た曹操を連れて酒造りに参加させた。
曹操が譙県に帰って来てから更に三ヶ月が過ぎた。
「……ようやく出来たな」
「そうですね」
曹操と曹昂は身体から疲労を漂わせながら歓喜の息を漏らした。
「や、やりましたね。旦那様。御曹司……」
「しかし、こんなに透明な酒は初めて見る……」
作業員達もようやく製作する事が出来て喜んでいた。
作業員が言う通り、瓶の中には、少し黄色い透明な液体があった。
あまりに透明なので瓶の底まで透けて見えていた。
それでいて酒独特のアルコールの匂いを漂わせていた。
水の様に見えるが酒の匂いを出しているので、これは紛れもなく酒であった。
「最初、九回も発酵させる必要が有るのかと思ったが、本当に九回発酵させないと出来ないとはな」
曹操はしみじみと呟く。
曹操達は指示書に書かれた通りに、まずは米を洗い水に浸からせる。
その後は、蒸して蒸しあがったら米を布の上に広げて冷ます。
此処からはどうしたら良いのか分からなかったので、史渙の知人の酒造りの職人から教えてもらった。
こういう顔が広い者を雇う事が出来て良かったと思った。
此処からは種麹が必要という事だが、種麹の作り方は流石に秘伝と言う事で教えてもらえなかったが、今度から種麹を分けて貰えるのでそれで良しとした。
種麹を蒸した米に振りかけて品温が下がらない様に作らせた麹室で山形に盛り布をかけて置き、夕方には底の方にある麹米をかき混ぜて空気に触れさせる『切り返し』という作業を行い一晩おく。朝、切り返しを行い発酵を促した。
そうして出来た麹を水で洗い、米を加えて発酵させる。
本当は凍らせるのだが、さほど寒くない季節だった事と、凍らせないで出来るかどうかの試しで作ってみた。
そうして九回発酵させて絞ったのが目の前にある酒だ。
「まずは味見してみるか」
曹昂はまだ飲めないので曹操が代表して飲んでみた。
杓で掬い一口味わうと。
「おお……」
その味に驚嘆する曹操。
普段飲んでいる酒よりも酒精が強くそれでいて甘みがあった。
鼻を通る酒の香りですら酔いそうなくらいに強く、それでいていくら飲んでも飽きる事が無い味。
「……何とも芳醇でいて味わい深く喉を通ると、カッと焼けそうなくらいに強い酒だ。これは苦労した甲斐がある味だ。そこいらに売られている酒に比べるのも烏滸がましい程の美味さだ」
曹操はそう言ってまた杓で掬い味わっていた。
「つまり、成功したと?」
「うむ。そうなるな」
「じゃあ、皆、飲んでいいよ」
曹昂がそう言うと、作業員達は待っていましたとばかりに舌なめずりして杓を持って瓶の所に向かう。
「うめええっ」
「こんな酒、初めて飲んだぜ」
曹操と作業員達が酒を美味しそうに飲んでいる中、曹昂は適当な容器に出来た酒を入れるとその場を離れた。
製作所を離れた曹昂が屋敷に着いた時には日が暮れて夜になろうとしていた。曹昂は丁夫人に見つからない様に曹騰の部屋に向かった。
「曾祖父様。おられますか?」
『昂か。何か用か?』
「ご要望の酒を持ってきました」
『そうかっ』
そう言って直ぐに部屋の戸が開いた。
「そうか遂に出来たか」
曹騰は楽しみで堪らないのかだらしない顔をした。
何か、その顔を前世で見た犬に似ているなと思いつつ、曹昂は酒が入った容器を渡した。
「これです。どうぞ、お楽しみ下さい」
「おお、そうか」
曹騰が容器を受け取ると顔を緩ませながら部屋に戻る。曹昂もどんな味か教えてもらおうと部屋に入った。
部屋に入ると、曹騰は盃が無いので湯飲みに酒を注いでいた。
使用人に言って用意させる時間も待ち遠しいんだなと思いながら曹昂は曹騰が飲むのをジッと見た。
曹騰は曹昂の視線を気にせず、酒を飲んだ。
喉を鳴らして嚥下していく。
「……ぷはっ、美味いのう~」
曹騰は本当に美味しそうな笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見て曹昂は嬉しそうに顔を緩ませた。
「……昂や」
曹騰は手を伸ばして曹昂の頭を撫でた。
「ようやった。お主と阿瞞と力を合わせてよう作ったのぅ」
「へへ、ありがとうございます。曾祖父様」
「ほほほ、あの世に居る親父殿への土産話が増えたわ」
窓から丁度良く月が見えた。
曹昂の頭を撫でるのを止めて、少しだけ欠けた丸い月を見上げる曹騰。
「儂は本当に良い息子と孫と曾孫に恵まれたのぅ…………」
曹騰は感嘆の息を漏らした。
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