曹操、劉備と邂逅す

 黄巾党を撃退した翌日。




 曹操達は長社の城内で宴を行っていた。


 長い間、籠城していた苦労が報われた事と一先ずとは言え波才の撃退に成功した事を祝ってだ。


 宴が行われている広い部屋には軍の将がズラリと並び、上座には皇甫嵩、朱儁の両将軍が並んで座っている。


 曹操はその直ぐ傍の席に、史渙もその右隣に座っていた。


 宴が始まり少し経つと、半ば無礼講となっていた。


 そんな中で曹操と史渙はそっと姿を消した。


 


 長社の城内にある庭の一つ。


 其処には朱儁軍に参加している劉備率いる義勇軍が屯っていた。


 宴が行われている部屋から楽しそうに騒ぐ声と笑い声が劉備達が居る所まで聞こえて来た。


「・・・・・・なぁ、兄者」


「何だ。張飛」


「どうして、俺達はあそこに入れてもらえないんだろうな」


 張飛は声が聞こえてくる方に顔を向けながら劉備に訊ねる。


「・・・・・・仕方が無かろう。我らは義勇軍だ。官軍を率いておられるあの方々とは身分が違うのだ」


 劉備は複雑な気持ちで張飛の問いに答える。


 朱儁が波才と戦う直前に劉備達は朱儁の指揮下に入った。


 幽州から豫州に来るまでの間、多くの黄巾党と戦った劉備率いる義勇軍。


 転戦による転戦で数も少なくなり武装も粗末だが歴戦の部隊と言っても過言ではない。


 それなのに、朱儁は劉備達を見るなりまるで乞食を見るかのような目で、我が軍の邪魔はするなと言った。


 その言葉を聞いた張飛はムッと来たが関羽が宥めた。


 劉備達が合流して直ぐに朱儁は潁川で波才と戦ったが、士気が違うからかあっさりと負けた。


 撤退する朱儁は劉備に殿を命じたのであった。


 劉備はその命に従い、攻めて来る黄巾党の兵達と戦いながら長社まで後退した。


 だが、黄巾党の猛烈な攻撃で義勇軍の多くの仲間が倒れた。


 それで城に帰還すると朱儁は劉備達に労いの言葉を掛けるどころか、籠城の準備で忙しいと言って会おうともしなかった。


 まるで、官軍の代わりに死ぬのは当然という態度であった。


 だが、流石にそれではあまりに無情すぎると思ったのか、朱儁は部下に命じて劉備達の傷の治療はさせた。


 そして、皇甫嵩と共に籠城して、今に至る。


 籠城した時は一緒に頑張ったと言うのに勝利し宴が行われる事となったが、


『無位無官の者を宴に参加させる訳にはいかぬ』


 と言って劉備達を宴に参加させなかった。


 その代わりに酒と料理は運ばれていた。


「俺達は国の為に立ち上がったと言うのに、どうしてこの様な仕打ちを受けないといけないんだ‼」


「張飛。お前の気持ちも分かる。だが、我らはあくまでも義勇軍だ。正規の軍隊ではないのだ」


「官軍では無いからと言って、俺達は何をされた‼ 負け戦で殿をやらされ籠城した時は最も敵の攻撃が強い所の防衛に回されて、苦労ばかりしたが、それなのに労いの言葉さえ掛けられないではないか。どう思う。兄貴っ」


 張飛は目を潤ませながら関羽に詰め寄る。


 張飛の気持ちも分かる関羽は何も言えず、ただ口を閉ざした。


「うむ。そこの者の言う通りだな」


 劉備達に声を掛ける者が現れた。


 その者の後ろには何十人も控えていた。


「誰だ。お前は?」


 張飛はねめつける様に声を掛けた者に訊ねる。


「わたしは此度、援軍としてきた騎都尉の曹操だ。字を孟徳と言う」


 曹操が自己紹介すると、劉備達は一瞬驚きはしたが、劉備は直ぐに気を取り直して一礼する。


「貴方がかの有名な曹孟徳様でしたか。お初にお目に掛かります。私はこの義勇軍の将をしている劉備。字を玄徳と言い、こちらの者達は義弟の関羽と張飛です」


「俺は張飛。字を翼徳だ」


「私は関羽。字を雲長と申す」


 劉備が名乗り紹介したので、関羽達も自己紹介しながら一礼する。


「うん? 雲長? お主は長生ではないのか?」


「・・・・・・もしや、貴方は私をご存じで?」


「いや、詳しくは知らん。だが、お主の知っている者から少しだけ聞いただけだ」


「それはどなたでしょうか?」


「私だ」


 曹操の後ろに控えている者達から一人前に出た。


 関羽はその者の顔を見るなり一礼する。


「これは公劉殿でしたか。お久しぶりです」


「長生も元気そうだな」


 関羽と史渙は一礼する。


「知り合いか。関羽」


「ええ、名を史渙。字を公劉と申しまして、故郷に居た頃に世話になっていた御方です」


「おお、そうでしたか。その節は義弟が世話になりました」


 関羽が紹介してくれたので劉備も史渙に一礼した。


 そして、劉備は曹操の方を向く。


「ところで、孟徳殿。この場に何用で?」


「なに、此度の戦で勝利に貢献した者達とも酒を酌み交わそうと思ってな」


 曹操はそう言って後ろに居る者達に酒樽を運ばせる。


「お主らが今飲んでいる酒よりも上等な酒だ。さぁ、今日はとことん飲もうではないか」


「「「おおおおおおおおっっっ」」」


 曹操が運んで来た樽を蓋を開けると、先程まで自分達が飲んでいた酒とは一味違う香りに歓声があがる。


 そして、曹操は劉備と、史渙は関羽と張飛と酒を酌み交わした。


 酒を酌み交わしながら劉備は思った。


(知勇に優れた御仁だ。度量も広く学識豊か、こういう者こそ将軍と言うのであろうな)


 劉備は素直に曹操という人物を尊敬した。


 曹操はと言うと、酒を酌み交わしながら思った。


(不思議な男だ。並の者よりも武勇を持っているようだが、それよりも人を惹きつける魅力があるな)


 曹操は曹操で劉備の事を大物だと認めた。


 そして二人は同じ事を思っていた。


 敵には回したくないと。

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