その頃、曹操はと言うと

 光和七年西暦184年五月某日夜。



 洛陽に向かった曹操は其処で大将軍の何進から騎都尉の印綬を授かり騎兵五千を与えられた。


 曹操が連れて来た私兵七千を合わせると総勢一万二千になる。


 これだけの数を率いれば援軍として、問題無いと判断した曹操は皇甫嵩、朱儁の両将軍が籠もる長社へと向かう。


 余談だが、この頃の洛陽には袁紹も居たが、実の両親の喪に服すると言って屋敷から出てこないで、親しい友人達以外と会う事はしなかった。


 曹操達が長社に到着すると、波才は城から少し離れた所で陣を張っていた。


 黄巾党は夜だったからか攻撃は止めて陣で休憩を取っているようだ。


「ううむ。これはかなりの大軍であるな」


 曹操は黄巾党の陣から見える灯りを見て呟く。


「孟徳殿。どうなさる?」


 副官役の史渙がどうするのか訊ねて来た。


 曹操は即答しないで、少し考えこんだ。


「・・・・・・とりあえず、城に援軍が来た事を教えた方が良いな」


「では、誰か城に矢を放たせよう。で、何と伝えますか」


「我、これより一刻約十五分後に夜襲を掛ける。火が上がったら呼応して攻められたし、と」


「承知した」


 史渙は直ぐに部下に指示をした。


「・・・・・・風の勢いが強いな」


 この強風を使わない手は無いと判断する曹操。


 そして、火計の準備をさせた。


 


 一刻約十五分後。



 城の四方を包囲する黄巾党の陣から少し離れた所に部隊を率いる曹操が居た。


 強風の勢いで黄巾党の陣に火を放ち火計で混乱している所を攻撃するという作戦だ。


「孟徳殿。時間です」


「うむ。構え」


 曹操が手を挙げると兵達は火矢を番える。


「放てええ!」


 曹操が手を振り下ろすと同時に矢が放たれた。


 火矢が放たれた。


 狙いは適当でただ放っただけであった。


 だが、火矢が当たると瞬く間に至る所に火が着いた。


「火事だ‼」


「直ぐに火を消せ‼」


 兵達は火を消そうとしたが、風が強く火の勢いが増すばかりであった。


 火を消そうとして逆に火だるまになる者も居た。


「落ち着け‼ 皆、冷静になるのだ‼」


 黄巾党の渠師である波才は兵達を落ち着かせようと叫ぶ。


 だが、混乱している兵に幾ら声を掛けてもそう簡単に混乱が収まる筈はない。


 敵が混乱しているのを見た曹操は腰に佩いている剣を抜いた。


「攻撃せよ‼」


 曹操が剣を振り下ろして攻撃を命じた。


 官軍の兵達は黄巾党の兵に襲い掛かる。


「官軍だ‼」


「迎え撃て‼」


「いや、まずは消火が先だっ」


「馬鹿者‼ 両方するのだ‼」


 波才の下に居る大方達はどうするか叫んでいると、波才が両方やれと命じた。


 敵と戦いながら消火しろという無茶な命令に、大方達は渋い顔をしたが、この状況ではそうするしかないと思い、各々が率いる方の兵達に命じた。


 だが、この時、波才は一つミスをした。


 それは大方達の誰に消火をするか、迎撃させるか指示しなかった事だ。


 お蔭で大方達はどっちをしたら良いのか分からなくなり、とりあえず敵が近くに居たら応戦し居なかったら消火させるという命を下した。


 中途半端な命令により、兵達は混乱が増して被害が増えた。


 その様子を城から見ていた皇甫嵩・朱儁の両将軍。


「合図が上がったぞっ。全軍、打って出よ‼」


「この好機を逃すな‼」


 城壁に居る両将軍が剣を抜いて命じた。


「「「おおおおおおおおおっっっ‼‼」」」


 城内に居る兵達は喊声を挙げる。


 直ぐに城門が開き、兵が黄巾党の陣を目掛けて突撃した。


「報告します‼ 城内からも兵が出てきました‼」


「おのれっ」


 兵の報告を聞いた波才は歯噛みする。


「渠師様。どうなさいますか⁉」


「このままでは挟撃される。陣を捨てて態勢を整えるぞっ」


「はっ」


 波才は撤退を命じて陣から逃げ出した。


 その後を追い駆ける兵達。


「逃がすな‼」


 曹操は逃げる黄巾党の兵達を、逃すまいと容赦無く攻撃を命じる。


 皇甫嵩、朱儁の両将軍の指揮下の官軍達も、今までの鬱憤を晴らすかの様に黄巾党の兵達を攻撃した。


 そんな官軍の中で、一際粗末な武装をしている集団が居た。


「此処で武功を立てるぞ。二人共」


「お任せを。兄者」


「この俺が黄巾党の兵を全員、倒してやらぁ」


 その集団を率いていると思われる、三人が黄巾党の兵達を倒していく。


 少し離れた所で、三人の活躍を見ている曹操は感心した。


「ほぅ、あの三人。並の者では無いな。何処の部隊の者だ?」


 三人を部下に欲しいなと思いながら見ていると、近くに居る史渙が三人の中で長い鬚髯を生やしている者の顔を見て目を細めた。


「おお、あれは長生ではないか。久しぶりにあったが、元気そうだな」


「公劉殿。知り合いか?」


「うむ。司州の河東の地にて名が通った侠客でな。豫州と司州はそれほど離れていなかったので親しくしていた。それと逃げる時に私も手を貸したのだ」


「逃げる? 何か罪を犯したのか?」


「人伝なので詳しくは知らぬが、どうやら塩を扱う役人と揉めてその役人を殺したそうだ。長生が居た所には塩の湖があったのでな」


「ほう、中々度胸がある男の様だ」


 曹操は役人を殺した事よりも殺した度胸に感心した。


 役人を殺せば追手が掛かる事など直ぐに分かるものだが、それでもやり遂げる実行力。


 並の男では無いと思う曹操。


「後の二人は分からぬが、身なりを見るに義勇兵と見た」


「義勇兵か。ふむ。その長生以外の二人も良い腕をしているな」


「確かに」


 曹操の言葉に史渙は同意した。


「では、我等も遅れは取れんな」


「承知」


 二人は持っている得物を振るい未だに交戦している黄巾党の兵の集団の中に突っ込んでいった。


 曹操の火計と城内からの挟撃により、黄巾党は兵の二割を失う。


 形勢不利と判断した波才は方を纏めると汝南郡に撤退する事にした。

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