古代の兵器は攻城兵器だけではない

光和七年西暦184年四月某日。




 豫州沛郡譙県。


 城の中にある庭の一つで、軍議が行われていた。


 天幕も張られていない庭の中で、夏候惇、夏侯淵、曹洪の三人と部隊の隊長格の者達が集まって話し合っていた。

 卓の上に置かれている譙県付近を記した地図を見ながら話していた。


「物見の報告だと、あと数日中に黄巾党の大部隊がこの譙県に来るそうだ。その数約三万」


「何と言う大軍だ」


「この城に居る兵は二千。十五倍ではないか」


「今更降伏しても許してくれぬだろうな」


「どうする?」


 ちなみにこの場に県の長である県令の姿が無いのは、最初の黄巾党の襲撃時に胆を潰した様で夏候惇達が撃退した後、持てる財産を持って数名の部下と共に何処かへ逃げ出した為だ。


 なので、夏候惇達が防戦の指揮を取っている。


 皆どうすべきが考えている中で幼い声が響く。


「大丈夫ですよ。僕に考えがあります」


 そう言ったのは誰だと思いながら、その場に居る者達が声がした方に顔を向ける。


 其処に居たのは曹昂であった。


 皆、何時の間にと思ったが、今はそれよりも聞きたい事があった。


「昂か。何か考えがあるのか?」


 夏候惇達はどうするべきか分からないので、藁にも縋る思いで曹昂に訊ねる。


「これを使います」


 曹昂は手に持っている書物の題を見せる。


 其処には『墨子』と書かれていた。


「ぼくし?」


「確か戦国時代の思想家であったな」


 墨子。


 中国戦国時代に活躍した『墨家』の始祖。


 戦国時代には諸子百家というあらゆる学者・学派が活躍していた。


 諸子とは孔子。老子。荘子。墨子。孟子。荀子の人物の事を言い、百家は学派の事を差す。


 例を挙げると陰陽家。儒家。墨家。法家。名家。道家。縦横家。雑家。農家。小説家。兵家と様々な学派がある。


 ちなみに、この中にある名家は名門の家という意味ではなく論理学を説く学派である。


 その諸子百家の墨子が説いたのは兼愛交利という博愛主義だ。


 自他の別なく全ての人を平等に、公平に隔たりなく愛すべきであると唱え儒教の仁にもとづく愛は偏愛として批判している。


 戦国時代では儒家と並ぶ程の勢力になったが、秦の始皇帝が中国統一すると勢威が衰え歴史の表から消えた。


 消えた理由については始皇帝が行った焚書坑儒により、墨家は消滅したとも言われるが、一番の理由は戦国が終わったからとも言われている。


 墨家は兼愛と共に非攻を唱えている。


 これは当時の戦争による社会の衰退や殺戮などの悲惨さを非難し、他国への侵攻を否定する教えだ。


 だが、同時に防衛の為の戦争は否定していない。


 なので、墨家は防衛の為の技術即ち土木と冶金の技術の開発に力を入れた。


 そのお蔭で不落と言われる守城術を生み出し、その技術で他国に侵攻され、助けを求める城があれば自ら助けに赴いて防衛に参加し撃退している。勿論、撃退したら成功報酬は貰う。


 ちなみに、防衛に失敗した場合、全員自害する。


 この事から墨家は思想集団であると共に、守城に特化した傭兵集団でもあった様だ。


 その為、戦国の世が終わり焚書坑儒で消滅したと思われる。


 ちなみに、始皇帝の焚書坑儒だが、書を焚もやし儒者を坑いきうめにすると書く。

 

 書は諸子百家全ての書物の事を差すが、この時生き埋めにされたのは儒者だけではない他の学者も生き埋めにされているし、生き埋めにならなかった儒者も居る。


「その本に俺達が生き残る方法があるのか?」


 曹洪が身を乗り出しながら訊ねる。


 他の者達もそれがどんなものか知りたいのか耳を傾ける。


 曹昂が口を開こうとしたら。


「昂、見つけたわよっ」


 曹昂の背後から女性の声が聞こえた。


 皆振り返ると、其処には丁薔が居た。


「また、勝手に屋敷を抜け出して、今度という今度は許しませんよっ」


「は、母上。これはその。元譲様達に話があって」


「言い訳無用。帰ったら説教しますからね」


 と言って曹昂の手を取って引っ張って行く。


 まだ子供の年齢である曹昂では女性でも大人の丁薔の前には敵わなかった。


 曹昂は暴れるが、丁薔は構わず引き摺って行く。


「「「ちょっと待てっ⁉」」」


 一刻も争うこの時に、これから大事な事を聞こうとしている所で中断されてはどうにもならない。


 そんな思いが顔に出ていたのか必死な顔で丁薔を呼び止める夏候惇達。


「ど、どうかしたのですか?」


 三人の必死な顔を見て吃驚する丁薔。


「ああ、おほん。昂が面白い本を見つけてきたと言うので、どんな話なのか聞きたいからな。連れて行くのは少し待ってくれぬか? 夫人」


「うむ。昂は孟徳の息子なだけあって聡明だ。流石は夫人が養育しただけはある」


「その通りだ。我らも頭を悩ませている。此処は一番若く聡明な曹昂の意見も一つとして聞きたいのだ」


 幼い頃は曹操と遊んでいた夏候惇達。丁薔とは長い付き合いだ。


 なので、丁薔の扱いも心得ていた。


「・・・・・・三人がそう言うのなら」


 丁薔が曹昂の手を離した。


 それを見て夏候惇達は安堵の息を漏らした。


「昂。元譲様達の迷惑をしない様に。それと屋敷に帰ったらお説教ですからね」


「えっ、何でですか?」


「勝手に屋敷に出た罰よ」


 と言って庭から出て行った。


(この県を守る為にひいては母上達を守る為に頑張っているのに・・・・・・)


 それはないだろうという顔をする曹昂。


 そんな曹昂を慰める様に肩を叩く夏候惇。


「落ち込んでいるところ悪いが、どんな事をするのか教えてくれるだろうか?」


「・・・・・・はい」


 気持を切り替えようと本を開き、見たい頁ページを開く。


「これら・・・を作りましょう」


 曹昂が開いた頁を見る夏候惇達。


 


 数日後。


 譙県の城外。


 其処には黄巾党の兵三万六千が四つに分かれて譙県城を攻めていた。


 数で押せば勝てると各方を指揮する大方達は思った。


 だが、今は当初の目論見は外れて大損害を出していた。


「もう一度だ。攻めろっ」


「「「おおおおおおおおおおおおっっっ」」」


 もう何回も攻めている黄巾党の兵達。


 飛んでくる矢に当たり倒れる者達を踏みつけて前へ、前へと進む。


 堀には橋を架けて渡る。その間も矢は降り注ぐ。


 しかも、城壁からも矢が飛んでくるのだ。


 橋を渡っている時に攻撃されては避けようもない。


 それを見た時は報告を馬鹿にしていた大方達も驚いたが、其処は数で制する事にした。


 甚大な被害を出しつつも、兵達は城壁に辿り着いた。


 これで橋を架けて登って行けばいずれは城壁の上に辿り着く。


 城壁に辿り着いた兵達もそう思い自分達が渡って来た橋を持ってきて城壁に掛けて渡ろうとしたら。


 ジャラジャラジャラ‼


 橋を登っていく者達の上から鎖が落ちる音が聞こえてきた。


 その音と共に黄巾党の兵達の頭の上に数えきれない程の釘が刺さった丸太と板が落ちて来た。


「「「ぎゃあああああっ⁉」」」


 その丸太と板の釘が身体に刺さり、地面に落下する兵達。


 直ぐ上から丸太と板が落ちて来たと理解した。


 だが、落ちてきた丸太と板は地面に落ちること無く、上へとジャラジャラと音を立てながら巻き上がっていく。


 黄巾党の兵達は、その丸太と板を見上げていた。


 この県城の攻撃が始まってから、矢の攻撃を運よく躱し、城壁に辿り着いた者達が城壁に梯を架けて登ろうとしたら、妨害する丸太と板。


 上から落ちて来るので梯は壊される上に、釘が刺さっているので当たれば間違いなく傷を負う。


 そのまま地面に落下するかと思ったが、ある程度落ちて来ると上へと巻き上げられていく。


 そんな見た事も無い物を見て、足を止めて戸惑う黄巾党の兵達。


 未知の物を見ると、人は如何したら良いのか戸惑うのだから無理はない。


 其処に容赦なく矢が飛んでくるので兵達は混乱する。


「逃げるなっ。黄天の世を作りたくば進め‼」


 部隊を率いていると思われる者が叫ぶと足を止めていた兵達は動き出す。


「「「蒼天は既に死す。黄天まさに立つべし」」」


 破れかぶれなのか太平道の標語スローガンを口にして、橋を掛けたり城壁に身体一つでよじ登りだした。


 だが、よじ登って来た者達は皆、釘が刺さった丸太と板の落下攻撃を受けて落ちて行く。


 更にはそれだけではなく。


「突けっ」


 城壁の中から槍が突き出された。


 これは城壁の矢を放つ狭間から、矢を放つのではなく槍を突きだされたからだ。


 その様子を見て、攻撃を指示している大方は歯噛みした。


「申し上げます。各門を攻撃している者達もあの見た事も無い物で登るのを妨害されている上に被害甚大です‼」


「ええいっ、あのような物を一体何処で手に入れたのだっ」


 伝令の報告を聞いて歯噛みする大方。


「報告‼ 北門を攻撃している者達が後退を始めました‼」


「なんだとっ、腰抜けがっ。止むを得まい。我らも後退する。合図を出せっ」


「はっ」


 北門を攻撃している者達が後退をしているという報告を聞いた大方は自分が率いる方の被害も増えて来たので後退を始める。


 その動きに合わせて、他の門を攻撃していた黄巾党の部隊も後退を始めた。




 黄巾党が後退していく姿を見た夏侯淵は持っている剣を天へと突き上げる。


「勝鬨を挙げろ‼」


「「「えいえい、おー‼ えいえい、おー‼ えいえい、おー‼ えいえい、おー‼」」」


 守っていた兵達は鬨の声を挙げる。


 その声を聞きながら夏侯淵は近くにある兵器を見る。


「戦国時代というのはこの様な兵器もあったのだな」


 感心しながら兵器を見る夏侯淵。


 釘付きの丸太を落とす方を夜叉檑やしゃらい。釘付きの板を落とす方は狼牙拍ろうがはくという兵器であった。


 曹昂が持ってきた墨子に描かれている兵器だ。


 と言っても一から制作した訳では無く、曹昂が事前に部品を製造していたので後は城壁に設置するだけで済んだ。


「『その内、数頼みで攻め込んで来るかも知れないから作った』か。正に先見の明だな」


 子供を持つのなら、ああいう聡明な子を持ちたいなと夏侯淵は思った。

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