そんな繋がりがあったとは

「ごめんなさいね。てっきり、曲者だと思って」


 卞蓮は曹昂の頭に触れて、コブが無いかどうかを確認しながら謝る。


 幸いコブなどは無かった。


「しかし、昂。何の用で此処に来たのだ?」


「えっと、父上が気に入っている女性が、どんな人なのか見てみようと思って来ました」


 別に隠す事ではないので、此処に来た理由を言う曹昂。


「あら、そうなの」


 素直に答えた曹昂を見て、良い子と言わんばかりに、頭を撫でる卞蓮。


「しかし、あの薔が良く許したな」


「母上は家を留守にしているので知りません」


「ははは、此奴め。抜け目が無いな」


 面白いとばかりに、曹昂の頭を叩く曹操。


「旦那様。あまり叩いては」


「おお、そうだったな」


 卞蓮に言われて、曹操は叩くのを止める。


(姐さんってこういう人を言うのかな?)


 卞蓮は豪快で面倒見が良く、頼りになる性格なのだと接して分かった。


 そして、今丁度、周りには曹操と卞蓮以外誰も居ないので丁度良いとばかりに訊ねる。


「父上。聞いても良いですか?」


「何だ?」


「父上は卞夫人とは何処で知り合ったのですか?」


「何だ。馴れ初めを聞きたいのか? そうだな。あれは、三年前に此処譙県に美しい歌妓が居ると評判でな。その評判を聞いた私はその歌妓を見に行ったら、一目で気に入り側室にしたのだ」


 曹操が馴れ初めを話してくれたが、前世の史実通りではあるのだが、それを訊いても曹昂は信じられなかった。


「父上。嘘は言わないで下さい」


「嘘? 何の事だ?」


「どうして歌妓が懐に匕首を忍ばせるのですか?」


 先程、自分が気絶した際、匕首が自分の傍にある木に刺さって驚いて足を滑らせて気を失った。


 不思議なのが、どうして卞蓮が懐に匕首を忍ばせていたかという事だ。


 投剣が出来る歌妓など、聞いた事が無い。


 また、この時代匕首などはやや高価で、投げ捨てる事も有り得る投剣を使用するなど難があった。


 それを歌妓である卞蓮が、使うなどまず有り得ない。


「むっ。鋭い奴だな」


「答えて下さい。父上」


「ふむ。・・・・・・蓮は投剣が出来る歌妓なのだよ」


「考えている時点で嘘でしょう」


「おっ、これは一本取られたな。ははははは」


 曹操の態度から話す気が無いなと思った曹昂。


「・・・・・・分かりました。父上は話す気が無いのであれば、僕にも考えがあります」


「ほぅ、どんな方法を取るのだ?」


 子供が取る手段など、たかが知れているのが、どんな事をするのか面白そうだと思いながら訊ねる曹操。


 そんな曹操を見てニヤニヤする曹昂。


「曾祖父様は父上にも甘いですが、僕にも甘いですからね。それがどういう意味か分かりますか?」


「なに⁉」


 そう言われて顔色を変える曹操。


「僕が『父上の傍に居る側室に短刀を投げられた。歌妓とはそんな事をするのですか?』と言ったら、曾祖父様の事ですから『曾孫に短刀を投げる様な女の家など建てられるかっ』とか言って家を建てるのを止めるかもしれませんよ」


「此奴めっ」


 苦々しい顔をする曹操。


 後に奸雄とまで言われる曹操だが、自分の祖父である曹騰には頭が上がらなかった。


 今の自分が議郎の官職に就いているのは、全て祖父のコネであるからと分かっているからだ。


 更に曹昂は、駄目押しの言葉を重ねる。


「父上の事ですからそうなっても『こちらに帰って来て、側室にばかり構っていたので息子の昂の相手をおざなりにした事で、昂が嫉妬して構って欲しいので嘘をついているのです』と言うでしょうが、もし、そう言ったら僕は『だったら、家を建てるのを止めてこの屋敷で住みましょうよ』と言います。別に屋敷には卞夫人と暮らすのに困らない位に部屋は有りますから、何なら馬車の技術の権利で得た金で屋敷を改築しましょうか?」


「ぐっ、それはまずい。薔は蓮の事を殊の外嫌っているからな」


 流石に曹操も丁薔の態度から、卞蓮の事を嫌っているのは分かっていたようだ。


 だから、家を建てると言ったのだろう。


「まぁ、私の家は名家でも何でもないしね~」


 自分の家の事なのに、仕方が無いと笑う卞蓮。


(自分の事なのに豪快に笑うな)


 その度量の広さには、感心する曹昂。


「・・・・・・・」


 まだ十にも満たない子に何も言い返す事が出来ず苦い顔をする曹操。


 少しすると、曹操は溜め息を吐いた。


「・・・・・・分かった。卞について本当の事を話そう」


「ありがとうございます」


「ただし、この事は誰にも言うでないぞ。そう心得て聞け。良いな?」


「はい」


 力強く返事する曹昂。


「蓮と出会ったのは、確かに三年前だ。その蓮の縁で父親の卞遠殿と知り合ってな」


 話を促すために曹昂は頷いた。


「実は卞遠殿は浮屠の信者でな」


「ふと?」


 何だっけと思う曹昂。


 何を言っているのか分からない顔をする曹昂を見て曹操は説明する。


「まぁ、お前にも簡単に言うと西域から伝わった宗教だ。後漢の永平十年の時に洛陽にその浮屠の建物である寺が建立されたのだ」


 寺と聞いて曹昂はその浮屠が、仏教だという事が分かった。


「邪教でもないから、長く信仰されてな。私もその教えは少し面白いと思っている。そして、私は洛陽の北部尉の時に浮屠の元締めとある取引をしたのだ」


「取引?」


「うむ。私が何処かの郡の太守又は州牧になった時は私の治める土地で信教の自由と寺院を建立する許可を与える代わりに、手を貸してもらう事にしたのだ」


「手を貸すって、兵を募る時にその浮屠から兵を出してもらうのですか?」


「いや、浮屠は平和的に信徒を増やす考えでな、兵は持たないので代わりに情報を提供してもらう事にしてもらった」


「情報? それってつまり間者になるという事ですか?」


「そうだ。そして、此処だけの話だが洛陽北部尉の時にある宦官の親戚を殺してからというものの、その宦官が目の敵にして暗殺者を送ってきてな。その撃退を浮屠の者達がしてくれたのだ。蓮も歌妓だと思っていたら、実は浮屠の間者だと知った時は心底驚いたがな。ははは」


 卞蓮の正体を知って笑う、曹操の度量の広さに、曹昂は何も言えなかった。


(多分、ある宦官って蹇碩の事だろうな。まぁ、一族の人を殺されたんだから根に持っても仕方がないよな)


 しかし、その蹇碩が送る暗殺者を撃退するとはその浮屠の者達というのはかなり強いのだろうと思う曹昂であった。

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