葬式で父と会う

 光和五年七月。


 その日、曹家の屋敷には弔旗が掛かった。


 譙県で暮らす者達は白い服を着て弔問に訪れた。


 喪主は曹操なのだが、まだ任地から戻っていないので代理として祖父の曹騰が務めてる。


 曹嵩もまだ洛陽から戻っていない。恐らく、曹操と一緒に帰るのだろう。


「・・・・・・すん、すん・・・・・・」


 曹騰の傍で涙ぐむ丁薔。


 涙ぐむ丁薔の隣には曹昂が居た。


 その曹昂の隣にはまだ幼い曹昂の妹が乳母に手を引かれていた。


(まさか、こんなに早く亡くなるなんて・・・・・・)


 位牌が置かれている祭壇を見ながら思う曹昂。


 亡くなったのは同母弟の曹鑠であった。


 元々、身体が弱かったのでどれほど長く生きられるか分からないと薬師この時代の医者に宣告されていた。


 未来の記憶を持っている曹昂も詳しい日が分かっていなかったが、まさかこんなに早くに亡くなるとは思わず愕然としていた。


 亡くなったという話を最初に聞いた時は、理解するのに時間が掛かった曹昂。


 そして、徐々に今世の弟が亡くなったと実感が湧き涙を流す曹昂。


 あまり接してこなかった。それでも弟に変わりない。


 もう二度と会えないと分かり、感情が爆発した。


 曹昂は涙を流しながら、前世の最期の事を思い出した。


 自分を見送った従姉も伯父もこんな気持ちだっんだろうと思いながら。


 泣いている曹昂を見て、丁薔は抱きしめて泣いた。


 泣き終わると、葬儀に関しての取り仕切りは曾祖父の曹騰が父曹操の代理として仕切っていた。


(もう少し気に掛けていたら、結果は変わったのだろうか?)


 詮無き事と思いながらも、思わざるにいられない曹昂。


 何となく弔問客を見た。


 客は二通りに分かれていた。


 一つは事前に知らされていたのだろう。白い服を纏う人達。服から察するに貴人と思われる人達が多かった。


 もう一つは普段着に頭に白い布を巻いている人達であった。


 この人達は葬儀があると知って急いできたのだろう服の用意が間に合わないか、もしくは白い服を用意できなかった者達に曹家の使用人達が訪ねて来た事を感謝して白い布を渡しているので巻いているのだ。


 大長秋を務めていた曹騰と、大鴻臚の職に就いている曹嵩の一族という事だからか、沢山の弔問客が訪れていた。


 その弔問客の間を掻き分けていく人が見えた。


 小柄の男性で立派な口髭を生やし鳳凰の様に眦が深かった。


 男性は丁夫人の傍にやって来た。


「妻よ。遅くなった」


「旦那様。・・・・・・っ」


 丁薔はその男性の胸元に顔を寄せて泣きついた。


 その男性こそ、曹昂と妹、そして亡くなった曹鑠の父である曹操であった。


 曹操に、遅れて祖父の曹嵩もやって来た。


「父上・・・・・」


「昂。私が居ない間、よく母上をお支えしたな。よくやった。流石は曹家の長子で私の息子だ」


 曹操の元に行く曹昂。曹操は曹昂の頭を撫でて褒めた。


 前世の父親はもう朧気にしか思い出せないが、それでも曹昂が何かしらするとこうして頭を撫でて褒めたものだ。


 その事を思い出す曹昂。


「阿瞞。良く来たのう」


「祖父様。曹操、只今、参りました」


「挨拶は後で良い。それよりも、早く鑠の元に行くがよい」


 挨拶もそこそこに、曹鑠の位牌が置かれている所に行けと言う曹騰。


 その言葉に従い、丁薔から離れて曹操は曹鑠の位牌の傍へと行く。


「・・・・・・息子よ。父が参ったぞ。どうか安らかに旅立つが良い。父は、父は・・・・・・」


 曹操は言っている最中に、感極まって涙を零し言葉を詰まらせる。


 涙を流しながら、一礼をしたのであった。




 葬儀も一通り終わり、弔問客には謝礼を渡し終えた。


 一息つこうと屋敷にある、一室に集まる曹操達。


 曹昂の妹はまだ幼い事と、葬儀で疲れたのか船を漕いでいたので、部屋に寝かしつける事になった。


 そちらの事は、乳母に任せてあるので、問題は無い。


 問題があるとすれば、曹昂の方であった。


 馬車の技術に関しては、父曹操が曹昂に字の練習用と送った本の中に入っていた本を曹昂が解読して手に入れた事になっている。


 もし、この場で曹操がそんな本を送ってなどいないと言われでもしたら、とても面倒な事になる。


 のだが、曹昂は平然としていた。


 茶を啜り喉を潤すと、まずは曹騰が口を開いた。


「此度の事は非常に残念であったな」


「はい。祖父様」


「じゃが、まだ昂がおる。家の事は問題なかろう」


「はい」


「暫くは鑠が居ない生活は慣れぬだろうが、これは徐々に慣れて行くしかない。気長に慣れていくのじゃ」


「はい。分かりました」


 丁薔の返事を聞いて、曹騰は頷いた。


「それに昂は優秀じゃ。曹家は安泰じゃよ」


「? 祖父様。それはどういう意味ですか?」


 曹騰の言葉を聞いて、曹操は疑問の声を上げる。


「何じゃ。知らんのか。巷では衛大人が売っている馬車が大流行している事を」


「それは知っています。それが我が家と何の関係が?」


「あの馬車の技術は昂が教えたのじゃ」


「昂が?」


 曹操は曹昂を見る。


「お主が送った書物に、大秦の文字で書かれた技術書が送られたとかで、それを解読してその馬車を作ったそうじゃ」


「書物? はて? そのような物を送ったか?」


「父上は沢山送り過ぎて、覚えていないのではないのですか?」


 字の練習という事で、沢山書物を送っているのは確かなので、覚えていないと言われたらそれまでだ。


「ふむ。一応、その書物を見せてもらおうか」


「分かりました。持ってきますね」


 曹昂はそう言って、部屋を出た。


 少しすると、曹昂は二本の書物を持ってやって来た。


「これです」


 そう言って曹昂は卓の上に置いた。


「ふむ。どれ」


「儂にも見せよ」


「儂も」


「わたしも」


 曹操達はどんな事が書かれているのか気になり、書物を手に取り中身を開いた。


 最初に取ったのはローマ字で『馬車の作り方』と書いてあった。


 ちなみに、この本を作ったのは曹昂だ。


 もし、その本を見てみたいと言われても良いように前もって作っておいたのだ。


 この時代の本は、紙に紐通して表紙に糊を塗って張り付けた物なので、作ろうと思えば簡単にできる。


 糊はこの時代でも簡単にできるデンプン糊で張り付けた。


「「「・・・・・・・・」」」


 本の中身を見て、四人は難しい顔をした。


 教養がある曹騰、曹嵩、曹操、そして名家の出である丁薔でも本に書かれている言葉が読めないのだ。


 四人は自国の文字ならば難なく読めるが、外国の文字は教わっていない以上読む事は出来ないのは当然だ。


 読めないと思い、自分で本を作った曹昂。


「・・・・・確かにこれは異国の文字だ」


「よく、こんな文字を解読出来たのう」


「ですな」


「それで、もう一つの本は」


「それは大秦の文字をこちらの文字の言葉に当てはめた物です」


「そうなの。じゃあ、ちょっと」


 丁薔が、その本を手に取り中身を見た。


 曹操達も横から顏を覗かせて中身を見る。


 こちらの本は本自体は曹昂が作ったが、文字を書いたのは別の人だ。


「ふむふむ。成程」


「ああ、こう読むのか」


「ふむ。異国の文字もこうして当てはめると読みやすいのう」


「そうですね」


 四人とも教養があるからか、直ぐに文字の読み方を理解した。そして最初に読んだ本を読み直して書かれている事を理解していった。


「しかし、弾機というのはこうして作るのじゃな」


「そうですね。しかし、車輪一つ一つに車軸をつける事で方向転換も容易にできるとは知りませんでした」


「大秦の技術。侮り難し」


 曹騰達は本の読み方を理解すると、本に書かれている技術を理解して感心した。


「しかし、阿瞞。こんな本を手に入れたのであれば、自分で活かせばいいものを」


「はぁ、そうですね」


 勿体ない事をしたなと言う曹騰。


 曹操は本当にこんな本を送っただろうかと不思議に思いながらも返事をする。


「ふわ・・・・・・」


 曹昂が欠伸をしたのを見て丁薔が持って来た書物を持ち立ち上がる。


「疲れたでしょう。少し休みなさい」


「はい。母上」


 丁薔は曹操達に一礼して曹昂を部屋へと連れて行った。


 その道すがら、曹昂は本をギュッと握った。


(ありがとう。鑠)


 実は曹昂が持っている本の内の一つの、中身の文字を書いたのは曹鑠であった。


 普段から部屋から出ない曹鑠を思って、時たま皆に内緒で遊んでいた。


 激しい遊びは出来ないので、絵を描いたり話を読んだりであった。


 そんな時に、曹鑠が字を書ける事を知った曹昂は文字の練習と言って、ローマ字をこちらの国の文字に当てはめる字を書いてもらった。 


 自分が字を書いたら文字の癖なのでバレる可能性があった。


 しかし、曹鑠は病弱で字の練習などをしないだろうと、思い込んでいる曹操達には字の癖でバレる事は無いと思い書いてもらった。


 曹鑠は字は綺麗であったので、本にするのは問題なかった。


 病弱な為、字を書くのに時間は掛かった。だが、こうして本は完成した。


 この本が弟の生きた証だと思うと思い入れがひとしおであった。


 この本は大切にしようと曹昂はそう心に決めた。

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