第18話 炎

 翌日、ルーファスは無事に登校してきた。

 顔色も良かったので安心したものの、魔法のほうは進展がないまま、早くも一週間が過ぎてしまう。

 魔法を習得するさらなる手がかりを求め、昼休みに学校の図書館で関連書籍に何冊か目を通してみたけれど、どんな本もまず魔法が使えることありきからはじまり、いかにそれを発展させるかばかりで、そもそも魔法を使えるようになるにはどうするべきかは分からないままだった。


(なにか原作でヒントになりそうなものは……あ)


 とあることを思い出した。

 ルーファスが、クリスを手に入れるための一番の障害であるラインハルトの魔法を封じるため、彼に魔力抑制剤を飲ませたことがあったのだ。

 通常この薬は魔力過多症という体を巡る魔力が強くなりすぎることから肉体を守るために開発されたものだ。


(ルーファスも魔力抑制剤を飲まされてる……いや、本人が知らず摂取している可能性は?)


 魔力抑制剤は体を流れる魔力の流れを抑える効果がある。それをルーファスの食事に混ぜれば、彼の体に魔力があろうが、魔法は使えなくなる。

 魔力があるにもかかわらず、ルーファスが長年、魔法が使えなかったのは明らかに不自然だ。抑制剤が使われているのだとしたら……。


 その日はルーファスとは王宮に行かず、一度屋敷に戻らせてもらった。その際、ルーファスに決して王宮で何を出されても飲食しないよう告げた。ルーファスは不思議そうな顔をしていたが、「分かった」と了解してくれた。

 ジェレミーは屋敷の料理人に作ってもらった弁当と飲み物をたずさえ、王宮に戻った。

 ジェレミーは今や顔パスで王宮に出入りできる身分。

 ルーファスの部屋へ通されると、二人きりになった。


「どうして家に戻った?」

「ルーファス。食事に、魔力抑制剤が混ぜられた可能性はない?」


 ルーファスははっとした顔になる。


「……その可能性は考えたことがなかった」

「確証があるわけじゃないけど、今日からしばらくは王宮で出されたどんな食べ物や飲み物にも手をつけないで」

「魔法を使えるようになるために我慢が必要、か」

「我慢はする必要ないよ。これを食べて。うちの料理人に作ってもらった弁当と飲み物。朝食、昼食は学校で販売されているものだから安全だろうから。夜はこうして僕が持って来たものを。でも食事を抜くのはおかしいと思われるだろうから、僕がルーファスの分を食べるよ」

「……もし抑制剤が入っていたとして、王宮の者たちがどれだけ関わっていると思う?」

「少人数だと思う。まさかそんな大それたことを大人数でやる必要もないし。毒味役が口にする程度じゃ、抑制剤が入っているかどうかも判断できないだろうから」

「王太子が関わっていると思うか?」

「それ、答えなきゃいけない? そんなことをして得をする人間は王太子以外いない。これでしばらく様子を見てみよう」

「ということはしばらくは一緒に食事か」

「我慢してよ」

「我慢? そんな必要はない。友と一緒に食事ができるんだ。嬉しいに決まってるだろ」

「とりあえず今日はサンドイッチにしてもらったけど、好きな料理があったら教えて。好みに合わせるから」

「……私のために色々と手間をかけさせてしまって悪いな」

「僕がそもそも言い出したことだから全力で応援するのは当然だよ」

「私も頑張らなくては。お前の努力を無駄にしないためにも」



 それから数日、ルーファスは、ジェレミーが持参してきた食事を取り、庭の一角で魔法のイメージを練り上げるという行為を続けた。


「……自分の中の魔力の流れを……」


 ルーファスはそう呟き、水をすくいあげるように両手を器のようにして掲げる。

 真剣なルーファスを前に、ジェレミーはうまくいって欲しいと祈るような気持ちで見守った。


「……熱い」


 ルーファスの顔がかすかに曇る。

 何かあったのかと駆け寄ろうとした瞬間、「《焔よ》」そう、囁くようにルーファスが口ずさんだ。

 次の瞬間、ゴウッという音をたて、両手から緋色の炎が立ち上った。


「炎……」


 きらめくような炎が青空に向かって昇り、そして消えた。

 ルーファスは自分の手の平を、驚きの表情で見つめる。


「ルーファス……い、今の……」

「見えたか?」

「見えた!」


 ジェレミーは昂奮のあまり、叫ぶように言った。


「幻じゃない……よな?」

「もう一度、できるっ!?」


 ルーファスは目を閉じ、両方の手の平を空に向けてかかげた。


「《踊れ、焔……》」


 さっきよりも目に見えて制御された炎が生み出される。これまで抑えられ続けていたものが一気に溢れるように、勢い良く炎が宙で躍り上がった。

 それは作中で見たどんな魔法よりも綺麗で、全身の鳥肌が立つ。


「すごい……すごいよ、ルーファス!!」


 いてもたってもいられなくなったジェレミーはルーファスに抱きつく。

 驚きながらもルーファスは、ジェレミーを抱き留めてくれた。


「いきなりびっくりするだろ」

「ごめん。でも嬉しくて!」

「……ありがとう。お前のおかげだ」


 ひしと抱き合う。


「魔法が使えるようになったってことは。やっぱり……」


 食事に魔力抑制剤が入れられていたということだ。


「構わない。元々王宮に味方はいなかった。それを再確認しただけだ。今さらショックを受けたりはしない。私にはお前がいてくれればそれで構わない」


 そこへ騎士たちの声が近づいてくる。今の炎が見えたのだろう。

 ジェレミーは距離を取ろうとが、ルーファスはなかなか離してくれなかった。

 彼の目が愉快そうに笑い、ギリギリのところでようやく解放してくれた。

 直後、騎士たちが飛び込んでくる。


「誰だ! 王宮内での魔法の使用は……」

「すまない。屋内では危ないと追って外で練習をしていたんだ」


 駆けつけてきた騎士たちは驚きの表情で、ルーファスの手の中で踊る炎を目の当たりにした。


「殿下……魔法を……お、おめでとうございます!」


 騎士が叫び、右膝をつく。他の騎士たちもそれに倣う。


「すぐに陛下にお知らせを!」

「いや、まだ十二分に自分のものにしたわけではないからしばらくは黙っておいてくれ。陛下にはしっかりとしたものをお見せしたい」

「かしこまりましたっ」


 しかし翌日にはルーファスが火魔法を使えるようになった知らせは、国王の耳に届くことになる。


「……これじゃ、僕らが食事に入った抑制剤に気付いたって、王太子に知られるね。また何か卑怯な手を打ってくるかも」

「派手に動いてくれたほうがいい。そうすれば、証拠を探る手間が省ける。王太子が足掻けばあがくほど、波紋は大きくなる」

「そんなことまで考えてたの?」

「当然だ。王宮で人の口に戸は立てられないのは分かっていたからな。それから、今日からはお前も家のものだけを食べるようにしろ。抑制剤以外をいれてくるかもしれない」

「……毒?」

「何でもありの世界だからな」

「でも食事は」

「それはこちらで何とかする」


 翌日、すぐに国王がルーファスの元へやってきた。

 ルーファスが国王の前で火魔法を披露すると、まるで我が事のように国王は涙ぐんだのが印象的だった。


「奇跡だ……まさか……あぁ……やはり……お前は余の息子……。お前の母も、きっと喜んでくれていることだろう……」


 国王は声を震わせそう呟いた。


「陛下……いえ、父上。これまで多くのご心配をおかけして申し訳ございません」

「いいや、謝るようなことではない。よくやったぞ、ルーファス」

「ジェレミーがいてくれたお陰です」


 こんな時くらい純粋に自分の手柄だと誇ればいいのに、ルーファスはそう素直に告げるのだった。


「ジェレミー。ルーファスを、よく支えてくれた。礼を言う」

「ついては狩猟祭の従者としてジェレミーと一緒に参加したいと思っています」


 狩猟祭への参加者は一人の従者を選ぶことができる。


「殿下、さすがにそれは。ちゃんとした騎士を選ばれたほうがいいと思うのですが!」

「嫌か?」

「嫌じゃありません。でも従者の存在は勝負の行方を左右するのですから」

「左右するからこそ、お前でなければ。今さらお前以外の者に、背中を預けるつもりはない」


 そこまで信頼してもらえることはありがたいのだが、畏れ多くもある。


「ジェレミー。余からも頼む。ルーファスがここまで誰かをこんなに信頼するのははじめてなのだ。親馬鹿だと思うだろうが、この子の望みはできるかぎり叶えたいのだ。頼む」

「陛下!? 頭をお上げください! 分かりました!」


 国王父子から頭を下げられ、つっぱねられるほど肝は太くない。

 ルーファスが魔法を習得して以来、ジェレミーの評価までなぜか上がった。

 どうやらジェレミーがいたからこそ、魔法が使えるようになったと誤った噂が流れているらしい。


「言わせておけばいい。別に悪い噂じゃないんだから」


 ルーファスはこともなげに言った。

 騎士や兵士、侍従、侍女、メイドたちの目も変わる。

 これまでルーファスの視察に付き添っていた人程度の認識だったのが今や、ルーファスが誰より信頼する優秀な右腕という立ち位置に。


「ジェレミー。王宮にお前の部屋を与える。王宮への出入りを自由とする手形も発行するゆえ、どうか、ルーファスを支え、その相談に乗って欲しい」

「あ、ありがたき幸せでございます、陛下」


 改めて国王から呼ばれると、そんな褒美をもらうこととなった。


 一方、魔法のほうはとっかかりさえ掴めれば、優秀なルーファスはめきめきと魔法をコントロールする術を身につけ、一足跳びに上達していった。

 教師におそわることを拒んでいたルーファスも狩猟祭という大きな目標がある以上はそうも言っていられないと国王に頼み、宮廷魔導士の指導を受けはじめた。


 その間も、ジェレミーは一番間近で見守りつつ、一緒に指導を受けた。従者に選ばれてしまった以上、足を引っ張るという最悪の事態は避けたい。

 魔法を使えることが自信になったのか、過去のトラウマに苦しむこともなく、ルーファスは教えを全て自分のものにしていく。


(これはもうチートだな……)


 本当なら転生者であるジェレミーにこそあるべきことだが、転生もしていない元・悪役王子であるルーファスが身につけている。

 華麗に炎を操るルーファスは誰よりも輝き、目を背けることができないほど魅力的だった。

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