第3話 作戦会議

 教室に戻ったジェレミーが次の授業の準備をしていると、男子のクラスメートたちが近づいてくる。


「なあ、ジェレミー。お前、まだあの第二王子様と一緒にいるんだな」

「よくあんな奴の取り巻きなんてしていられるよなぁ。弱みでも握られてるのか?」


 二人は小馬鹿にしたようにニヤついている。

 確かに二人がそう言う気持ちは理解できる。

 ルーファスの現在の最低な人間性を考えれば、そう思うのも不思議ではない。

 だからと言って、こうして遠巻きにしている他人に面と向かって言われると腹が立つ。


「殿下の良さが分からないなんて、見る目がないな」

 気付いたらそう言っていた。しかし彼らからしたら、ただの強がりにしか見えなかったんだろう(正しいが)。

「ハッ。せいぜい頑張れよ」

「ラインハルト先輩に殺されないようになぁ~」


 嫌味たらしい声援を浴びせ、自分たちの席に戻っていく。


(あいつらが正しいんだよな。癪だけど)


 こんな見える地雷も珍しい。


(どうしてジェレミーはそんな悪役王子とずっと一緒にいたんだろう)


 原作にそのあたりの事情は特に説明されていない。

 ただ断れなかっただけだろうか。ジェレミーは気が弱そうだったし、相手は評判が悪いとはいえ、王族。迫られれば頷くしかないだろう。



 もしかしたら来てくれないと思ったが、約束どおり温室にルーファスがいた。

 それもジェレミーよりも早く。

 ルーファスは温室内にある大理石でできた噴水に腰かけ、文庫本を読んでいる。

 夏の日射しの降り注ぐ中の金髪碧眼の美形。

 これほど絵になる光景があるだろうか。


「遅い。自分で時間を指定しておいて遅れるなんて呆れるぞっ」

「すみません。授業で遅くなってしまって……」

「何の授業だ」

「魔法力学です」


 ルーファスはかすかに顔を顰めたが、「そうか」とだけ頷いた。


「それでどうでしょう。僕の提案なんですけど」

「……一利がなくもない、と思えた」

「良かった」


 それこそ、ここで「ふざけるな!」とキレられたら、「お世話になりました!」と頭を下げていたところだ。


「それで早速、お聞きしたいんですが、どうしてそこまでクリスに執着なさるんですか?」


 クリスと、ルーファスが出会うシーンはもちろん作中に出てくる。

 出会いのシーンはそう、クリスが学院に通う初日のこと。

 いつまでもラインハルトに守られてばかりでは駄目だとクリスが一人で登校したところ、彼の出自を知る上級生に絡まれたのだ。


 そこへ偶然通りがかったルーファスが、気まぐれに助けたのだ。

 その時、クリスは相手が第二王子だと知っていながらも、天然なのかなんなのかは分からないが、無垢な笑顔を浮かべ、「ありがとうございますっ」とその手を握り、フレンドリーに接したのだ。

 ルーファスの性格を考えれば気安く手を握られるなんてことをされたら、「ふざけるな! 貴族ごときが王族の私に触れるのか、穢らわしい!」と怒りそうなものだが、まるで初恋を知ったみたいに、胸を突かれて頬を染めたのだ。


 ルーファスは、原作どおりの出会いを説明する。


「――クリスは私の手を握り、感謝をした」

「突っぱねなかったんですか?」


 ルーファスはちらりと、ジュレミーに目をやると、どこか寂しげな顔をする。


「クリスは私を第二王子と知りながら、自然に接してくれたんだ。誰もが私に対して腫れ物にでも触るように接するにもかかわらず。私は……胸が締め付けられた」

「そんな理由なんで!?」

「悪いか?」

「……い、いいえ。悪いわけではありません。それにしても殿下は純粋なんですねえ」

「私を、からかっているのか?」

「あ、す、すみません、失言でした! と、とにかく……分かりました。クリスに対して、そんな真っ直ぐな想いを抱かれていたんですね。それなら、なおさらしっかり仲を深めていきたいですね!」

「私にここまで話させたんだ。名案があるんだろうな。下らんことを言えば、容赦はしないぞ」


 足と腕を組んだ、その尊大な姿さえ絵になるからずるい。


「お茶を飲みましょう」

「やはりお前に話したのは、時間の無駄だったようだなっ」

「信じられない気持ちは理解できますけど、それが一番の近道なんです。下手な小細工は余計に、殿下の気持ちを分からなくしてしまいます。それでは意味がありませんよね? まずは一緒にお茶を飲んで、少しずつ交流を深めるんです。これまでのような乱暴なやり方ではなくて」

「……ラインハルトはどうする。クリスを誘えば、あいつもついてくるぞ」

「ラインハルト先輩にも同席していただきます」

「正気か? あの男のことだ。邪魔してくるに決まっているっ!」

「だと思います。しかし先輩が仮に何を言ったとしても、クリスはきっと殿下からの誘いを受けてくれますよ。クリスは優しいですし。ラインハルトが邪魔したくても、クリスは絶対にそれを許しません」

「ラインハルトに言われたらクリスも逆らえないんじゃないか?」

「まさか。逆です。逆らえないのは、ラインハルト先輩のほうです。クリスにホレ抜いていますからね」

「……茶を飲むだけで、うまくいくものか……っ」

「うまくいくための第一歩だとお考えください。聡明な殿下にはおわかりのはずですよね?」


 ルーファスは、ジュレミーの言葉を頭の中で整理しているようだった。


「ふん、一応やってやる。だがうまくいかなければ、これまで通り、私の考えでいくぞ。いいな?」

「ありがとうございますっ」


 その時は、縁を切ろう。


「じゃあ、予行演習をしましょう。僕をクリスだと思ってください」

「ハッ。お前が、あいつのように愛くるしいわけでもないのにか?」

「……それは誰より僕が一番分かってます。あくまで練習ですので、そういう想定でお願いいたします」

「仕方がない。我慢するか」


(この人は嫌みを言わなきゃ普通に話せないのか?)


 ジュレミーは小さく咳払いをすると、「先輩、今日はお誘い頂いてありがとうございます!」と元気いっぱいに言った。


「よく来てくれた」


 ルーファスは眩しいくらいの笑顔を見せた。


「!!」


(クリスの前の猫かぶりのルーファス、やばすぎる!)


 最早、悪役王子ではなく、十分ラインハルトと張り合える主要人物の貫禄。


「その調子ですよ、殿下。――じゃあ、僕は何を飲もうかな」

「茶ならば、ロイヤルガーデンより取り寄せさせた茶葉で作ったミルクティを飲ませてやろう。子爵家ではとても飲めないだろうから、しっかり味わえ――」

「ハイ! アウトです!」

「あう、と……?」

「失格、駄目、論外、ありえない! ということです。今のはさすがにいけません。そういう、ひけらかすようなことは言わないでください。下品ですし、空気を悪くします」

「どこかひけらかしなんだ? 事実だ。そもそも王家の領地でなければ採れない茶葉だ。子爵家程度ではとても手が出せない、いや、手に入れる機会さえないだろう」

「目的が王家の自慢ならそれでいいです。好きなだけ自慢してください。でも殿下の目的はクリスの心を手に入れること、ですよね?」

「……お前、よくそんな恥ずかしいことを臆面もなく言えるな……」


 ルーファスはがらにもなく照れたようだ。

 肌が女性みたいに白いから頬を染めると、すぐに分かる。


「欲しくないんですか?」

「……分かったから続けろ」

「あくまで等身大の学生同士での会話を楽しむべきなんです。お茶の種類とかは何でもいいんです。水でもいいんです。大切なのは会話の内容ですから。今日は学校で何をした?とか、入学してしばらく経つが友人はできたのか? とか。そういう世間話からはじめましょう」

「まどろっこしい」

「心は一朝一夕に手に入らないものです」


 ルーファスの顔は、『面倒だ』と訴えていた。


「それから、尊大な仕草もおやめください」

「尊大?」

「腕や足を組んで、相手を蔑むような眼差しです。殿下はとても整った顔立ちをされているのですから、普通に接するだけでも人目を惹きます。僕をクリスだと思って、『今日は、お茶を一緒に飲めて嬉しい』と優しく言って――」

「それは違うだろう」

「……なにが違うんですか?」

「クリスはいつも、顔面凶器のラインハルトと一緒にいるんだぞ。むしろ、尊大なくらいがいいに決まって……」

「はああああああああああああ……!」


 ジュレミーは思いっきり溜息を吐き出した。


「な、なんだ、その溜息はっ」

「ぜんっっっっっっぜん、殿下は分かってませんね! いいですか? ああいうのは、ギャップなんです! 他人に対して敵意剥き出しの先輩も、クリスの前では普段は、とろけるような甘い顔をするんです! そういうギャップに、人は恋に落ちるし、ときめくものなんです!」


 自分と他者との間に明確な一線を引いて溺愛してくれるからこそ、相手にとって自分が特別なのかもしれないと思えるのだ。

 尊大な男がまんま尊大に振る舞ったら、ただの粗暴な男で終わり。

 魅力なんてない。もう二度と会いたくない。


「もしかしてクリスの前で尊大に振る舞ったのは、それがクリスの好みだから、とでも思ったからですか?」

「……そ、それは」


 ルーファスの目が泳ぐ。

 どうやら図星のようだ。


「クリスの前ではあくまで紳士でお願いします」

「今日は、お前とお茶ができて嬉しいぞ」


 ルーファスは柔らかな笑み、そして涼しげな目元を愛おしげに細めた。


「!!」


 ルーファスの周囲にキラキラした光が見える。


(イケメンすぎて、まぶしい……!)


 語彙力がなくなってしまうくらいの衝撃に打ちのめされたジュレミーは、胸を押さえて肩で息をする。


「平気かっ」


 ルーファスは慌てた様に駆け寄ってくる。


「……だ、大丈夫です。あまりに殿下が素敵すぎて……」


 心配していたルーファスが呆れたように首を横に振った。


「まったく、呆れた奴だ。それで、今のはどうだった?」

「百億万点でした! それを継続してできれば、クリスの心はもらったも同然です!」

「なんだ。以外に簡単じゃないか」


 ルーファスは不敵に微笑み、腕を組もうとして、はっとして腕を下ろす。


(……でも残念ながら、クリスの心はラインハルト先輩のものなんです。どれだけ殿下が努力しても意味ないんです)


 原作を知る者としては、罪悪感を覚えてしまう。

 しかしルーファスが真実を知れば、断罪一直線。

 ジュレミーの甘言に乗ってくれたルーファスが、これまでの悪役王子仕草を改めてくれれば断罪への道は遠のく。

 きっとルーファスにも別の素敵な人との巡り会うチャンスが生まれるはず。

 ジュレミーが目指すのは、誰も不幸にならないハッピーエンド。


「ひとまず僕からお伝えできることはこれくらいです。殿下が気を付けるべきは、上から目線、尊大さは意味がないどころか逆効果、紳士であれb、ということです」

「分かった」


 ルーファスは素直に頷く。

 ぐるるる、と情けない音をたてて、腹が鳴ってしまう。


「昼はまだだったな」


 ルーファスはパンを放ってきた。購買で売られている野菜とローストビーフを挟んだサンドイッチだった。


「……買っておいてくださったんですか?」

「お前のアドバイスが下らなかったら渡すつもりはなかったが、時間を割く価値はあったと判断した」


 そして自分の分のサンドイッチを食べはじめる。


「お金は……」

「授業料とでも思っておけ。私の奢りだ」

「ありがとうございます!」


 不覚にもちょっとした優しさにキュン、としてしまう。


(それがギャップの良さです!!)

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