第四章 神殿と俗世

第1話 神殿の裏庭に落ちとったもの

 大地母神様の神殿でのお祈りは大切なことや。旅の安全だけやない。晴れと雨が程々にあること、日々の実りが豊かであることも大切や。人は優しい気持ちのときは、うちらのような余所者を受け入れてくれる。旅の空に生きるうちらの家は、どこにも無い。


 うちら旅芸人は、どこにも住んでないから、大地母神様の信者ではあるけれど、どこの神殿の信者でもない。そやから、その場所に住んではる人達の邪魔にならんようにお参りするし、一人では行かんようにしとる。


 うちがいつも通りの生活に戻って、数日した頃や。

「座長、もうみんなで大地母神様の神殿にお参りしたん? 」

命の恩人の騎士様であるイサンドロ様、奥方様のカンデラリア様、お嬢様のエスメラルダ様、何よりうちに沢山のことを経験させてくれはったお優しいフィデリア様に巡り会えた御礼を、うちはお祈りしたかった。

「まだやな」

座長が頭を掻いた。

「いつもやったら、もう行っとるのに」

「いや、今回はあれや。気ぃ使うしな」

数日前まで、一座にはうちの代わりにイサンドロ様の御一家が居られた。


「明日行こか。今回、無事だったことのお礼をお伝えして、これからの無事をお願いしにいこか」

座長の一言で、早朝、芝居の支度を始める前に、せっかくやから皆でお祈りに行くことに決まった。留守を預かる仲間からは、お祈りしたいことを預かってうちらは神殿に出発した。


 朝靄あさもやが包む王都は、町全部が眠っているみたいで不思議や。神殿だけは、神官様たちは既に起きていらして、早朝のお勤めをなさっていた。神官様たちのお邪魔にならんように、一座は神殿の隅で大地母神様にお祈りをして、捧げ物をした。


 正門から出入り出来るのは、王都の住人だけや。王都の住民やない旅人は、裏門から出入りする。ちょっと古くて崩れかかっとるように見えるけど、ずっと前からやから大丈夫らしい。ほんまなんやろうか。くぐる度にちょっと怖いねんけどな。


 神殿の敷地内やけど、裏庭周りはさびれとる。積み重なった歴史にところどころ屈しつつある建物に囲まれた裏庭を通り抜けて、裏門から出ようとしたときや。


 足元に真っ白な手が落ちとった。嘘や無い。なにか言わなと思うけど、声にならん。足がすくんで動かへん。何で、神殿の裏庭で、死体を見つけんといかんねん。嫌やで、神殿でそんな、死体やなんて。腰が抜けて、歩かれへん。


 怖いのに、どうしても目が手から離れてくれへん。その時、うちは地面の下の誰かと目が合った。手は地面に落ちとるんと違った。体がひっついとった。地面の下にある格子の隙間から、汚れているけれど元は真っ白やったに違いない服が見えた。神官様や。


 この国は、おかしい。夜会で貴族は真っ二つに割れとった。貴族は息をするように権力争いをする。神殿にも、権力争いはあるということやろか。神官様が生き埋めにされるなんて、ただ事や無い。ここは神殿や。叫んだら負けや。うちは必死で気を落ち着けた。


「座長」

何でもないことのように、うちは座長に声をかけた。

「どないした」

座長が振り返った。

「靴がひっかかってしもうて、助けてぇな」

うちは、足元の手を指さした。うちの足元にある手を見た座長の顔色が変わった。

「仕方ねぇなあ。お前は。ほら、お前らちょっと手を貸せ」

座長の声に振り返った一座の仲間達が、うちの足元にある誰かの手を隠すように集まってきた。

「ほれ、助けてやるから、ちょっと待ちな」

座長の言葉に、職人が懐から道具を取り出した。


 格子から手が出たままでは、助けられへん。うちは、傷だらけの手をそっと包むようにしてあげてから、格子の中へと手を引っ込めさせた。職人は音も立てずに鍵を外して、力自慢が格子を開けて、中から人を引っ張り出した。打ち合わせなんかいらん。うちらは仲間やからね。


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