そういうこともあるよね〜溝口敬太と若井南〜3

 真面目に図書委員としての活動をしていたある日の放課後。静かに開かれるドアの方を見ると、若井南がひょっこりと顔を出した。


「あれ? どうしたの?」


 若井南は図書室内を見回す。他に誰かいないかを気にしているようだった。


「今、俺しかいないけど」


 そう言うと、安心したのかようやく


「お久しぶりです」


 と言い、中に入って来た。突然過ぎる出来事に、とにかく戸惑う。


「どうしたの?」


「話、聞いてくれるのってまだ有効ですか?」


「もちろん!」


 自分のでかい声に、とりあえず自分で笑う。彼女も笑ってくれた。


 奥の四人掛けの席で、向かい合って座った。改めて、若井南は小顔だと思う。


「私、自分勝手ですよね。多分、私みたいな人のせいで、一人っ子が自分勝手だってイメージがついてしまったと思います」


「一人っ子なんだ。そう見えないな。妹とかいそう」


「まだ話したの三回目なのにそう思ったんですか?」


「うん。三回目でもそう思ったよ。それに、三回目なのに、若井さんだって自分が一人っ子ってこと、俺が知ってるかのように話してきたじゃん」


「そうですね。すみません。先輩、話しやすくて……」


「あっ、謝らないで。まあとにかく、細かいことは気にしないで、話してくれて大丈夫だよ」


 彼女は一つ息を吐くと、語り始めた。


「失恋しました」


 予想外の発言に俺は


「えっ!」


 と、またデカい声を出してしまう。彼女は笑った。


「ごめん」


「リアクションが良くて、返って良いかもしれません」


 彼女がそう言ってくれた。


「それで⋯⋯失恋をしちゃって元気がなかったんだ」


「はい。実は、一目惚れだったんです」


「ほう」


「誰が見ても格好良いタイプで。学年で一番モテていて」


 分からないけれど、たぶん一年の人だろう。そうなると、一年で一番モテるということは⋯⋯顔が広く、ある程度の情報が入ってくる俺なら知っている。一番モテるのは、河辺さんの彼氏の藤沢航。剣道部の爽やかイケメン。

 そうか。だから、図書室には来たくなかったのか。河辺さんもいるし、運が悪ければ、藤沢航と河辺さんが一緒にいるところに遭遇するかもしれない。特に最近二人は、付き合っていることを隠さなくなった。


「もちろん格好良いからって理由もゼロではないです。でも好きになったのは、私の中では言葉に出来ない理由もあって」


「分かるよ」


 すごく共感してしまう。俺にとって若井南がそうだったから。言葉にできない理由を抱えながら、彼女の話を聞いてあげたいと思っていた。一目惚れではあるけど、単にそれだけとは言えない気持ち。


「初恋だったんです。私、びっくりしました。好きな人と両想いになれないのってこんなにつらいことだと思わなかったんです。ドラマとかを見ても、失恋した後のヒロインが大袈裟に見えて。でも、あれ、結構本当なんだなって」


「これ言ったら怒るかな? せっかく意を決して話しに来たのにって」


 俺は、落ち込んだ時の俺が思うことをそのまま伝えたくなる。こんなんだから、真面目さが足りない男なのかもしれないけど⋯⋯


「何ですか?」


「そういうこともあるよね」


「えっ?」


「俺、うまくいかないことがあると、そういうこともあるよねって思うようにしてるんだ」


 彼女の表情を伺う。


「ねえ、若井さん。前に若井さんに、図書室は行かないって言われた時、寂しいって思った。でも、若井さんが次の日に謝ってくれて嬉しかった。そういうこともあるよねって、自然に口にしちゃったし、その言葉が良いですねって言ってくれて嬉しかった」


「はい」


「だから、そういうこともあるよねって思って、俺のことをちょっと考えてもらえないかな?」


 意味が伝わっているだろうか。彼女の視線は泳いでいる。


「俺、うまく理由は説明できないけど、若井さんのこと好きだ。付き合ってください」


 それを聞くと彼女は、今度は真っ直ぐこっちを見た。その視線に照れ、俺の方が耐えられなくなる。だから、彼女の返答を聞く前に慌てて言った。


「ごめん。失恋したって教えてくれたのに、余計困らせるようなことを言って。本当ごめん。でも、考えてみて」


 その場にこれ以上いることも耐えられなくなり、図書委員長でありながらも、図書室から逃げようとした。


「待ってください!」


 その声に、もちろん足を止める。振り返ると、顔を赤くした若井さんが俺を見上げていた。


「私、真剣に考えてみます」


「本当?」


「はい。少しだけ、時間をください」


「分かった」


 そう言うと俺ではなく、若井さんが図書室から出て行った。俺の心臓だけが唯一の音みたいだった。



 結局、若井さんが言った「少しだけ」は、たったの一日だった。次の日の放課後、メガネ姿で現れた彼女は


「よろしくお願いします」


 と言い、自分のメガネの縁を人差し指で二度触れた。


「先輩⋯⋯そういうこともありますよね? 失恋したばかりなのに、すぐに最高の人を見つけちゃうこと」


 彼女は、俺の気持ちをさらに持っていくようなことを可愛く言ったのだった。


 そういうこともある。お互いすぐに好きになることも。長い間募らせた思いをなかなか言えずにいることも。意外なところから、素敵な人が現れることも。


 色々とある。色々と交差する。そして、恋っていいなって思う。

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