いらっしゃいませ、ヲ客さま!

猫海士ゲル

第1話 元自衛隊店長

オフィスの主役が『の書類』だった頃。パソコンなんて「いったい何に使うんだ?」と電卓を叩きながら目盛りの印刷された用紙に定規で線を引く。

そんな光景が当たり前だった時代。


僕は中野駅前にそびえる超有名雑居ビル内でサラリーマン店長を仰せつかっていました。多くの人が「そんな店が存在するの?」と首を傾げたパソコン販売の専門店です。


朝一番にボタンだらけのゴツい固定電話がけたたましく鳴ります。副社長からの熱いラブコールで店は開けるのでした。


「ぼくだけどぉ、昨日の売り上げどうなってんのさあ。あんな数字じゃ、そこの光熱費すら出ないよぉ……きみは課長よりんだから頑張ってくれなきゃ」


僕の手取り14万円より安い給料をもらっている課長に同情しつつ、ただひたすらの平身低頭。愛想笑いを織り交ぜつつ必死に言い訳を述べる。

そもそも「パソコンなんて商売にならないでしょう」と出店そのものに反対していたです。案の定、利益が出ていない苛立ちを僕に向けてきます。

……っていうか、そういう愚痴は出店を決定した社長に言えよ。


副社長が喋り疲れて受話器を下ろしたあたりでバイトくん達が出勤してくる。これが毎日のルーチンワークでした。


「うむ、おはよう」

やや低音ボイス、やや高圧的態度で店長らしく振る舞いながら指示を出す。

まだ若かった僕は「嘗められてなるものか」と自身を演じていました。元自衛官でもあったので、それも利用させてもらいました。

むろん、腕立てしろだの建物の周囲を走ってこいだの、そんな命令はしませんよ。さすがにそこまでやると辞められてしまう。あくまでも、そんな雰囲気を醸すことに終始していたのです。


「うちの店長やべぇよ。元自衛隊だってさ。体育会系だからジョークも言えない」


いま思えば、実に馬鹿らしい関係性を作ってしまったと猛省しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る