第3話 破壊神にお供え

 メイは、折り紙が好きだ。


 得意とは言えない。何度やり直してもお手本どおりにできなくて困りはてることもよくある。でも、ひとりでひたすら紙を折ったりたたんだりしていると、心配ごとや悩みがいつのまにかすうっと遠ざかって、心の中が静かになる。それに、


「うん! できた」


 できあがるとうれしい。

 小さな、でもちょっときれいな和紙で折った三方さんぽうが、傾くこともなくきちんと机の上に立つのを確かめて、メイは顔をほころばせた。


 三方とは神前に供物を供える時に使われる、足つきの台である。


 日常的に目にするのはせいぜい鏡餅が載ったものぐらいだが、メイがこれを作ったのはもちろん、スサノオのためだ。


(最近、狩りをしてるのをぜんぜん見かけないし……)


 世話好きな鬼しんらがいなくなってから、どこに行く時にも声をかければ届く距離にとどまってくれているので、まずまちがいない。


 スサノオは女神ヘカテーの迷宮から戻ってから、メイの知るかぎり一度も、なにも狩っていなかった。どんな獲物も瞬時に斬り刻んでしまう、あの恐ろしいやいばを出したことさえない。


(必要ないだけかもしれないし、もうホントに誰もかかってこないから、狩れないっていうのもあるんだろうけど……)


 不敗の魔王ロキをメイとスサノオが撃退してしまった、といううわさは、妖怪たちの間にたぶん尾ひれもつけて、またたく間に広がったようだ。


 もはや、なにも知らない小妖怪がスサノオのことを、


縮身しゅくしんして小さくなってるから弱ってるはず。大神おおかみ霊玉ウパーラを奪えるかも! 奪って我も不死になるぞ!」


 などとかんちがいして襲ってくることは、完全になくなってしまった。


 スサノオは「闘志を持って向かってくる命」しか食べられない。


 そのせいで、メイと出会ったころには餓死寸前だった。


(なのになんにも食べてないんだもの。実は今も、平気な顔して死にそうなほどおなかがすいてる……とか……)


 古い神は死の寸前でも平然とふるまう。

 心配だ。


 といってメイが今すぐ、スサノオと堂々と戦い食べられる、という約束を果たせるかと言えばまだまだ、としか言いようがない。それで、思いついたのがこれだった。


(神さまにはお供え、よね!)


 静かな意気込みをこめて、メイはピンセットをとりあげる。


 できあがった和紙製の三方のとなりには、これも手製の、上新粉を小さく丸めてゆであげたミニチュアサイズのお団子が、タッパーに入っていた。

 ここからがむずかしい。


 深呼吸をひとつ。粉をまぶしてはあるがべたつきやすく、つぶれやすい小さなつぶつぶをピンセットでひとつずつつまみあげ、ミニ三方の上に慎重に積んでいく。


「なにをしてるんだ」


 いきなり声をかけられて手もとが狂い、ピンセットの先からぽろりとミニ団子がころげ落ちた。メイはうろたえて、


「じ、じゃましないでください! 今、とりこみ中で……」

「これはなんだ」

 机の上をころころ転がったミニ団子は、小さい破壊神の足もとで止まった。


 スサノオはふだん部屋にいる時、メイがなにをしていようと本棚てっぺんの定位置からほぼ動かない。机に降りてくるとはめずらしい。

 しかも、小さな破壊神は見たところ、機嫌が良さそうだった。


 メイがなにかに全力投球している時はいつもそうだ。たぶんメイの〈全力投球〉は、闘志と似た味がするのだろう。

 メイは作業を中断し、ため息をついた。


「お供えをつくってるんです」

「? なにに供えるんだ。月か」

 月見団子は知っているらしい。

「いえ、これはスサノオにあげようと思って」


 説明しながら、メイは万一にも拾われないよう、机にころがったミニ団子をさっとつまんで片づける。

 文句を言われる前にと急いで、三方に盛った団子の山に最後のひとつを加えた。

 できあがった〈お供え〉をそっと持ちあげ、スサノオの前に置く。


「どうぞ。その……良かったら」


 言ってみたが、小さな破壊神はまばたきもせず固まっている。

 どう反応していいかわからないようだ。

 メイも困ってしまって、


「あの……ちゃんと食べられるもので作りましたけど……あ! 人の食べ物をスサノオが食べられるとはかぎりませんよね! 上新粉……はお米の粉だっけ? お米って食べられます? っていうか、食べたことありますか?」

「あるわけないだろ。なにを考えてるんだおまえは」


 一蹴したものの、興味がわいたらしい。


 小さな破壊神はメイが真剣につくりあげた〈お供え〉に近寄り、ひょいとひとつ、手にとった。しげしげとながめる。


(わ、可愛い……)


 ごくごく小さな団子が、小さな破壊神の手とくらべると大きめの肉まんぐらいに見え、思わずミニチュア愛にめざめてしまうメイである。


 もっとも、破壊神相手にそんな感想を口にしたら最後、この場で命がなくなりそうな気がしたので賢明にも黙っておく。その時、


「!?」


 破壊神の手の中で、団子がぱっと灰色の粉になって散った。

 メイも驚いたが、スサノオも驚いたらしい。

 たちのぼる灰色の粉……塵か、灰かもしれない……を、うるさそうに払う。


「えっと……その……おいしかった……ですか?」


 メイとしては、刃は見えなかったけれど、対象物が塵になったのなら「食べた」のだろう、と判断したのだが、当のスサノオはそうは思わなかったようだ。


「なんだ今のは。火薬でもしこんだのか。おまえにしては気が利いてるな」


 さも愉快そうに言われて、メイは腹の底から憤慨する。


! なんでわたしがスサノオに爆弾なんか渡すと……食べ物です、って言ってるでしょう? 信じないならほら!」


 ひとつつまんで口にほうりこみ、小さすぎてほとんど味はわからなかったが、ちゃんとただのお団子なのを確認してのみこむ。


「た、べ、も、の! 食べられるもの、無害なもの、です!」

「ふうん?」

 破壊神に理解した様子はなかったが、メイの怒りの気がよほど甘かったのだろう。

 ますます機嫌が良くなり、次の団子に手をのばす。


「!」


 手が触れたか触れないか、という瞬間、団子の山がぼっ、と火を噴いた。

 あぜんと見守るメイとスサノオの前で瞬時に燃え尽き、真っ白な、細かい灰が煙のように宙にたちのぼる。

 ひと呼吸おくれて和紙製の三方までめらめらと、炎をあげて燃え始めた。


「うそ!」


 メイはあわてて立ちあがったものの、どうしよう、なにでたたけば火を消せるかな、でも大きなものでたたくとスサノオにも当たるし、たたいたものに火が移っても困るし、お水! お水はここにないし……とパニックになっているうちに、


「あーっ」


 小さな三方はたちまち、燃え落ちてしまった。

 メイは、かろうじて燃え残った黒焦げの端切れをピンセットでつまみあげ、


「ああ……燃え……燃えちゃった……」

 けっこう苦労して作ったので、さすがにちょっとショックを受けて涙目になる。

「……大事なものだったのか」


 小さな破壊神が、きいた。

 少しだけ、ばつが悪そうだ。

 メイは気を取り直し、


「大事というか、いっしょうけんめい作ったのでその、まさかこんなにあっさり燃えちゃうとは思わなくて……」

 スサノオが今にも謝罪しそうな雰囲気に気づいて、あわてて続ける。


「いいんです! スサノオにあげるために作ったんですから、燃えちゃってかまわないんです。びっくりしただけ! それだけです」

「……ふうん?」

 釈然としない顔の小さな破壊神に、メイはあらためて期待のまなざしを向けた。


「それで、その……おいしかったですか?」


「なにがだ」


「スサノオがさわって灰になったんだから、たぶんわたしのお供えのなにかはスサノオのものになったと思うんです。だから、その……感想とか……あれば……」


 途中で急に勢いを失ったのは、気づいたからだ。


(人相手でも、ましてや神さま相手に、あげたものの感想を強要するなんて、ずうずうしいんじゃない……? もしかしてわたしってけっこう、厚かましいやつ?)


 思ってしまったとたん、死ぬほど恥ずかしくなってメイは耳たぶまで真っ赤になって顔をおおう。


 しかし小さな破壊神は、ひとり悶絶するメイをよそに真顔でしばし考え──

 答えた。


「知らない味だが……」

「はい……」

「まずくはなかった」

「えっ……ホ、ホントに? 良かったぁ……!」


 ほっと胸をなでおろすメイに、スサノオは続けて機嫌良く、


「次は米の団子じゃなく、〈ばくだん〉とやらでもいいぞ」

「そっ、そんなもの作れません!」

「なんだ、作れないのか。人間のくせに」


 あからさまにがっかりしたような顔をされても困る。


 まったく、破壊神の感性は理解しがたい。


 とはいえ、さしだしたものを受け取ってもらえたのがうれしくて、メイは満面の笑顔で約束する。


「爆弾はムリですけど、またなにか作りますね!」

「やめとけ。どうせまた、燃えたり灰になったりするんだぞ」

「いいんです! 好きでやるんですから、止めないでください」


 意気込みに目を輝かせるメイを、小さな破壊神はおもしろそうに見あげる。


「まったく……おかしなやつだ」


 言われても、メイは気にしなかった。

 常識が通用しないのはおたがいさま。

 でも理解できないことが多いからこそ、なにも知らないからこそ、少しでも気持ちが通じた時、ことのほかうれしい、と感じるメイである。


 ただしこれは真夜中の二時半のやりとりで、この数秒後、メイの部屋のドアは隣室で寝ていたはずの母にノックされることになる。


「メイ? まだ起きてるの? まさか誰かと、電話中?」


                                    



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