もののふ令嬢、王子を娶る! ――魔法無能者と虐げられていた少年王子は、魔法王国の至宝でした――

石和¥「ブラックマーケットでした」

もののふ令嬢、登城す

「シンティリオ辺境伯家令嬢。お待ちを! どうか、お腰のものをこちらに……」


「断る」


 王宮の廊下をくわしに、城の衛兵たちが必死で追いすがる。

 いまにも王国北部が戦場になろうというときに、北端の辺境伯領から七百キロメートルキロメトロ以上もある王都まで呼び出されたのはなんの嫌がらせか。よわい十六の若輩とはいえ、わしは辺境伯領軍の野戦指揮官コマンダンテ。開戦時に不在となれば戦況は大きく変わる。

 これで益体やくたいもない用であれば、相手が国王でも怒鳴りつけてやろうと心に決めていた。


「登城の際に武器を預けることは……」


王国法武装規定そんなことは知っておる。平時であれば従うが、いまは戦時。国王陛下からの“危急の用”とやらで召喚よびだされたから仕方なく参ったまでのこと。用が済み次第、わしは辺境伯領戦場へと戻る」


「ですが」


「鞘と柄は、規定通り封印魔道具シジッロで留めておる。それ以上の拘束しばりは受け入れられん」


 彼らとて、事情は察しておるのじゃろう。その上で手荒な真似をせんのは、我が家門をおもんぱかってのこと。そして、殺気走ったいまのわしには触れたくないというのが正直なところであろう。対応を決めかねている兵たちに、わしは視線だけを向けて釘を刺す。


「貴君らに恨みはないがの。我が辺境伯家シンティリオは建国から続くマジーア王国最強の武門。北部国境を挟んで帝国との最前線を支え続けてきた、国防くにもりの要じゃ。止めたくば、力を以てせよ」


 そう告げると、兵たちは黙って引き下がった。

 それでよい。ただでさえ面倒な予感がしておるんじゃ。さっさと済ませて帰りたい。とはいえ、そうもいくまいな。呼び出しを受けた玉座の間までやってきたとき、なかからゴチャゴチャと揉める声が聞こえてきよった。

 扉に手を掛けるが、なかから押さえておるようじゃの。はるばる呼び寄せておいて何様のつもりじゃ。怒りにまかせて蹴りつけると、分厚い扉は砕けて吹き飛ぶ。


「イデア・シンティリオ、王命により参上つかまつった!」


 転がった従者たちを踏み越え玉座の間に入ったわしを、誰もが恐ろしげな顔で見よる。

 王都の貴族どもが群れておる先で、玉座の前では茶番劇が繰り広げられておった。


王子エフェット! 貴様と“聖女”ピエタ嬢との婚約は、いまこの場で破棄する!」


 わしは小さく溜め息を吐く。揉め事どころの話ではない。この上ない厄介ごとの真っ最中ではないか。


「兄上。それは、どういうことでしょうか」


「ふんッ、なんと愚かな! ハッキリ言わねば分からんのか!」


 玉座の前でふんぞり返っておるのは金髪の優男。立太子の式典で見た、お飾り王太子のカウザ殿下じゃな。対しておるのは、幼げな顔をした十歳とおやそこらのわらし。エフェットと呼ばれておったので、第三王子エフェット殿下であろう。


「我がマジーア王国は、誇り高き魔導適性者アルディートの国。その王族に連なる者が、魔法を使えんなどとは許しがたい罪だ!」


 がなり立てる王太子カウザの隣で、どこぞの小娘が胡散臭い笑みを浮かべる。


「わたくしも残念ですわ。成人となる十五の歳まで待つというお話も出ておりましたが、本当にあと四年も待つ必要があるのかと……」


「その通り! そしてピエタ嬢は、十四歳にして聖魔法の覚醒を見た! この国の“聖女”となる才媛と、魔導無能者ティミドの貴様ごときが婚約を結んでいるなど言語道断!」


 どうでもいい話と聞き流しておったが……案外これは闇が深そうじゃの。

 ピエタという名で思い当たるのは、カプリチオ公爵家の長女。カプリチオといえば王国南部に集まる魔導適性者アルディート至上主義貴族の領袖。古い家門ではあるが、政争に長けた先代公爵が没してから急速に権勢を失っておる。

 その長女が突然、癒しの力に目覚めたとの噂が貴族の間に――いくぶん無理な広め方で――飛び交っておったが、いつの間にやら聖女にまで祭り上げられたとは。


「陛下の決定であれば構いません。王族の婚約など、政略的問題まつりごとでしか……」


「黙れ無能!」


 なんと、王太子カウザはエフェット殿下を殴りつけよった。倒れたところを蹴りつけ、踏みにじる。

 あやつ、齢は十七、八だったはずじゃが、まさか十やそこらの弟を打擲ちょうちゃくするとは。


「貴様が決められる立場だとでも思っているのか! 這いつくばって許しを乞え! 薄汚い魔導無能者ティミドごときが! “聖女”に近づこうとした無礼を詫びろ!」


 言っていることが無茶苦茶じゃの。激昂して殴り、蹴り続けるさまも正気の沙汰とは思えん。

 国王はなにをしておるのかと玉座を見れば、魂が抜けたような表情でぼんやりと騒ぎを眺めるばかりじゃ。立太子の後に病を得たと聞いたが、あれは寿命じゃな。気力が萎えかけておる。人としての命はわしの知るところではないが、王としての命脈は尽きたようじゃの。

 それより気になるのは、わしがこの場に呼ばれた意味じゃ。


「貴様などは生きていること自体が罪なのだ! わたしがこの場で、報いを与えてやる!」


 気の触れたようなことを喚き散らしながら、王太子は幼い弟王子に魔術短杖バケッタを向ける。脅しにしては戯れが過ぎよう。が、杖に魔力が込められたのを知ると、考えるまでもなく身体は動いた。

 わしは踏み込みざま、王太子の持つ杖の魔珠ジェンマを指で弾く。


「なッ⁉」


 魔珠が粉微塵に吹き飛んだことで王太子は息を呑む。


「大概になされよ」

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