接骨院ブラック物語
たかはちろう
第1話
勉強が嫌い、手に職つけて働いてお金を稼ぐんだ。道具もいらない、からだ1つあれば稼げる仕事ってなんだと考えた結果、大河は柔道整復師になった。
勉強が嫌いと飛び込んだ養成所は実際のところ座学ばかりであったが払った入学金がもったいないから卒業し、試験を受け、合格して晴れて先生と呼ばれる資格は手に入れた。しかしもともと嫌いな勉強に注力した結果、就職活動に回すエネルギーはなく、資格はあるものの職場は無いまま免状を抱えて途方にくれていた。
そんな生徒は大河だけではなかった。同じように就職活動そっちのけで試験に取り組み、資格さえあれば向こうからスカウトが来るに違いない。そうでなくてもいい条件の求人なんてすぐ見つかるだろう、だって国家資格なんだから。そう言い聞かせて焦り、不安を誤魔化していた。
卒業式も終わり、合格発表から1週間ほど経ったころ、「卒業後臨床研修のお知らせ」というタイトルのメールが届き大河と同じような仕事の無い連中が養成所の講師に集められた。
そこまで懐かしく感じない教室で、優秀なあいつの就職先の噂が後の席から聞こえてくる。大河は、はやく始まってくれと願いながら黙って時計に目をやる。
山村講師が入った途端に教室が静かになった。
「おはようございます、実は今日は卒業後の就職先の紹介でみんなを集めました。
ここにいるのは合格が決まってもまだ就職先が決まっていない子たちのなかで、私が紹介してもいいと責任を持てる優秀な子たちに声をかけました。
せっかく努力して資格をとった未来を担う若者には、本来すぐにでも活躍してもらわなければいけないのですが学校の就職課はまったく仕事が遅くて。見かねて私からお話させてもらおうと−」
大河の在学中は課題が多くて教科書をよく読ませる先生という印象だったが実は生徒の将来を考えて教えてくれるような人だったのか。
「君たちの中には合格して資格を取れる見込みが無いから留年して来年に備えようと言われた学生もいませんか?それは学校が合格率100%を謳うための嘘なのです。」
教室がざわめく。大河も以前呼び出されてそんなことを担任から言われた記憶がある。
「絶対に合格するトップの10人だけ受験させ10人合格したら100%。しかしこのクラスは何人いますか?1年生で中退した子を含めると果たして入学した何%が資格を取れましたか?
でも!この学校は合格率90%以上を掲げて生徒を集めるのです!
私はそれはおかしいと、卒業資格のある子たち全員にチャンスを与えるべきだと訴えていました。しかし−」
山村先生の話を聞いていると学校はどうやら生徒にも講師にもウソや調子のいいことを言っていたようだ。
「-柔道整復師はケガをみてなんぼ。グループ院に入って朝から晩までマッサージをしたんじゃみんなはそこから一歩も成長しないよ。でもそれをみんなはまだわからない。だからこそ本来であれば学校が先んじて現場のことも指導しなければ-」
大河もみんなも目を見開いて話を聞いている。山村先生の話を聞き流してはいけない、そんな気持ちが湧いてきた。
「-俺はこれからの業界を担う若手がちゃんと成長して活躍できるように修行に専念できる場を用意した!決して楽な道ではないと思う。そう、楽して稼ぎたい子には向いてない。しかし君たちの成長はもちろん、業界の発展のためにもこの苦難の道を自らの強い意志で選んで欲しい!」
どんどん山村先生の話に熱が帯びていく。
「明日、ここに今日と同じ時間でバスを用意した。時間厳守。遅れてくるような奴に時代は待ってくれない。でも俺とともに歩んでくれる奴らには後悔させない!一緒に柔道整復師に改革の風を吹かせていこうぜ!」
どこからともなく拍手が起こり始め、気づいたら大河も激しく手を叩いていた。
明日のバスが俺たちを未来に連れて行ってくれるんだ。皆が一様にそう考えた異様な熱狂のなか養成所非公式、山村講師秘密の就職説明会は幕を閉じた。
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