第7話 沼地の蛙(後)

 トウマは巨大蛙を沼地から平地におびき寄せる為、おとりとして沼地に足を踏み入れており、泥で足がどんどん重くなってきている状況だ。


 うわっ、歩き辛い。

 これ走ること出来るだろうか?


 少し前、巨大蛙を倒すための作戦を練る事になったのだが・・・。


 俺、やっぱり生け贄だったよ。


 作戦の内容はこうだ。

 ロッカが岩場を渡り、蛙の近くまで行く。

 石を投げつけて眠っている蛙を起こす。

 餌(トウマ)を蛙の視界に収めさせて沼地から平地におびき寄せる。


トウマの 「俺も岩の上じゃダメなんですか?」という問いには「蛙に捕らえられると思わせないと食いつかないからダメ」と却下。試しに「身軽なロッカがおとりになっては?」と言ってみるも、「泥で足が汚れるのがイヤ」だと。


 わがまま娘め。


 とにかく沼地ではまともに戦えないので蛙を引き連れて平地に誘い出せ!との事だ。平地に誘き出せたらバンが迎撃する手筈になっている。


 沼地で配置に着いたトウマはロッカに手振りで合図した。ロッカは僅かな音しか立てずに岩と岩の間を次々に飛び渡って蛙に近づいて行く。


 あのマネは出来ないな、身軽なヤツだ。


 ロッカは岩の上で配置に着くとすぐに石を蛙に投げつけた。


「ゲコ!?」


 蛙が起きて辺りをギョロギョロと見渡し始めた。

 ロッカはいち早く岩場を飛んで平地に戻って行く。


「あとは頼んだわよ!」


 ロッカはウインクをしてトウマの後方へ去って行った。

 トウマは蛙の気を引く為に大きく手振りをした。


「こっちだカエルー! こっち来いよ!」


 蛙はトウマに気づいたようだ。


 さあ、鬼ごっこ開始だ。


ビョ~ン! ”ドシャ!”


 蛙はトウマの直ぐ傍まで飛んで来て、降り注ぐ泥の飛沫の中から姿を現した。


「ヤバっ、何て跳躍力だよ」


 トウマは泥まみれになりながらも平地に向かって全力で走った。


「うぉーーーーーー!」

「トウマ、急いで!」


 トウマはあと少しで平地に着きそうなところで何かに身体を巻き付けられて沼地に引きずり戻された。トウマの身体に巻き付いて引っ張ったのは蛙の伸びた舌だ。

 トウマはそれに必至になって抵抗した。


 ヤバい、食われる!


 岩の上にいたロッカが飛び降り様に短剣で伸びた蛙の舌を斬りつけると、怯んだ蛙はトウマから舌を放して元に戻した。ロッカは状況を見て引き返して来たようだ。


「トウマ! 無事?」

「だ、大丈夫です。助かりました」


 二人は急いで沼地から平地に飛び出した。蛙はまだ二人を追って来ている。


「もう一回飛んで来そうだわ。もう少し離れるわよ」

「はい!」


ビョ~ン! ”ドシャ!”


「ゲコっ!!」


 蛙はまた大きく飛んで来たが降りた地は沼地ではなく平地だ。

 少々手間取ったが作戦通り蛙を平地におびき出すことに成功。


 さあ、反撃の時間だ!


「バン、出番よ!」


 バンは蛙の近くの岩の上だ。2mくらいの大きな鎌のような武器を持って仁王立ちしている。刃の部分はカバーを外し、薄白く輝いている状態だ。


 まるで死神の鎌。ついにバンさんが持っていた長物の出番だ!

 

 トウマはカバー付きの折り畳み式になっていた刃を本来の鎌の形に変形させて見せてくれた時も驚いた。その長く重い武器を軽がると扱うバンにも驚かされた。

 長い柄はしなるように出来ていて、重い大鎌の刃を狙った所に振り下ろすのは難しい。だが、当たればその分強く重い一撃になる。


”タッ!”


 バンは蛙から少しそれた左側へ向けて飛んだ。背中越しに両手で持った大鎌を力強く振ると長い柄がグググっとしなり、大鎌の刃が遅れてやって来る。


「ハッ!」


”ズバンッッッ!”


 蛙の背中辺りの広い範囲が斬り裂かれ、皮が幅広くぶっ飛んだ。蛙は悲鳴をあげてひっくり返った。腹を上にした状態でもがいている。


 バンさんの狙いが外れた?!

 でも、今ならひっくり返っているし、俺も攻撃できるぞ。


「トウマ、待って!」


 剣を抜いて蛙に向かおうとしたトウマをロッカは止めた。バンのほうを見ると、振りきった大鎌の勢いを殺さずクルクル回転しているようだ。バンはそのまま旋回して今度は蛙の右方向へ飛んだ。空中でもう一回転!


「ハアーーーーッ!」


”ズバンッッッ!”


 バンは大鎌でひっくり返った蛙の腹側の広い範囲を斬り裂いた! 蛙は身の部分を残し上下を薄く切り落とされた三枚おろし状態だ。泥が着いて分かりづらいが、切断面は肉がなく粘土が詰まったような感じに見える。

 蛙はバンに腹を斬られた勢いで元の正面に戻って這いつくばった。


「トウマ、今よ。行って!」


 トウマは剣を抜き、蛙に向かって走った。バンとすれ違うがバンは目が回ったのか大鎌を手放し、片手で頭を押さえている。


「トウマさん、あとは宜しくお願いします」

「了解です!」


 トウマは動けない正面を向いた蛙の頭に飛び込んで縦に蛙を一刀両断!


”ズバッ!!!”


 蛙はあっけなく霧散していく・・・。

 蛙から複数の魔石が落ち、蛙は消えていった。 『巨大蛙討伐』成功だ。


「蛙、倒せたー! やりましたよ!」


「もう! トウマが捕まった時は冷や冷やしたわよ。こんなに服汚れたじゃない!」


 それ俺のせい?


 少しするとバンは何やら泥だらけで厚みのある風呂敷を畳んだような物を持って来て言う。


「やっぱり残っていましたよ。どちらかの部位は残ると思っていましたがこんなに広い物が2枚とも残っていました。ラッキーですね。この皮、ゴムみたいに伸縮性があるんです。もっと小さい物は知っているのですがこれほどの広さの物は滅多に無いかもしれません」


 あ~、あの上下切り落とした蛙の皮か。

 バンさんさっきの狙ってやってたの?


「ちょっとバン、これ見てよ! 私の服泥だらけなんだけど」

「うーん。それは・・・仕方がないですよね?」

「バンはちょっとしか汚れてないじゃない」


 俺が一番ひどい状態なのですが・・・。


「あ、そうそう。見て、この大きい魔石が多分あの蛙のだと思うの。

 あいつ、他にもこんなに魔石落としたのよ」


「どうやら他のモンスターも食べていたようですね」


 周りに他のモンスターが見当たらなかったのはそういう事か。


「近くにモンスターはいないようですね。ここら辺りでお昼にしましょうか?」

「賛成~」


 バンさん切り替え早いな。

 そういえば腹ペコだ。なんかどっと疲れが出てきたな。


 すると、バンはリュックから第3のロッド(?)を取り出した。手の甲側に伸縮性がありそうな皮の袋のような物がついた武器だ。


 何だあれ?


「本来の用途ではないのですが、まずは身体を洗って泥を落としましょう。

 少しチャージする時間を下さい」


 何のこっちゃら?

 ロッドに付いている皮の部分が膨らんでるような気がするけど。


 本来の用途ではないとのことだが、しっかり別の用途で使おうと準備していたかのようだ。バンはロッドの先に何かのアタッチメントを取り付けてロッドをゆっくりと傾けた。

 ロッドの先から噴き出した水が雨のようにこぼれ落ちる。


”サーーー”


 え~と、それ『じょうろ』じゃん!


「トウマ、泥だらけで汚いから先に洗っていいわよ。一人3分ね!」


 あら、ロッカさん。お優しい。


 トウマはバンにじょうろを持って貰い、頭から全身に水を浴びて泥を洗い流させてもらうことにした。


 バンさん、魔法使い感が更に増したな・・・。

 あ~、気持ちよ。寒い時期じゃなくて良かった。


「トウマさん、その水は飲んではいけませんよ。

 抗魔玉の力が残っているうちに飲むと下痢になります」


「マジですか?!」

「あ~、言っちゃうかなぁ~」


 おい、ロッカ! 俺を下痢にさせる気だったのか?

 バンさん? あなたもシマッタ、みたいな顔しない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る