第一章 東大陸 バルンバッセ編

第1話 石の力

 ギルドのクエストを受け、モンスター討伐を生業としている者を討伐者と呼ぶ。


 ここは東大陸の中心地。街がすぐ近くにあり、木々が所々に生えている空き地で茂みや雑草が多いところである。今、まさに顔に幼さが残る若い青年が剣を持ってモンスターと戦っている。相手は擬態前の『スライム』、泥水のような色で透明のブヨブヨした液状のモンスターだ。


 このスライム討伐に挑んでいる青年が物語の主人公トウマ(16歳 男)である。


「どうすりゃ倒せるんだ?」


 トウマは討伐者になることを目指し、住んでいた村から一番近い街にやって来た。しかし、2日目にして早々、スライム討伐という壁にぶち当たってしまったのだ。


 スライムってモンスターとしては一番弱いはずだよな?

 見つけた時は弱そうだと思ったのに。

 剣で真っ二つに斬り裂いても分裂するだけでどんどん増えていく。


 スライムは分裂すると半分の大きさになるという訳ではない。同じ大きさで増殖するのだ。


「クソっ、何で倒せないんだ?!」


 じいちゃんが餞別でくれたこの剣、斬れ味はいいけどスライムすら倒せないってどういうこと?

 やっとモンスターに出会えたのに。


 トウマは住んでいた村周辺でモンスターを見た事が無く、討伐された後に話を聞く程度だった。村を出て街に着くまでもモンスターを見ることはなかった。じいちゃんの言いつけを守り、街道から外れなかったので無事街にたどり着いたのだ。


 トウマはスライムを分裂させまくった。やがて十数体になったスライム群に四方八方から囲まれ襲われた。数の暴力だ。勝ち目はなかった。トウマは身体を溶かされる前に貼り付いたスライムをなんとか全て振りほどいた。そして、スライムが追って来なくなるまで全力で逃げた。


 もうヘロヘロだ、しんど。

 スライムが増殖するなんて聞いてないよ、反則だろっ!


「いつか絶対倒してやるからな!」


 捨てセリフを吐いたところでスライムが聞いているわけではない。トウマはよろめきながら街へ逃げ帰った。


 あいつらのせいで服がボロボロだよ・・・。


 近くの木の上では、外套を着てフードを深く被った人物がその様子を見ていた。


「あはは、なんとか逃げ切ったみたいね、助けは必要なかったか。

 あいつ、ひょっとしてモンスターの倒し方知らないのかな?

 剣筋は悪くなかったけどね~。ん~、初心者かな? 声かけてみるか!」


 彼女は登っていた木から軽快に飛び降り、トウマを追って街に向かった。


-----


 今、トウマがいる場所はバルンバッセという中世風の街である。決して大きい街とはいえないが、周辺に出るモンスターが弱い比較的安全な街である。名前が長いので『バルン』と呼ぶ人が多い。


 この街の街路は馬車が2台は通れる碁盤上に整備された石畳である。近年はモンスター対策が進んでいるため、建物は石やレンガ造りより木材を使ったものが多くなりつつある。昼間は木材に釘を打ち付ける音がよく聞こえて活気に満ちている。


 街の周囲はモンスター除けの塀や柵で囲まれている。今は周辺の建築が進んでいるので、いびつな囲まれ方になっている状況だ。門番がいるわけではないので街への出入りは自由である。


 街は上下水道完備、ガスや電気設備もそこそこ普及しており、世界的には風力や水力発電が使用エネルギーの主流になりつつある。しかし、モンスターにより度々発電設備が破壊されるので頻繁に停電する。それもあって代用できる昔ながらの松明や油を使うランタンなどは健在である。まだ電気が通っていない周辺の村や集落などからこの街に人々が集まって来ているようだ。


 大地震による災害から約120年経ち、これでも随分復興したのだ。


 トウマは破れた服の部分を隠しつつ街中を歩いていた。この街を管轄する衛兵っぽい連中の話が聞こえる。


「ついさっき、街の近辺で大量のスライムが発生してるって知らせがきたようだ。行ってこいってさ」

「マジか? 雨も降ってないのに珍しいな」

「まあ、スライムならなんとかなるっしょ。早めに討伐しとこうぜ」


 大量のスライムか・・・たぶん、原因、俺です。すみません!


 近くでは子供たちが討伐者ごっこをして遊んでいる。流行っているようだがモンスター役で揉めているようだ。


「え~、スライムやりたくないよ~。一番弱いやつじゃん、もっと強いのがいい」


 その一番弱いやつを俺はまだ倒せてないんだよ・・・。


 突然、トウマは声をかけられた。声をかけてきたのは外套をまといフードを深く被った人物だ。


「ちょっとあんた! さっきの見てたわよ」


 彼女は塀の上に立っている。トウマが塀の上を見上げたまま首を傾げていると彼女は舌打ちして塀から飛び降りた。彼女は小柄な少女だった。彼女はトウマの顔を見上げている。彼女の身長は147cm。トウマは成長期の172cm。


 彼女はトウマの顔に向けて指をさし、指摘した。


「あんた、スライム増やしてどうすんの?」


 げっ、さっきの見られてたのか?


「い、いや。あれは・・・」


 彼女はニタリと笑って意地悪そうな顔をした。フードのせいで口元しかハッキリとは見えないがトウマはそう感じた。彼女はフード内の髪をかき分けトウマと目を合わせた。


「もしかしてだけど、モンスター討伐したこと無かったりする?」

「い、いや、剣の訓練はしてんだよ。マジで」


 回答になっていないトウマを見る彼女の目は笑っていない。彼女にジッと見つめられたまま沈黙が続いた。沈黙に耐えられなくなったトウマは観念して平謝りすることにした。


「・・・・実はまだ倒したこと無くて、ゴメンなさい!」


 彼女は溜息をし、言う。


「ちょっとその剣見せてよ」


 トウマは言われるがまま、鞘に収まった剣を彼女に渡してしまった。すぐに彼女は受け取ったトウマの剣を抜き、調べ始めた。


「やっぱりね、剣自体に問題は無いわ。2スロットタイプのようだし、いい剣よ」


”カチッ!”


「これでいいわ。はい」


 トウマは返して貰った剣を眺めると、剣のつばの装飾部分に白いガラス玉のような物が装着されていることに気づいた。トウマが玉を覗き見ると、僅かだが中が気流のように揺らいでいた。まるで生きているかのような不思議な玉だ。


 こんな白い玉、俺の剣に着いてなかったよな?


「剣のスロットに『抗魔玉こうまぎょく 』が装着されて無かったのよ。

 さ、その剣を抜いてみて」


 トウマは剣をゆっくりと鞘から抜いてみた。刀身が薄っすらと白く輝いているように見える。もやがかかっている感じだろうか。


「おおっ、何だこれ?」

「それが抗魔玉の力が刀身に伝わっている状態よ」

「抗魔玉の力?」


「その抗魔玉が持つは魔粒子を浄化できるのよ。そんな事も知らないの?

 モンスターが魔粒子で構成されていることくらいは知ってるわよね?

 つまり、抗魔玉の力を伝達させた武器ならモンスターを倒せるってわけ」


「!」


 目から鱗とはこの事だ。

 鍛えて強くなればモンスターを倒せると思っていた。

 完全に盲点だった。

 モンスターって魔粒子で構成されているんだ~。


 倒すのにもそういうカラクリが必要だったなんて知らなかった。

 剣を疑ってごめん、じいちゃん。でも何で教えてくれてないんだよ。もう!

 抗魔玉の力か・・・、早く実戦してみたい。


 その後、彼女が続けて何やら話していたがトウマの耳には届いていなかった。


「―――――――。まぁ、核を壊すまで斬り刻めば倒せなくはないけど、特にスライムは小さい核を探すのが難しいやつだし、半々くらいで切っちゃうと分裂して・・・ちょっと、聞いてる?」


 トウマは彼女の呼びかけで我に返った。しかし、トウマは剣の力を試したくて我慢しきれなかった。うずうずした衝動を止められない。


「え、いや、えっと。ちょっと試して来ます! 有難うございました!」


 トウマは彼女が制止する間も与えずに街の外へ駆け出して行った。


「スライムめ、待ってろよー!」

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