第13話

 クエストの内容を聞いた俺は、どんよりとした足取りで昨日の宿屋まで向かう。


 レアーナさんから受けたクエストは、はっきり言って意味が分からなかった。


 『ねえピピリッタ氏、ヘルシッキってどこ?』


 『南にある都市の名前ね、カレヴァの大地で最も栄えてる街だと思うわ?』


 『ここから遠い?』


 『ピエサンキは辺境の村だからね。 まあ馬車なら三日で着くんじゃないかしら?』


 『三日間座りっぱなしってこと?』


 『そうなるわね』なんて平気なトーンで言ってくるピピリッタ氏。 これだから文明が進んでいない異世界は……


 なんて思っていると、大きなため息がこぼれてしまった。


「ティーケル様! どうかしたんですか?」


 くっつき虫のように後ろからついてきていたユティたんが、突然ため息をついた俺の側へにじり寄ってくる。 っていうか、この子いつまでついてくるの?


「ねぇユティたん」


「はい? なんですか?」


「君の家はどこにあるの?」


「西地区の端っこの方です」


 ユティたんが真後ろを指差している。 そう、俺たちが歩いているのは東地区、つまり


「真逆じゃん」


「はい、真逆です!」


 なぜ、誇らしげな顔で平たい胸を張っているのだろうか?


 なぜ、この子は自分の家に帰ろうとしないのか?


 なぜ、遠回しに帰れって言ってんのについてくるのか?


「えっと、なんか俺に話でもあるの?」


「まだお礼が言えてませんでしたから!」


「別に俺が勝手にキレて、勝手にあいつらをボコボコにしてただけだから、お礼なんていらんけど?」


「そう言うわけにはいかないのです! ちゃんとお礼をしないといけないのです!」


 みなさんお気づきだろうか? 今この状況はヒロインに付き纏われる原因の一つ。


 お礼をしないといけないの! イベントである。


 俺はこれを危惧して今まで最新の注意を払っていたのだが、二回連続で失敗に終わっている。


 一つは猪めヴィリシカを倒した際のお泊まりイベント。


 そして現在はクソ冒険者たちをぶちのめした際のご褒美イベント。


 もうこれ以上面倒なことに巻き込まれたくはない。 ただでさえレアーナさんから面倒なクエストを受けてしまったと言うのに、どうしてこう面倒なことばかり起こってしまうのか?


 モテる男は辛いものだぜ。


 『いい加減キモすぎなんですけど』


 『ピピリッタ氏、今日だけでキモいって何回言ってるの?』


 『覚えてるわけないじゃない』


 後ろでキラキラした瞳を向けながらついてくるユティたんを横目に、脳内でピピリッタ氏とやり取りをしていると、予想だにしない面倒事が発生する。


「やはり、やはり予言の通りでした!」


 進行方向からそんな大声が聞こえてきた。


 ここは中心街からやや離れた東地区の住宅街。 ここら辺にあるのはちょっと小さな食堂や安宿、飲み屋が数軒ある程度の閑散とした街並みである。


 つまりここらを徘徊する人間は大していない。 にも関わらず、道のど真ん中で立ち尽くしながら、人気の少ない通りで俺たちに向けピンポイントで指差されれば、嫌でも面倒なイベントが起こるであろうことを予測できる。


 念の為、背後を確認。 そこにあったのは普通の一軒家である。 これはすっとぼける事もできない状況だ。


「黒い髪と黒い瞳。 予言の通りです。 あなたが常闇の禍神を倒すために、大神ウォッコ様から使わされた勇者様なのですね!」


 全身に電流が走ったかのように総毛立った。


 今こいつ、なんと言った? 予言? 常闇の禍神? 大神ウォッコ様の使い? 勇者?


 動揺と共に喉の奥からうめき声を絞り出す俺、隣に立っていたユティたんはなんのこっちゃと首を傾げている。


 俺のことをしっかりと指差していた不審者は、満足げな表情で腰に手を当て、ふふんと鼻を鳴らした。


「メルの名前はメルヴィです! メルって呼んでくださって結構! 勇者様の旅の助けとなるために、はるばるヘルシッキから駆けつけた所存!」


 紫苑色の髪は臀部まで伸びており、毛先をゆるく括っている。 長い前髪の間からは星色の瞳が覗き、血色の悪そうな真っ白な肌。


 明らかに陰キャオーラ全開な女性である。 頭頂部を囲うように金色の細いチェーンが一周しており、そのチェーンには星や月の形をモチーフにした飾りがついている。


 後頭部には透けた薄紫のベールが毛先まで隠すようにかけられており、ぱっと見の印象だとまさに占い師。


「ヘルシッキから来たのですか? 随分と遠くからいらっしゃったのですね」


「むむむ? あなたは勇者様の側近でございますか?」


「いいえ違います! 私はティーケル様と共に冒険をする仲間……パーティーメンバーなのです!」


 おい初耳だぞユティたん。 俺はそんな要求を飲んだ覚えは決してない。


「なるほどなるほど、そう言うことならばあなたはこれからメルともパーティーメンバーになるのですね!」


「メルさんもティーケル様と共に旅に出たいのですか?」


 動揺して硬直している俺を差し置いて、勝手に話を進めてしまうユティたんとメルちゃん。


 このままではまずい。 非常にまずい。


「常闇の禍神を討ち取るために、共に手に汗握る冒険をする所存! メルはお役に立つんですよ!」


「うーんと、とこやみのまがつかみ? というモンスターがどんなモンスターかは知りませんが……私たちはこれからヘルシッキに向かい、三賢者の一人、イルマーリンの血を引くイルメリと言うお方を探す予定で——」


 まずい、ユティたんがペラペラと機密情報を漏洩している。 俺は慌ててヘッドロックしつつユティたんの口を塞いだ。


「これ以上情報を漏らすんじゃない! もしやスパイか貴様!」


「むごご! むごごごごご!」


「ヘルシッキのイルメリですか。 彼女なら今、ポホーラに研修中ですが?」


 顎に人差し指を添えながらそんなことを言ってくるメルちゃん。 メルちゃんって俺が好きな小説に出てくる子と名前かぶってんだよな……じゃなくて!


「え? 君はもしかしてイルメリさんと知り合いなんですか? っていうか、彼女ってことは、女の子?」


「ええもちろん! イルメリとは親友と言っても過言ではない仲ですよ!」


 ヘッドロック中のユティたんがワタワタしながら俺の腕をタップしてきたので、何食わぬ顔で拘束を解きながら思案に耽る。


 突然俺のことを勇者だなんだと言ってくる女の子、そして見た目は占い師。


 おそらく俺の正体を知っているのだろう。 となると俺の目の届かないところで泳がせた場合、周りに何を吹聴するか知れたものではない。


 美少女を連れ回すのは非常に悩ましいところだが、利益がある上に追い返した際のリスクが非常にでかい。


 ユティたんはキツく言いつければ口は固そうだし、まあ今日の冒険者協会での立ち振る舞いを見ている限り友達も少ないだろうから告げ口はしないだろう。


 こうして俺の方針が決まった。


「よしわかったメルさん。 君を俺のパーティーメンバーとして迎えよう。 君が『初めての』パーティーメンバーだ。 よろしく頼むぜ!」


 初めての、と言うワードを強調して主張する俺。


 なぜか? もちろん勘違いしている水色のちんちくりんを家に帰らせるためである。


「ティーケル様! 私のことを忘れないで下さい! 初めてのパーティーメンバーは私なのです!」


「いやぁ、突然イルメリさんって人を探してこいだなんて頼まれて、途方に暮れていたんですよ。 はっはっはー、ヘルシッキに向かってたら危うく無駄足になるところでした!」


「それはそれは、あなたを見つけるのが予想よりも早くて僥倖でしたね! ところであなたのパーティーメンバーになるのはやぶさかではないのですが、報酬はおいくらくらいで?」


 はて、この陰キャ美女が聞いてきている内容を理解できない。


「ん? なんて?」


「ですから、初めてのパーティーメンバーは私なのです!」


 お前に言ってねえよ、と心の中で唱えながらユティたんの頭蓋に優しくチョップを入れる。


 うげっ! と言う小さな叫び声を無視して、メルさんに視線を向ける。 するとメルさん、満面の笑みを浮かべながらこんなことを言ってくる。


「勇者様は寛大な方だと予言されております。 イルメリをあなたに合わせることで、多額の報奨金を支払ってくれるのですよね?」


 これは、間違いない。 この女、間違いなく銭ゲバである。

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