カレヴァの大地にて〜ヒロインなんてトラブルメーカーだ、なんてこと言っときながら振り回される俺の滑稽な冒険譚〜

直哉 酒虎

第1話

 一秒でも早く家に帰りたい。 そう思うことが、人間誰しもあるだろう。

 

 今日がその日だった。 にも関わらず、目の前に降り注ぐ暴風雨と無慈悲に響き続ける雷鳴。

 

 俺にはハマっているゲームがある。 今日はそのゲームのアップデート。

 

 一秒でも早く帰って新キャラのピックアップガチャを引きたい。 ただそれだけを思い、雨にも負けず、風にも負けずにひたすら走った。

 

 けれど、さすがに雷には勝てなかったようだ。

 

 一瞬目の前が真っ白になり、しばらくして意識が戻ってくると、何もない空間をぷかぷかと浮いているような違和感を感じ、俺は悟った。

 

 

 

 ———あ、俺死んだな。 と。

 

 

 

 こうして俺は異世界に転移させられるハメになってしまった。 不運なことにこの転移は平和にのんびり暮らすための転移ではなく、滅びゆく異世界を救って下さいと頼まれるパターンの異世界だ。

 

 正直言って気が乗らない。 家帰ってゲームしたかった。

 

 けれど俺もオタク道をひた走る社会人だ。 オタクとは言ってもきちんと仕事はしていたし、無遅刻無欠席の皆勤賞で就業時間中は真面目に働く一般人。

 

 仕事の休憩中や、家に帰った後はゲームやアニメ、ライトノベル小説や漫画なんかもたしなんでいる。 毎日最低でもアニメ六話分をサブスクで試聴し、ゲームは最低でも三時間。 小説も最低一日三十ページ近く読むだろう。 意外と漫画を読む方が少ない。

 

 そんな普通の一般人だ、異世界転移と聞いてテンションが上がらないか、と言ったらそうでもない。

 けれどアニメや小説を嗜んでる時にどうしても思ってしまうことはある。

 

 

 

 ———もし俺が異世界に行ったら、きっと効率的に行動するだろうな、と。

 

 

 

 そうしてこの俺、酒門虎太郎さかどこたろうの異世界生活が始まった。

 

 スタート地点は木陰、周りにあるのは木と草と土。 臀部や背中に土や草がついてしまっていて非常にばっちいが、我慢して即座に状況を確認する。

 

 自分の格好は見慣れた体つきだった、どうやら体ごと転移したのだろう。 服装も雷に打たれた時の格好だ。 もちろん雨でずぶ濡れになっているわけではなくしっかり乾燥している。

 

「目を覚ましたわね虎太郎こたろう。 あたしはあんたの案内役を任された炎の精霊、ピピリッタよ!」

 

 突然響いた声に一瞬驚いたが、俺は慌てふためいたりしない。 静かに呼吸を整えてから声がした方に視線を送る。

 

 耳元でぷかぷか浮いているのは淡い紅色のオーラをまとったてのひらサイズの少女だった。 精霊と言っていたから霊的な感じかと思ったが、どうやら体が存在するらしい。

 

 少し吊り目で腰の辺りまで伸びた長髪。 肌は真っ白だが瞳と髪の色は濃紅色。

 

 先ほど転生する前に、神様から説明されたのは討伐対象の名前と理由程度。 この世界の常識や戦い方を教えてくれる案内人がついてきてくれるらしいから、詳しいことはそいつに聞けと言われていた。

 

 案内人は炎の精霊と聞いていたから肌は小麦色かと思ったが、そこは勝手な思い込みだったようだ。

 

「精霊、ですか。 もしかしてこの世界は魔法が普通に使えるんですか?」

 

「ええ、もちろん! あなたも呪歌セイズ……えーっと、魔法が使えるわよ? それに、ウォッコ様の御慈悲で身体能力と魔法能力は極限まで上げてもらってるんだから!」

 

 得意げに教えてくれたピピリッタだが、別にお前がしてくれたわけじゃないだろう? なんて野暮なことは言わない。 俺は優しいのだ。

 

 というかそんなこと言ったら絶対うるさいだろうし面倒だから、序盤は時間の無駄をどれだけ縮められるかがガチ攻略勢の基本だ。 仕方がないから下手に出てやろう。

 

「あなたは案内役ってことですが、戦ったりはしてくれないってことですよね?」

 

「は? 何自惚うぬぼれてるわけ? ウォッコ様に身体能力や魔法能力を極限まで上げていただいただけでも感謝しなきゃいけないと言うのに、このあたしの力まで借りようとしてるの? ほんっと、これだから傲慢で怠惰な人間はいやなのよね!」

 

 プイッとそっぽを向いてしまうピピリッタ。 なんだろう、この子案内人とか言ってたけど……ちっとも仲良くなれそうにない。 非常食にしてやろうか?

 

 オタクとは言っても全員が全員ツンデレが好きなわけではない。 というか、正確に言えば俺はツンデレのヒロインを分には好きだ。 しかしここはアニメでもゲームでもない、なのだ。

 

 現実世界であんな言動をされれば、さすがの俺も頭にくる。 どう分らせてやろうか? なんて物騒なことを考えるのは後回し、時間の無駄だ。

 

 異世界転移後の流れは散々脳内シュミレーションをしていたんだ。 実際に異世界転移した俺が初めにするべきことは、

 

「まずはさっき神様から聞いたこの世界のことを、忘れる前にメモしよう」

 

 先ほどまで魂だけの状態であの世とこの世の狭間をフヨフヨさせられて、聞いてもいないのに神様から色々と事情を聞かされていた。

 

 この世界の状況、転移した俺がこれから倒すべき相手、その相手の情報。

 

 まずは整理だ。 隣でガミガミとやかましいなんちゃって案内人はフルシカト。 手元にメモ帳がないので、その辺にあった石ころを使って地面にガリガリメモしていく。

 

 手を動かすだけでも脳内で整理がつく、後で街に行った時メモを買ってすぐに書き写せば重要なことは絶対に忘れない。

 

 まず、この世界には魔法があるらしい。 俺も魔法を使えると言う話だが、その辺は自称案内人か第一村人あたりをとっ捕まえて、後で使い方を聞いてみよう。

 

 問題は俺に与えられた使命とこの世界の状況だ。 俺はこれから常闇とこやみ禍神まがつかみとかいう魔王的なやつを倒さないといけないらしい。 そいつがこの世界を乗っ取ろうとしているようで、乗っ取られたらこの世界は神たちの制御を外れて邪神たちに乗っ取られるらしい。

 

 世界が丸ごと邪神に乗っ取られると人間たちの人権はなくなると言う話だ。 俺も巻き込まれたらごめんだから、常闇の禍神を倒すっていうのはまあ百歩……一万歩譲って納得するしかない。

 

 俺は転移特典で神様から今できる最大範囲での身体強化と魔法強化を受けることができたらしいので、検証していないがこの世界では超人扱いされるだろう。 実のところ、そんな応用が効く能力で非常に助かっている。 無駄に尖った性能のチート能力だと相手の相性次第では詰む。

 

 異世界の文化にも全く詳しくないために案内人としてこのツンデレ……デレがないからツンツンか? いや、ツンどころの口調ではなかった。 いて言えばトゲトゲ、チクチク? むしろ擬音ならグサグサか? って、どうでもいいことを考えてしまった。 ちくしょう!

 

 神から受けた超人的な力をうまく使ってこれから常闇の禍神を倒しにいかなければならない。 倒した後はこの世界で自由にのんびり過ごすのもよし、元の世界に帰ってゲーム三昧してもよし。 どうやら神様は叶えられる範囲で願いを聞き入れてくれるらしい。 だったら叶える願いは一つだ。

 

「常闇の禍神とやらを効率よくぶっ飛ばし、この世界にインターネット回線を繋いでもらおう」

 

 ギャーギャ騒いでいたトゲチク案内人ことピピリッタは、突然俺が発した言葉を聞いてキョトンとした顔をしていた。

 

 ちょうどいいタイミングで静かにしてくれた所で、聞かなけらばならない事が山ほどある。 また口を開かれるとうるさいので、今のうちに聞いてしまおう。

 

「案内人、この世界のことを詳しく教えてくれませんか? 俺は一刻も早く常闇の禍神を倒したいんです」

 

「え? ああ、うん。 とっとと倒してくれないとあたしがこの世界から戻れないから、その点に関しては協力するけど……今あんた、インターネット回線がうんたらかんたら言ってなかった? あれ、何?」

 

「そんな事はどうでもいいんです。 時間が惜しいので歩きながら話しましょう。 こんな所で日が暮れてしまったら後々面倒ですからね。 まずは近くの村か街に案内してもらえます?」

 

「そ、そうね。 あっちに小さな街があるからそっちに行くわよ? ……で? 聞きたいことがあるですって? 魔法の使い方かしら? やっぱ人間ってそうよね? 使えないものが使えるようになると、そうやってすぐ調子に乗っちゃって……」

 

「この世界の文化体系は?」

 

「そうよねそうよね! あなたも所詮しょせんはオタク。 文化体系、使いたいわよね……って、え? 文化体系?」

 

 流暢りゅうちょうに偉そうなことを言っていたが、しれっと飛ばした俺の真面目な質問を聞き、沈黙してしまうピピリッタ。

 

「え? 何? 文化? え? 魔法のことは?」

 

「そんなことは後でいいんです。 まずは文化体系を教えてください。 それからこの世界の男女比率に顔面偏差値、平均賃金と一般市民の就業率。 欲を言うなら今向かってる街の総人口や物価も知りたいな。 それからええっと……」

 

「ちょっちょっちょっ! ちょっと待って! 待ちなさいよ! あんた、ここがどこだか本当に分かってるの?」

 

 戸惑ったような顔で問いかけてくるピピリッタ。

 

 だから俺は『何当然のことを聞いているんだ?』と無言のメッセージを顔に貼り付けて、平然と答えた。

 

「異世界ですが何か?」

 

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