第三章 王都炎上
イントゥ・ザ・ケイオス
~インストゥルメンタル~
「ふーむ、なんとかうまいことやってるみたいですねー。金型に挟まれたのは事故みたいなものでしたし、まあ大丈夫っしょ!」
女神はグラスに残っていた酒を飲み干すと、さらに盛られた葡萄を一房、摘まみ上げた。
「んー、あっまーい。やっぱり葡萄はシャインマスカットに限るわー」
闇を抱いたような鈍い赤みを持つワイン。舌に残る軽い渋みを、明るい緑の果肉が洗い流していく。
甘さと苦さは交じり合い、心地よい後味が残る。
ワインは渋みを味わうのが通だ、そう思っている奴は、渋柿でもかじっているがいい。
ボジョレーのプリムールをありがたがる奴は、ブドウ畑に埋めてしまえ。
女にためにと、洒落た瓶の安ワインを買ってきたお前は、港でコンテナの下敷きにしてやろう。
ワインはすぐ飲むものではない。今夜開けるつもりだったその瓶は、新聞紙にくるんで台所の奥にでもしまっておくのだ。忘れたころに出てくるように。
若いワインを飲むくらいなら、腐ったワインを飲むほうがまだマシだ。どうせ後から、どっちも吐くことになるのだから。
ワインの渋みは、隠し味だ。まろやかさの裏に渋みがあるから意味がある。渋みだけしかないやつは、できそこないの煮汁でしかない。そこを勘違いしたバカたちが、ワイン嫌いになっていくのだ。
ワインに合うのは、肉かチーズだと相場が決まっている。だが私は、人の好みに口は出さない。
ただ、ワインの真価を引き出すのは、赤い肉汁だと思っている。勘違いしないでほしい。肉ではない、肉汁だ。それを忘れてはいけない。だから、レアなのだ。
フォークを刺すと浮かぶ肉汁をたっぷりと絡めた、牛肉。それが、ワインの渋みを輝かせるのだ。
「さあて、このまま待ってるのも退屈だし、少し引っ掻き回してみますか」
女神が手を振ると、銀髪の女性がどこからともなく現れ、跪いた。
「例の準備、できてるわよね。お願いしていい? あ、あとお肉おかわり。和牛ね、わぎゅー」
「はい、かしこまりました。焼き加減はレアでよろしいので?」
「もっちろん!」
魔族と人間たちの争いの歴史は長い。記録されている限りでも、もう千年以上になる。今では、きっかけが何だったかもわからない。
いや、そんなものは最初からないのかもしれない。
殺されるから殺す、殺されたから殺す。種族が違うから殺す。価値観が違うから殺す。殺すために、殺す。それだけだ。
魔族は数が少ないが、単独での戦闘力は人間を大きく上回っている。人間の強みは、数による連携、そして技術の継承だ。
数の人間と、質の魔族。
二つの種族は、長い間、その危ういバランスを保ち続けていた。
勇者と言われる、単騎でも魔族の上位と渡り合える人間の存在。
魔王という、魔族を束ねる資質を持つ存在。
そんなふたつの
過去にも、他の世界にも、同じような存在がいた。彼らの足跡は伝説と虚構に彩られ、そしてじきに忘れ去られる。
そして今、新たなる異物が戦いの渦に巻き込まれようとしていた。
異物の名は、イングウェイ・リヒテンシュタイン。
かつて異世界で天才と呼ばれ、最強の名をほしいままにした魔術師だった。
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