デス・マニアック


 ぽかんとする俺をよそに、サクラは意外にも集中していた。

 迫るオーガのこん棒を軽くかわし、ホイストのフックのような爪をモモフクでいなす。

 その瞳はしっかりと相手を見据えていた。


 オーガの攻撃は単純なものだが、その筋肉量はバカにならない。

 戦況は微妙なところで釣り合っていた。

 このままでもサクラが勝つとは思うのだが、もしも一撃食らったとしたら。かするだけでも、一気に畳みかけられてしまうかもしれない。

 俺は手を出すかどうか、決めかねていた。


 普段の俺なら、面倒だなと思いながら、さっさとオーガを倒していただろう。

 しかし、サクラの真剣なまなざしを見ると、手を出すのがすごく悪いような気分になるのだ。サクラの決意を踏みにじるような、そんな気分に。


 ぐおおおーっ


 オーガが雄たけびを上げながら、こん棒を突き出す。サクラはそれをかわしながら突進し、カウンター気味の突きを繰り出す。

 まずいな。

 俺はすぐに気付く。オーガのその突きは、囮だ。

 あんなにわざとらしい雄たけびをあげ、しかも突きはさっきよりも大振り。見え見えの誘いだったが、実戦経験の少ないサクラは、バカ正直に引っかかってしまったのだ。

 オーガは突き出したこん棒を手放すと、肩をいからせてサクラに向かって体ごと突っ込もうとする。


「ちっ、さすがに不味いか」


 俺はサクラを庇おうと、タックルを仕掛けてくるオーガの前に飛び出し、防御呪文を唱えた。


「止まれサクラっ、≪大気障壁エアリアル・シールド≫っ!」


「えっ、イングウェイさんっ!?、……きゃあっ!」


 ぎりぎりまで飛び出すのを迷っていたのがいけなかった。タックルのダメージ自体は殺せたものの、俺自身も、そして後ろにいたサクラも跳ね飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 サクラだけでもなんとか受け止めたのだが、腕にヒビでも入ったかもしれない。


「うぎゅー、いんぐうぇいしゃんー」


 うがーっ


 とどめを刺そうと猛るオーガ。

「いんぐうぇい、さんっ。くっ、私が戦いますから、今のうちに、逃げてっ!」

 モモフクも持たずに、必死で立ち上がって俺を庇おうとするサクラ。まったく、弱いくせに生意気な。

 仕方ない、サクラには後で謝るか。そう決めると、俺は静かに、一つの呪文を唱えた。


「≪即死の掌握デス・グリップ≫」


 が…がはっ。おぅがぁーー。


 オーガは血を吐き、あっさりと崩れ落ちた。


「え? ふえ? あれ? いったいどうしたんでしょうか。もしかして、勝ったんですかっ!?」

「やったー、やりましたよ、イングウェイさーん!」

 明るい声で喜びながら、俺を抱きしめるサクラ。

 喜ぶのはいいけれど、痛い、あんまり腕に触らないでくれ。


 帰り道、俺はサクラに謝った。

 こういうのは早いほうがいい。


「すまない、サクラ」

「ふえ? なんで急に謝るんですか?」

「君の決意がわかっていながら、オーガとの戦いに割り込んでしまった。しかも、横から手を出し、止めまでさしてしまったしな。謝る」

 サクラはきょとんとしている。

「何を言ってるんですか、私のこと助けてくれたじゃないですか」


 むう、言いづらい。たどたどしい口調になってしまって、なおさら言い訳みたいだ。

「しかし、死よりも大切な決意というやつもあるだろう? その、君はサムライだし、そういうのを大切にしているんじゃないかと」

 そんな俺を、サクラはびっくりしたように見て、そして、にまーっといたずらっぽい笑顔を見せた。

「何を言ってるんですか、イングウェイさん。決意なんて死んだら何の役にも立ちませんよ、そんなもの犬にでも食わせとけばいいんです。

 それより、ほんとーに、助けてくれてありがとうございましたっ! ……お礼の件、覚えてます?」


「当然だ、妻になるとかどうとか。残念だが、今回はナシだが――」

 サクラは言葉を遮り、言った。ほっぺたをぷっくりとふくらませていた。


「そんなのわかってますっ! お嫁さんは、また今度でいいです。でも、私のことお嫁さんだと思って、手を出しても良いですからね?」


 それだけ言うと、サクラはうつむいてこちらを見ようとしなかった。

 耳まで真っ赤なのはバレバレなのだが、知らないふりをしておく。まったく、恥ずかしいのなら、無理してそんなこと言わなければいいのに。


 そうだ、もう一つ忘れていた。


「サクラ、あの時、オーガから俺を守ってくれてありがとう」


 俺は、サクラの頭をぽんぽんと優しく撫でてやった。

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