それでもマイクは離さないで
甘夏みかん
第1話
とある中学の一室から歌声はきこえてくる。3年2組の教室では、合唱大会の練習をしていた。指揮者の遠藤くんは指揮をしながら大きな口をあけて、みんなと一緒に歌っている。みんなを見渡している遠藤くんと目が合った気がした。私は歌っているとき、いつも祈りを込めている。この歌声が、誰かに届きますように。合唱の練習時間だ。残念ながら「誰かに届け」の「誰か」はきいている担任の先生くらいしかいない。練習が終わった。私はふと楽譜を見ている遠藤くんを見た。眼鏡をかけた彼は真剣な顔をしている。きっとこのクラスで一番合唱に対して熱意があるのだろうと思った。そのとき、隣で歌っていた子が話しかけてきた。「スミレちゃんって、歌うまいよね。」「ありがとう。私は~合唱の~女王~。」とふざけながら歌ってみせる。自作のダンスも添えて。「あはは、スミレちゃんってほんと面白い。」周りの数人が一斉に笑う。「えへへ。」私は嬉しくて笑った。
お風呂上り、私はベランダに出た。ふわっと涼しい風が吹いた。ふと今日言われたことを思い出す。「スミレちゃんって、歌うまいよね。」歌うまい、かあ・・・。(私、ほんとは歌手になりたいんだ。)そんなこと、誰にもいえないけど。「いま~私の~ねがいごとが~かなうならば~翼がほしい~」小さな声で歌ってみる。私の声は冷たい夜空に消えていった。
学校の帰り道、遠藤くんを見つけた。遠藤くんは、帰り道が同じ方向だ。だけど、一度も話したことはない。「遠藤くんって歌うの好き?」話しかけてみた。指揮をしながら歌っている遠藤くんを思い出しながら。「うん。好きだよ。」でも、と遠藤くんは続ける。「西村さんもだよね。歌うの好きでしょ?」言い当てられてドキッとした。向こうも私のことを見ていたなんて。「いつも、一生懸命口を開けて歌ってるよね。」「うん、だって楽しいんだもん。」「わかる。合唱の時間、楽しいよね。」「歌うのは楽しいけど・・・指揮楽しい?」ときくと、「楽しいよ。」と彼が答えた。「え、どういう風に?」「うーん、なんかみんなを見ながら指揮してると、学校の先生になった気持ちになる。しかも幼稚園の。」「なにそれー」私は笑った。それから遠藤くんとよく喋るようになった。ある日、「家、来る?」と彼がいった。年頃の男の子のびっくりな誘い。私は呑気に「行く!」と答えた。単純な好奇心からだった。しかも、真面目な遠藤君だし、大丈夫でしょ。散らかった彼の部屋。目に入ってきたのはアコースティックギターだった。机の上にノートが置いてある。「歌ノート」とかいてある。私は中が気になって「これ、みていい?」ときいた。彼はうなずいた。ノートをめくると、歌詞や、コードのようなものが書いてある。「まだ、途中までしかできてないけど」と恥ずかしそうにいう。「俺、歌手になりたいんだ。」ドクン。ドクン。きっとこのときめきは、恋のときめきなんかじゃない。私も、そうなんだ。同じ夢を持っている人を見つけた。しかも、すごい。と持った。同じ中学生なのに、私のずっと前を歩いている。帰り道。焦る気持ちを抑えながら自然と速足になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます