第6話 三人称視点になるんで夜露死苦!
シェラハート平原に立てられた砦は現在聖王軍によって包囲されていた。
包囲しているのは約一万を超える聖王軍の兵士。
無論全員フルプレートを装備している。
魔力で生成した弓矢を打たれ続けている魔王軍は、必死に矢を打ち返すが聖王軍の弓隊には届いていない。
平原のど真ん中に建てられた砦で四方八方を囲まれ、近くには何もない。
砦内の兵士たちはもはや死を覚悟したような顔で、盾で頭部を保護しながらうずくまっていた。
砦の東、数キロ離れた平原には鳳凰院たちが到着していて、フラウと鳳凰院は岩陰に隠れながら砦の様子をじっと見ている。
喧嘩は一通り落ち着き、様子を見ながら作戦を考えることにしたらしい。
双眼鏡を覗いていた鳳凰院が隣で水球を覗いているフラウに声をかける。
「策があるんだが、聞きたいか?」
「私が聞かないとダメなのかしら?」
「無論、お前が鍵になるからな」
鳳凰院は双眼鏡を覗いたまま語りかけている。
フラウも水球から目を逸らさずに渋い顔をした。
「一応話してみなさいよ」
「まず俺が、あそこにいる小隊を誘き寄せる」
鳳凰院が指を差す方向に、砦を包囲している聖王軍の予備隊のような小隊があった。
フラウは鳳凰院の指先を目で追いながらコクコク頷く。
「誘き寄せた小隊にお前が触れる」
「あいつらを私の下僕にして、仲間割れを狙うのね?」
満足そうにうなづく鳳凰院。
「あのフルプレートは、毒や麻痺などの状態異常に耐性があるとは言っていたが、精神支配に耐性はないのだろう? でなければここにお前を送り込んだ魔王は相当無能だと言うことになるからな」
「なかなか頭がいいじゃない鳳凰院さん? ご名答、魔王様は最小限の兵力であいつらの仲間割れをさせるために、今回の救出隊にはあたしを抜擢したのよ!」
自慢げな表情で胸を張るフラウ。
それを見た鳳凰院は呆れたように肩を窄めた。
「ふ、魔王もバカではないみたいだな。 まあ、冷静に考えればあんな大人数相手に正面から衝突するバカはいないか」
皮肉な笑みを浮かべる鳳凰院。
しかしその涼しい笑みは一瞬にして消え去った。
「オラァぁぁぁぁぁ! 聖王軍の野郎どもぉぉぉぉぉぉ! 俺の名前は
はるか前方から響き渡る、聞き覚えのある叫び声。
鳳凰院は汗をダラダラ流しながら背後に視線を送る。
………もちろん誰もいない。
フラウも同じ行動をしていたらしく、二人はゆっくりを顔を見合い、引きつった笑みを浮かべた。
「何者だ!」
「魔王軍の援軍か?」
「バカめ! たった一人でこの包囲をどうにかできるとでも思っているのか!」
聖王軍の兵士たちから罵声が飛ぶ。
「てめえらごとき、この俺一人で十分なんだよ! めんどくせえ作戦立てるより、力でゴリ押しの方がわかりやすいもんあぁぁぁぁぁ!」
「バカめ! 予備隊を向かわせろ! すぐに叩きのめせ!」
聖王軍の予備隊五百が、一気に動き出すのを見た鳳凰院はフラウの腕をがっちり掴んだ。
「おいポン子、こうなったらしかたない。 俺らも行くぞ! おぶってやるから余計な動きはするなよ?」
「えっ? ちょっ! まっ! ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
鳳凰院はフラウを無理やりおぶって駆け出した。
卍
龍翔崎は自身左から向かってくる五百の予備隊を見て舌打ちをする。
「舐めてんのかごらぁぁぁ! 全員でかかってこいやぁぁぁぁぁ!」
気迫のこもった声で罵倒するが、聖王軍は全く動じない。
「貴様一人など、五百で十分だ!」
「それに全員で貴様の相手をしたら、包囲網が崩れるだろうバカが!」
「一万もいる我らに正面から突っ込んでくるバカだ、そんなこと考えていないさ」
ケラケラと笑い出す聖王軍たち。
それを見ていた龍翔崎は眉を吊り上げた。
「………上等!」
龍翔崎は腰を大きく捻り、右の拳を大袈裟に振りかぶる。
全体重を右の拳にかけているため、倒れないよう動足を天高く上げて静止した。
そして動足を勢いよく振り下ろすと同時に、右の拳を勢いよく振り抜く。
すると、あたり一体に激しい縦揺れと共に突風と衝撃波が吹き荒れた。
龍翔崎の前方にあった大地がめくれ上がり、正面から突っ込んでいた兵士たちは一人残らず吹き飛ばされていく。
まさかの光景を目撃し、硬直する聖王軍たち。
やがて天高く吹き飛ばされていたフルプレートの兵士たちが、雨のように降り注いでくる。
——圧巻。
たった一撃で戦場が凍りつき、三千もの兵士が宙をまった。
向かってきていた予備隊だけでなく、その背後に構えていた聖王軍の部隊も龍翔崎の全体重を乗せた全力パンチの余波に巻き込まれていたのだ。
龍翔崎の眼前、直線上数百メートル先まで大地が抉られ、円錐状のクレーターが出来上がっている。
殴った本人も呆気に取られているほどだ。
「あれ? なんだこりゃ? まさかこんなにやべーとは思わなかったぜ」
龍翔崎のすっとぼけた声が、戦場に響き渡った。
そんなに声を張り上げていないにも関わらず、龍翔崎の声が響いてしまうほどに戦場は静寂してしまったのだ。
しばらくの沈黙が続く。
すると純白のフルプレートを纏った聖王軍の指揮官が、ゆっくりと周囲に視線を送りゴクリと喉を鳴らした。
「たったったった! 退却! 退却ーーーーー!」
聖王軍の指揮官が声を裏返らせながら退却の指示を出すと、聖王軍たちは武器を捨てて脱兎の如く退却を始めた。
パンチ一発で三千の兵士が吹き飛ばされたのだ、暴れられたらどんな被害が出るか分かったものではない。
聖王軍が全員退却していくと、砦の中からおそろおそる顔を出す少女がいた。
「う、うそじゃろう? 聖王軍が………退却したのじゃ!」
両耳の上あたりに、黒曜石のような三角錐のツノを生やした少女が、キラキラと黄金色の瞳を輝かせる。
「皆のもの! あちらにおわす、赤き衣の勇将が! 聖王軍をたった一撃で退却させたのじゃ! 皆、おおいに喜ぶのじゃ!」
砦内から耳をつん裂くほどの歓声が響いてくる。
龍翔崎は顔を引きつらせ、耳を塞ぎながら砦に視線を送った。
「なんか知らねえが、結果オーライってやつか?」
龍翔崎はニヤリと笑いながら、勝利を確定させた合図を上げるように拳を突き上げる。
途端、砦の中から地鳴りするほどの歓声がさらに湧く。
まさに巨大な悪を討伐した、ヒーローの勇姿を目撃した観衆があげるような歓喜の声。
歓声の中、砦の入り口から角を生やした少女がサラサラの赤毛を揺らし、テクテクと走り寄ってくる。
戦場には似合わない幼い容姿で、身長は龍翔崎の腰ほどしかない。
しかし不思議なことに彼女からは並々ならぬ強者の風格が漏れ出ている。
龍翔崎はその強者の風格を一目で見抜いたのか、面白いおもちゃを見つけたような笑みを浮かべていた。
「妾の名前はラディレンなのじゃ! 魔王ライルフトの義娘なのじゃ! シェラハート砦の指揮を任されていたのじゃ!」
両腕を広げながら走り寄ってくるラディレンは、それはもう嬉しそうな顔で龍翔崎に抱きつく。
「さっきは助けてくれてありがとうなのじゃ! 赤き衣の勇将様! とってもかっこいいのじゃ!」
「おうおうがきんちょ! 俺の名前は龍翔崎だ! 堅苦しい呼び名は好きじゃねえから、呼び捨てでいぜ!」
龍翔崎はにっこりと歯を見せながら、ラディレンの頭をガシガシと撫でた。
ラディレンは龍翔崎の腰あたりまでしか身長がないため、子供と戯れるヤンキーのような絵面になっている。
なんとも奇妙な光景だが、頭を撫でられ嬉しそうに微笑むラディレンを、遠方から無言で眺めていた鳳凰院とフラウ。
「俺の出番が未だに無いんだが」
「あたしなんか、尻尾踏まれたり引っ張られたりしかしてないわよ」
二人は死んだ魚のような目で、呆然と立ち尽くしていた。
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