第62話 『復讐の鬼』

参上! 怪盗イタッチ




第62話

『復讐の鬼』




 雪の降るとある軍事施設。そこに一匹のヤギがやってきた。紺色のコートを羽織り、首には銀色のネックレスをつけている。

 ヤギは施設の入り口から少し離れたフェンスの前に立つと、右手をフェンスに押し付けた。


「…………まずはあれを手に入れるか」


 ヤギがフェンスに触れると、フェンスは音を立てながら歪んでいき、大きな穴が開く。物音に反応した警備員が向かってくる中、ヤギは堂々と施設へと侵入する。


「やぁ、諸君。久しぶりだね……」


 ヤギは手を挙げて、やってきた警備員達に挨拶をする。警備員達はヤギの顔を見ると、顔を青くして身体を震わせた。


「ど、どうして……ここに!?」


「ワタシがここに来る理由は決まっているだろう。あれを手に入れるためさ」


 警備員が震えながら質問すると、ヤギは淡々と答える。


「何に使うつもりだ!?」


「分かってるだろう。ワタシの目的を……」


「くっ、マンデリン…………」


 警備員は一斉にヤギに向けて銃口を向ける。半円状に並んだ警備員に囲まれて、ヤギの逃げ場はない。


「マンデリン!! 君をここで倒す!」


「君達のような雑魚兵士にワタシを倒せるものか…………」


 警備員はヤギに向けて射撃を開始する。何十発もの弾丸が同時に発射されて、ヤギを蜂の巣にしようとする。

 しかし、ヤギはニヤリと笑うと、足元にあった小石を蹴った。


「………………っ!?」


 次の瞬間、視界が歪むと弾丸を発射したはずの警備員達だったが、なぜか、弾丸が姿を消して持っている弾数が最初の数に戻る。まるで銃を撃つ前に戻ったような状況に警備員達が困惑していると、施設の奥から装甲車が走ってきた。


 最初は警備員の仲間が乗っているのかと思われたが、装甲車の中には人の姿がない。そして装甲車の向かってくる奥の方から、その持ち主であろう兵士が走ってきていた。


「さっきまで乗ってたはずなのに、突然降りてて!? みんな逃げろ、エンジンがかかったままで勝手に動いてるんだ!!」


 緩やかな下り坂になっていることもあり、装甲車は速度を上げていき、ヤギと警備員達の方へと向かってくる。


「まずい、こっちに来るぞ!?」


「逃げろ!?」


 装甲車は警備員達の陣形を破壊して、走り去っていった。装甲車が通り抜けていったことで、陣形に穴が空き、ヤギはニヤリと笑うとその穴を歩き始める。

 施設の奥に向かっていくヤギを警備員達は止めようとするが、恐怖から銃口を上げられず、その場で立ち尽くす。


「あれがマンデリンの力……俺達じゃ、止められない…………」



 ⭐︎⭐︎⭐︎



 とある街にある3階建てのビル。その一階にはイタチの経営する喫茶店がある。そしてその喫茶店の店長の正体こそ、怪盗イタッチ。


 世界を飛び回り、あらゆるお宝を手に入れる大怪盗!! 昼は喫茶店のオーナーとして表の姿で活動して、夜は世界一の怪盗としてお宝を盗んでいる。


 客のいない中、イタチは近くにあったカップを磨く。

 その隣ではピンク色のフードを着た子猫がパソコンを操作していた。

 彼女の名前はアン。パソコンを使い、遠隔からイタッチを援護しているイタッチの仲間の一人だ。昼の時間は喫茶店の手伝いをして、普通の子供として生活している。


「イタチさん、これ見てください」


「ん?」


 アンはイタチにパソコンの画面を見せる。そこには半壊状態になった軍事施設の写真が写っていた。


「どこの写真だ?」


「アラスカのカリブーっていう軍事施設です。施設が襲撃を受けて、大変なことになってるみたいです」


「軍事施設を襲撃か……。何者だ?」


「マンデリン……らしいです」


 イタチは腕を組んで天井を見上げる。


「マンデリンか。確かモカの兄弟だったな。モカの敵討ちをしてまわっているとか……」


 アンはイタチの腕を掴む。そして心配そうに見上げた。


「イタチさん……私達大丈夫ですか?」


「ふん、心配はいらないぜ。何があっても守ってやるからよ」


 イタチの言葉にアンは顔を赤くしてニコリと微笑む。

 アンはイタチの腕から手を離すと、パソコンの画面に目線を戻す。イタチもアンが離れると仕事に戻った。二人が普段の様子に戻ると同時に、店の扉が開く。


「おう、お前ら来たぜ!」


 入ってきたのはコートを羽織ってサングラスをつけたウサギだ。

 彼の名前はダッチ。イタッチの相棒であり、共にお宝を盗むため世界中を飛び回っている。さらに中華マフィアのボスでもあり、多くの構成員を仕切って祖国の裏の顔となっている。


「ダッチか、今日の仕事は終わったのか?」


 イタチが聞くと、ダッチは奥の席に座りながら首を横にする。


「いや……まぁなんていうか、抜け出してきた…………」


「お前……大丈夫なのか?」


「んなわけねぇよ……」


 ダッチは肘をテーブルにつけて頭を抱える。


「ウンランが……アイツめ…………」


「やられてるなぁ」


 イタチはやれやれをため息を吐く。前にウンランが来て、同じような姿勢でダッチのことを愚痴っていた。

 ダッチは几帳面で綺麗好きのため、仕事をやらせると凄く丁寧なのだという。しかし、文字が少しズレただけでやり直すため、全く業務が進まないのだとか……。

 それなのに現場仕事になると、無鉄砲に突っ込む。そんなダッチの姿にウンランは苦労しているらしい。


 そのためウンランはダッチを色んな手で変えようとしているらしい。丁寧すぎる点を治させようとしたり、無鉄砲に突っ込ませないようにしたりと……。しかし、この様子だと、お互いにうまくいっていないようだ。


「まぁ、落ち着けよ。いつものでいいか?」


 イタチはダッチの肩をポンと叩く。ダッチは頭を抱えた状態で頷いた。イタチは横にいるアンに注文を伝える。


「アン、いつものやつを入れてやってくれ」


「はい、イタチさん!」


 アンが慣れないながらもコーヒーを淹れて、ダッチに渡す。コーヒーがテーブルに置かれて、ダッチが手を伸ばした時、それが起こった。

 地面が大きく揺れて、建物が音を立てる。


「地震!?」


 建物が左右に揺れて、置かれたコップが倒れてコーヒーがこぼれる。三人は姿勢を低くして身を守る。

 しばらくして地震が収まり、三人はテーブルの下から顔を出した。


「かなり大きな地震でしたね……」


 ダッチがスマホを取り出して、地震の情報を調べようとすると、なぜかダッチのスマホが勝手に動き、映像が映し出された。


「なんだ!? おい戻らないぞ!?」


 ダッチが必死に元の画面に戻そうとするが、画面が元に戻らない。さらにそれはダッチのスマホだけで起こっていることではなかった。


「え、私のパソコンが勝手に!?」


「俺のスマホもだ」


 アンのパソコンやイタチのスマホも同じように勝手に動いて、映像を再生し始めた。

 最初は砂嵐だったが、少しずつ内容が見えるようになってきて、人の姿が映し出された。そこに映っていたのは二足歩行のヤギの姿。


「やぁ、日本の諸君、ワタシはマンデリンだ」







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