第42話 『アンのドキドキ探検』

参上! 怪盗イタッチ




第42話

『アンのドキドキ探検』




「ふんふふん〜!!」


 子猫がスキップをしながら、住宅街を進む。彼女の名前はアン。怪盗イタッチ一味の一人であり、ネットを使ってイタッチ達をアシストする少女だ。

 彼女は近くにある電気街で新しいパソコンのパーツを手に入れて、ウキウキになりながら自宅に帰ろうとしていた。


「まさかこんなに安く手に入るなんて思わなかったです! 帰ったらイタチさんとダッチさんに自慢しないとですね!!」


 上機嫌なアンだが、交差点を曲がったところで目の前に白い壁が現れる。アンは壁に激突して勢いよく転ぶ。


「痛たぁ、あ、すみません」


「ああ、僕も気づかなかったよ。ごめんね」


 アンがぶつかったのは壁ではなく、眼鏡をかけたシロクマだった。シロクマはアンに手を伸ばして立ち上がらせる。

 交差点で二人ともお互いの姿が見えておらず、ぶつかってしまったようだ。

 シロクマはアンに怪我がないことを確認した後、急いでどこかへと走っていった。


 アンはシロクマを見送った後、転んだ時に落としてしまった荷物を探す。しかし、落としてしまったはずの黄色いバッグが見つからない。

 どこに行ってしまったのか。キョロキョロと周りを見渡す。すると、近くに停車している軽トラの荷台にアンのバッグが引っかかってしまっていた。


「あっ……」


 アンは手を伸ばしてバッグを取ろうとするが、一瞬遅く軽トラが走り出してしまう。


「え、待って!!」


 軽トラはアンのバッグを乗せたまま、アンから遠ざかっていく。


「私のバッグが──」


 アンのバッグの中には財布と日傘、水筒、そしてノートパソコンが入っている。

 普段なら冷静なアンだが、今回だけは違った。


 ──財布も他の物も無くなっても問題ないです。代わりはいくらでもあります。パソコンのデータも遠隔で削除ができるので問題はありません。しかし──


「ダッチさんへの愛を書き殴ったポエムが見られる!!」


 アンのパソコンにはひっそりとダッチへの想いを書いたポエムが保存されていた。しかも、さっきまで書いていたため、起動した瞬間にそのポエムが現れる。

 つまり、データを削除する前にパソコンを拾われて、起動されてしまった場合。そのデータが見られてしまうのだ。


「それだけはっそれだけは困ります!!」


 アンは軽トラを追いかけて走り出す。しかし、少女と自動車、そう簡単に追いつけるはずがない。

 二人の距離は少しずつ離れていく。


「はぁはぁ、このままじゃ……追いつけないです」


 しかし、運良く軽トラが赤信号で停車する。今のうちに追いつけば、バッグを回収できる。


 あの信号は変わるまでそこそこ時間のかかる交差点だ。これがチャンスなのだが……。


「はぁはぁ、もう限界です……」


 アンは電柱に寄りかかり、息を切らしていた。


「運動不足……ですか…………」


 体力の限界を迎え、アンは全身から汗を流す。普段、部屋でパソコンを操作しているだけで、動くことと言ったら、喫茶店での手伝いとパソコンのパーツ探し程度。

 それにアンは運動に対して苦手意識があり、ダッチに外に遊びに連れ出されても、すぐに休んでしまっていた。


「この運動嫌いは……お父さん譲りですね……。血は繋がってないですが…………」


 アンが息を整えている間に信号が変わり、軽トラはまた走り出す。


「あ……もう、行くしかないですか」


 アンは仕方がなく、横腹を抑えながら軽トラを追い始めた。

 またしても距離が離れていき、軽トラが小さく見えてきた頃。軽トラが交差点で曲がる。


「あっ!!」


 すると、曲がった衝撃で車体が揺れて、引っかかっていたバッグが落ちた。これでやっとバッグが拾える。

 安心したアンは歩みを緩くして、バッグを拾いに行く。


「やっとですよ〜」


 アンはハンカチで汗を拭きながら、バッグの前に辿り着いた。バッグに手を伸ばした時。


「あっ!?」


 空から鳥が飛んできて、アンのバッグを持ち去ってしまう。


「カラス!? しかも本物のカラスですか!?」


 アンのバッグを取ったのは、野生のカラス。


 この世界には人間のように生活する動物達が住んでいるが、普通の動物も生息している。動物人間により、生態系が大きく変化はしたが、野生の動物達も逞しく生きているのだ。


「カラスさん!! 返してくださいよ!!」


 アンはカラスに叫ぶが、カラスはバッグを咥えたまま空を巡回する。


 ごく稀に普通の動物ともコミュニケーションが取れる動物人間もいるが、動物と動物人間は異なる存在だ。


 カラスはバッグを持って、空を飛んでいってしまう。


「待ってください!!」


 アンもカラスを追いかけて走り出した。


 カラスは空を飛んでいるが、アンは地上を走るしかない。住宅街であるため、障害物も多く、アンはカラスを見失わないだけで精一杯だ。


「このままじゃ……」


 アンは走りながら、どうするか悩んでいると、


「よっ! 久しぶりだな。嬢ちゃん!」


 必死に走るアンに軽く追いつき、歩くように並走する女性が現れる。

 黒いコートを羽織ったヒョウの女性。


「あなたは!? パンテールのヒョウさん!?」


「覚えてくれてたか」


 現れたのはパンテールという武装組織にボスであるヒョウ。

 彼女はかつてイタッチとお宝の争奪戦を行い、その後は協力して強大な敵とも共に立ち向かったことがある。


「なんであなたがここに!?」


「サソリの奴に呼ばれて仕事でだ。あのカラスを追いかけてるのか?」


「はい!」


「手伝うか?」


「お願いします! 動きを少しだけ止めてください!!」


「了解!!」


 ヒョウはコートの中から拳銃を取り出す。そしてその拳銃の弾を麻酔銃に入れ替えた。


「少しの間眠ってな」


 ヒョウが銃を撃つと、一発で空を飛ぶカラスに命中する。麻酔の打ち込まれたカラスは、ふらふらと高度を下げていく。

 そして道の端で眠り始めた。


「動きは止めといたぜ。私も仕事があるなら行くよ。じゃあな」


「はい! ありがとうございます!!」


 アンはヒョウに感謝を伝えてから別れる。そしてカラスの元へと駆け寄った。

 カラスは寝ながらもクチバシにバッグを咥えている。アンが近づいたというのに起きる気配はない。


「今のうちに……」


 アンは手を伸ばしてバッグを取ろうとする。しかし、今度は野生の猫が現れて、アンのバッグを咥えて走り去ってしまった。


「今度は猫ですか!? ちょっと待ってくださーい」



 またしてもバッグに逃げられて、アンは猫を追うことになった。





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