第33話 『ライバル視』

参上! 怪盗イタッチ




第33話

『ライバル視』




 川沿いにある保育園。そこにケースに詰められたお菓子を手にしたウサギが到着する。


「はぁはぁ、なんでこの俺が……」


 ダッチは3ケース以上のお菓子を、アパートからここまで歩いて運んできた。


 ユキメからのお願い、それは保育園に配るためのお菓子を用意するというものだった。彼女はボランティアで、お菓子を配りを行っている。しかし、今回は量が多くて間に合わなかったため、ダッチに助けを求めたのだ。


 保育園の前ではユキメがお菓子の入ったケースを一つ持って待っている。


「ダッチ、大丈夫ですか? もう一つくらいは私が……」


「このくらい余裕だ……」


 ダッチとユキメは保育園に到着して、園児達にお菓子を配った。ユキメは子供達とすぐに仲良くなり、ダッチも怖がられはしたが、なんだかんだで溶け込むことができた。

 最初は嫌そうだったダッチだが、園児達と別れるときに園児達が別れの挨拶をすると、ダッチはふっと笑って手を振った。


 帰り道、二人は並んで歩道を歩く。


「どうです? こういうのも悪くないでしょ?」


「ッチ。もう懲り懲りだよ……」


「ふふ、……でも、本当にダッチのおかげで助かりました。お菓子作りの手際も良いし、子供達にあんなに好かれるなんて」


「好かれてねぇよ。向こうが勝手にだな……」


「そうですね。勝手に遊んで勝手に好かれてました。ねぇ、ダッチさん、またお願いして良いですか?」




 ⭐︎⭐︎⭐︎




 それからしばらく、ダッチはユキメの手伝いをするようになった。四神と怪盗の仕事の合間にダッチはユキメと会い、ボランティアに参加する。

 ダッチは趣味を認められている気がして楽しかった。さらにその趣味を共有することができるユキメ。彼女の存在はダッチにとって大きく、今までと違った世界を教えてくれる存在であった。


 何度かボランティアに参加し、二人は仲良くなっていった。


「ダッチ、お菓子の練習のために君の家に寄って良い?」


「あぁ? またかよ。しゃーねーな」


 ダッチの部屋にはお菓子作りに必要な道具も揃っており、いつの間にかそこが拠点となっていた。

 やがてユキメはダッチの家によく行くようになり、ダッチも拒否をすることはなくなった。


 そんな日々が続き、時が経つ。夕日が沈む中、ダッチは四神の会合が終わり、自身のアパートを目指して帰る。


「ふぁぁぁっ……」


 欠伸をして信号を渡ると、信号の先にユキメを発見した。ユキメはダッチを見つけると、ダッチと合流する。

 ダッチの横に並んで歩道を歩く。


「ダッチ、今日はネギが安かったよ〜。鍋にでもしようか!」


「またうちに来る気かぁ……まぁ良いがよ」


 二人は並んで帰路につき、アパートに着く。ダッチが自身の部屋に入るため、ポケットから鍵を取り出していると、


「ダッチさん、誰ですか。その女……」


 後ろから話しかけられる。振り向くとそこにはアンがいた。アンはユキメを睨みつける。


「ダッチさん……」


「あ、ああ、こいつはな」


 ダッチがアンにユキメを紹介しようとすると、ダッチの紹介よりも早くユキメが頭を下げた。


「初めまして、私はユキメよ。あなたは?」


「アンです。アナタ、ダッチさんのなんなんですか?」


「ダッチの? ……ん〜、そうね〜。友達よ」


「ダッチさんの友達……。そうですか、なら私の方が上ですね。私はダッチさんの仲間ですから!」


 アンはユキメに対して威張るように胸を張る。そんなアンの様子を見て、ユキメはふふと笑う。


「可愛らしいお仲間さんね」


「むぅ〜……」




 ⭐︎⭐︎⭐︎




「なぁ、お前ら……」


「なんですか? ダッチさん」

「なに? ダッチ」


 二人は同時にダッチに返事をする。しかし、ダッチは二人の気迫に負けて、スッと肩を狭くした。


「いや、なんでもない」


 なぜかあの後、二人してダッチの部屋へと上がり込んできた。そしてテーブルを囲んで三人は座っている。


 ──どういう状況だよ。


 部屋に入ってから、二人はお互いのことを見つめ合って、ずっと無言だ。アンはユキメのことを睨みつけ、ユキメはそんなアンの睨みに対して微笑み返している。


 流石にダッチはこの状態で座っているのは嫌らしく、立ち上がって台所へ向かう。


「俺、夜飯作ってくるから、二人はそこでゆっくりしててくれ」


 そう伝えて、そそくさと台所へと逃げ込む。とはいえ、ダッチのアパートは狭く、軽い仕切りがあるだけで部屋が分かれているわけではない。

 それでもちょっと距離を取ることで、ダッチは気持ちが楽になった。


 ダッチが離れていき、アンはユキメに問いかける。


「ユキメさんって言いましたよね。いつからダッチさんと仲良くなったんですか?」


「ん〜、前に雨の日に傘を貸してもらったの、それからよ。アンちゃんはダッチと仲間って言ってたけど、何の仲間なの?」


 台所から二人の話を聞いていたダッチは、ドキッと肩を上下させる。


 ユキメには自身の正体を伝えていない。四神のボスであることや、イタッチの相棒であることなど。

 ユキメがそのことを知れば、警察に通報する可能性もある。ダッチは耳を澄ませて、アンの回答を聞く。


「私は……喫茶店仲間です!」


「そういえば、ダッチはよく近くにある喫茶店に行ってたね」


「はい。そこで売られているクッキーが絶品なんです!」


「へぇ〜、そうなの」


 ダッチは台所から話を聞きながら、そのクッキーのレシピを教えたのは自分だったことを思い出す。


「アンちゃんもお菓子好きなのね! じゃあ、私と同じね!」


「そうですね……」


 まだユキメのことを警戒しているアン。そんなアンにユキメは全力の笑顔を見せ、手を握った。


「ねぇ、アンちゃん。アンちゃんも良かったらボランティア手伝わない?」




 ⭐︎⭐︎⭐︎




 それからアンもボランティアに参加するようになった。三人で協力してお菓子を作り、保育園に配りに行く。

 ユキメは子供達とすぐに打ち解けることができ、ダッチは怖がられながらも好かれる。アンは──


「……なんで私のところには誰も来ないんですか」


 ──そんなことがありながらも、三人は共に行動することが増えた。

 三人でボランティアに行き、子供達と交流する。そんな日々を過ごしていき、とあるボランティアの帰り道であった。


 ダッチは用事があると先に帰宅し、ユキメとアンの二人で帰路に着く。ユキメの会話をアンが適当に聞き流す。ユキメの話がつまらないわけじゃない。だが、アンはユキメのことを好きになれずにいた。


 二人は赤信号で交差点で立ち止まる。ちょうど帰宅ラッシュの時間に重なり、二人の後ろにゾロゾロとサラリーマンが増えていく。

 先頭であり、車通りも多い道であり、ユキメはアンを心配して手を握ろうとするが、アンは手をポケットに入れて拒否をする。ユキメもアンの態度から、無理に手を伸ばすことはせず、何も言わずに元の位置に手を戻した。

 もうすぐ信号が変わる。その時だった──


 アンの身体が前のめりになり、前方に倒れそうになる。アンは何が起きたのか分からず、ただ横から迫り来る自動車に──。


「危ない!」


 ユキメが咄嗟にアンを引っ張って、車にぶつかりそうになったところから引き上げた。アンは何も言えずに、その場で尻餅をつく。

 後ろにいたサラリーマン達がザワザワとアンを心配する中、ユキメは後方を一度冷たい視線で睨んだ後、アンに手を伸ばした。


「アンちゃん、大丈夫? 怪我してない?」


 心配してくれるユキメ。そんなユキメにアンは目を合わせられず、コンクリートを見つめる。


「なんで、私を助けたんですか」


「なんでって……」


「そうですよね。ユキメさんにとっては当然のことですよね。優しくて完璧なユキメさんにとっては……」


 アンは下を向きながら、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすように告げる。

 今まで一緒に行動してわかった。この人は本当にすごい人だと……。だからこそ悔しかった。妬ましかった。

 そんなアンの言葉を聞き、ユキメはアンの頬を両手で掴み、顔を上げさせる。


「アンちゃんが私のこと嫌ってるのは知ってたよ。でもね、私なんだか、アンちゃんが娘みたいなの。実はいっぱい似てるところがあるんだよ。意地っ張りで寂しがり屋だ……。そうね、確かに当然のことね。可愛い娘を守ることは」


「私が娘みたい……。ふん、よく分からないですよ」


「ふふ、そうね。私もよ」




 そんな出来事がありながらも、三人は共にボランティアに参加して仲を深めていく。最初はユキメの話を無視することが多かったアンだが、ユキメとも打ち解けていく。


 そうして時が経ち、三人で何度かボランティアを経験した頃。ユキメがある提案を二人にした。


「ねぇ、ダッチ、アンちゃん。三人で旅行に行かない?」







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