第32話 『水魚の交わり』
参上! 怪盗イタッチ
第32話
『水魚の交わり』
雨音がこだまし、冷たい風が吹く。商店街で買った書籍を大切に抱え、ハチワレ模様のウサギは紺色の傘を広げる。
天気予報では晴れであったが、予報が外れて雨に降られ、本と一緒に傘を買ったダッチ。彼は不機嫌そうに帰路につく。
「ん?」
商店街から出て、一つ目の交差点を曲がったところにある酒屋。その店前で雨宿りをしている女性を見かける。
この辺りでは見かけない女性。白いワンピースを着た鶴は、不安そうに空を見上げていた。
「ッチ。やれやれ……」
ダッチは酒屋の前に行くと、傘を鶴へと投げ渡す。
「え?」
「やるよ。不良品だったんだ、アパートも近くだし、そんなゴミくれてやる」
「でも、そんなことしたら、アナタが……」
鶴はダッチを止めようとするが、ダッチはそれを聞かずにコートに本を隠して雨の中を駆けていった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「も〜う、ダッチさん。この天気予報は外れるって言いましたよね〜。それなのに傘も持たずに出かけるからですよ」
とある街に3階建ての建物。そこにはイタチの経営する喫茶店がある。
その喫茶店でダッチは鼻水を啜りながら、コーヒーを飲んでいた。
「クソガキが……。しょーがねぇだろ、最初は晴れてたんだよ。ズズズズゥ……」
「ダッチさん。啜っちゃダメですよ、ほら、ティッシュです。チーしてください」
店員の子猫がティッシュを手にして、ダッチの鼻に手を伸ばす。しかし、ダッチはティッシュを奪い取って、自分で鼻をかんだ。
「自分でやるわ。バカ」
ダッチを世話しようとしたが失敗したアンは、少し寂しそうに頬を膨らませる。
そんな二人の様子を見て、店主のイタチがニコリと笑う。
「相変わらずだな。お前ら」
イタチの言葉に、ダッチはそっぽを向き、アンはハハハと笑う。
こうして街に溶け込む三人だが、彼ら三人は怪盗だ。
イタチの店主は怪盗イタッチ。世界中にあるあらゆるお宝を狙う大怪盗だ。イタッチの使う折り紙は、作ったものの効果を発揮する不思議な折り紙であり、剣を作れば剣となり、盾を作れば盾となる。
店員として手伝いをしている子猫。彼女はアン。ハッカーであり、ネットを使い遠隔からイタッチ達をアシストしている。
客としてきているウサギ。彼はダッチ。中華マフィア四神のボスであり、イタッチの相棒だ。
彼ら三人をイタッチ一味と呼び、全世界の警察から追われている。
ダッチがコーヒーを飲み終えて、小銭をアンに渡す。
「丁度ですね! レシートは要りますか?」
「ああ、頼む」
ダッチはレシートを受け取ると、丁寧に財布の中にしまう。ダッチの財布はかなり綺麗に整理されており、カードやレシートがきっちりと仕分けられている。
「ダッチさん、いつもレシートもらって行きますけど、どうしてるんですか?」
「ん、ああ、月の出費をまとめてるんだ。んじゃぁな」
四神や怪盗の仕事での経費を計算しているのではなく、家計簿をつけているようだ。アンが感心する中、ダッチはコートを羽織って外に出た。
店の外に出ると、入り口の横に鶴の女性が立って待っていた。
「あ、あの……」
手には傘を手にして、どうやらダッチを待っていたようだ。
「ん、アンタは……」
鶴は傘をダッチに渡す。
「これを返しにきました」
「あー、これか。返さなくてもよかったが……。んま、ありがとな」
ダッチは傘を受け取ると、手を挙げて鶴と別れた。
⭐︎⭐︎⭐︎
今日は四神も怪盗の仕事もない日。ダッチは商店街の本屋である本を探していた。
「ッチ。どこだぁ、いつもはこの辺にあるんだが……」
ダッチが探しているのは、お菓子作りに関する本。毎月発行されている本だが、仕入れの数は少なく、マニアのみが知るレシピ本だ。
「ここにないとなると、何駅か先のあそこか……。ッチ、面倒な……」
「あの、もしかしてこの本を探してるんですか?」
ダッチが本を見つけられずにいると、後ろから女性に話しかけられる。振り向くとそこにはこの前の鶴の女性がいた。
鶴の手にはダッチが探している本があり、レシートを手にしていることからすでに購入済みなのだろう。
「ん、いや、そうだが……。すまん、大丈夫だ」
ダッチが本屋から立ち去ろうとすると、鶴が止める。
「あの良ければ差し上げますよ」
「……ッチ。そこまでしてもらう必要はねぇよ」
ダッチは断るが、鶴はダッチに駆け寄る。
「いえ、最後の一冊を買ってしまったのは私ですし」
「だから良いって」
「しかし……」
徐々に迫ってくる女性。顔が近付いてきて、ダッチは恥ずかしそうにそっぽを向く。
「わーったよ。じゃあ、ちょっと読ませてくれ、そうすれば良いから」
「はい!!」
鶴は嬉しそうに本を渡した。
──流石に本屋で本を読むわけにもいかず。二人は近くの公園へと移動する。
ベンチに並んで座り、ダッチが本を読んでいると隣から鶴が話しかけてくる。
「ウサギさん、お菓子作り好きなんですか?」
「まぁな、……ッチ。変かよ」
「いえ、私も好きなので嬉しいです」
ダッチは恥ずかしそうだが、少し嬉しそうに頷く。
「そうかよ」
ダッチは本を読み終えると、閉じて鶴に返す。そして自身のアパートに帰ろうと立ち上がるが、鶴がダッチの腕を掴んで止めた。
「あの名前を聞いて良いですか?」
「ん、ダッチだ」
「ダッチ……。私はユキメです。あのダッチさん、そのお願いがあるんです」
「なんだ?」
「お菓子作り手伝ってくれませんか?」
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