第19話 『春になる』

参上! 怪盗イタッチ




第19話

『春になる』






 氷の城は消滅した。アイスキングがいなくなったことで、城を保つ力がなくなったのだろう。街中を振っていた雪も止み、春のように花が咲いた。




「ダッチさん、無茶するからですよ」




「う、うるせ〜。ゴホゴホ……」




 ダッチは布団に包まり、その隣でアンが看病をする。




 元々風邪気味だったダッチは、今回の戦いで風を拗らせて、症状が悪化した。

 そんなダッチのアパートにアンは毎日のように通い、ダッチの面倒を見ている。ダッチは嫌がりながらも、おとなしく看病されている。




 フクロウ警部は今回の事件の功労者として、報道される……はずだったのだが、恐らくはフクロウ警部が自ら揉み消したのだろう。

 外で警備に参加していたアライグマ警部補が解決したことになっていた。




 ネコ刑事に連行されたエンペラーはアイスキングの消滅と共に雪となって消えてしまった。






 そしてネージュは……。




「本当に行くのか?」




 都心から離れた森でイタッチはネージュに声をかけた。




「……バレていましたか」




 ネージュは振り返り、背後に立つイタッチと向き合う。




「アイツらには何も言わなくて良いのか?」




「……手紙は残しました。それで十分ですよ」




 ネージュはローブを着て、布に包んだ荷物を背負っていた。




「そうか……。んで、どこに行く気なんだ?」




「目的はない……かな。でも、やりたいことはあります」




「どんな?」




「私は大昔の人間です。宝石に封じ込められていたからこの時代に復活しただけ。だから、旅をします、今の時代がどうなっているとか、それを見てまわりたいんです」




「そうか、なら」




 イタッチはネージュに何かを投げた。それを受け取ったネージュは、




「これは……。折り紙?」




 それは折り目のついた折り紙。




「俺の一枚だけだが折り紙だ。折り目はつけてある、困った時はそれを使いな」




「ありがとうございます」




 お辞儀をするネージュに、イタッチは背を向けた。




「新しい旅で、また良い仲間に出会うんだな」




 ネージュは風に揺れる赤いマントを眺め、




「はい。また会いましょう」











「ふぁぁぁぁ……。眠い……」




 風邪が治り回復したダッチ。彼は休憩がてら、イタチの喫茶店にやってきていた。




 喫茶店のマスターであるイタチは、ダッチにコーヒーを出す。




「どうした? 眠そうだな」




「そりゃ……。風邪で寝込んでる間、四神の方の仕事が溜まっててよ……それをずっと片付けてたんだ」




 ダッチは四神という組織のボスをやっている。四神はアジア最大のマフィア組織であり、ダッチはその頂点ということだ。

 元々は四人の最高幹部が指揮をしている組織であったが、ダッチがその後継者と選ばれて、今はダッチが指揮をしている。




 ダッチはコーヒーを啜り、




「ウンランとカマキリめ……。俺に仕事を次々と…………」




「それだけお前を信頼してるってことだろ」




「……ッチ。でも、限度があるだろ」




 文句を言いながらも、イタチの言葉を聞いてなんだか嬉しそうなダッチ。結構ちょろいウサギだ。




 照れているのがバレたと思ったのか、ダッチは口元をムっとさせると、周りをキョロキョロと見渡す。




「それでアンはどこにいるんだ? いないみたいだが」




「ああ、今日は休みだからな、遊びに行ってるよ」




「ほぉ、あのガキも意外と子供らしいところがあるんだな」




 そう言ってニヤニヤしているが、イタチにはなんとなく居場所の察しがついていた。

 恐らくは遊びと言っても、パソコンのパーツ探しをして秋葉原に行っているのだろう。それが本当に子供らしいと言える遊びだとは思えないが……。




「なにかアンに用事があったのか?」




 イタチはダッチの飲み終わったコップを受け取って、洗いながら尋ねる。




「あぁ〜、そんな大事なようじゃないんだが……」




 そう言いながらダッチはコートの内ポケットから小さな袋を取り出した。可愛らしい装飾のされた袋に、中には様々な形のクッキーが入っていた。




「この前の礼を……っと思ってな」




 ダッチの取り出した袋をイタチは受け取る。




「手作りか?」




「……ふん」




 ダッチは顔を赤くしてそっぽを向く。

 ダッチにはお菓子作りという趣味がある。そのことを知っているイタチはニヤニヤと笑いながらも、袋をカウンターの奥に置いた。




「渡しておくよ。……しかし、たまには会ってやれよ。アンも寂しがってたからさ」




「まぁ、風邪が治ってから仕事で忙しかったからよ……。っと、そろそろ仕事に戻らないとな、んじゃ、イタッチ、またな!」




「おう!」




 ダッチはカウンターに小銭を置いて、喫茶店を出て行った。







 日が落ち、街灯がついた頃。アンが喫茶店に帰ってきた。紙袋を手に満足気な表情だ。




「イタチさん。帰りました〜」




「アン、帰ったか。どうだ? 探してたものは見つかったか?」




 アンは紙袋から小さな機械を取り出した。




「はい! ありました!! いや〜安く買えてよかったです!」




「そうか、なら良かったよ。ああ、後そうだ、ダッチから礼だとよ」




 イタチはカウンターの奥に置いておいたダッチのクッキーをアンに手渡す。




「ダッチさん!? 今日きてたんですか!!」




「まぁ仕事の合間にな。お前がいなかったから、看病のお礼でそれを置いていったんだよ」




「え〜。ダッチさん帰っちゃったんですか〜」




 アンは頬を膨らまして文句があり気だ。イタチはやれやれと首を振る。




「あいつも忙しいんだよ。さてと、そろそろ店を閉めるんだ、アン、手伝ってくれ」




「はーい」










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