第16話 『氷の国は終わらない』

参上! 怪盗イタッチ




第16話

『氷の国は終わらない』






 アイスキングが倒れ、その前でネージュは膝をつき、両手を合わせて指を絡める。




「兄上……」




 ダッチはネージュの後ろで、刀についた汚れをコートで拭き取ってから、鞘に収める。




「……すまねぇな、ネージュ。手加減はしてやれなかった……」




 刀をしまったダッチはネージュの隣で倒れたアイスキングを見て目を瞑る。




「いえ、兄上も私も、本来はこの時代に生きているはずがない存在です。それに兄上を止めることができたんです、それだけで満足ですよ……」




「そうか……。アン、イタッチと連絡は取れたか?」




 ダッチはイタッチと無線で、連絡を取ろうとしているアンに聞く。




「いえ、まだ返信は……。いつもならダッチさんと違って、イタッチさんは無線にはすぐ返事してくれるんです、やっぱりおかしいですよ!」




「……ふ、相棒だぞ。心配する必要はねぇよ」




 ダッチとアンの会話を聞き、ネージュは立ち上がる。そして言いにくそうにしながら、




「その……イタッチさん、……なのですが……」




 ネージュは下の階で起こったイタッチとアイスキングの戦闘について伝えた。そしてその戦闘でイタッチがやられてしまったことも……。




「イタッチさんが……。そんな…………」




 アンは力が抜けたように、倒れそうになる。しかし、そんなアンにダッチは駆け寄るとアンを支えた。




「……大丈夫か、アン」




「ダッチさん、私よりもイタッチさんです! 早く下に降りて、イタッチさんを治療しましょう!」




「…………」




 ダッチは無言で頷く。




 ネージュの話を聞いて、ダッチはもう遅いのではないかと、そう一瞬、考えてしまった。

 ネージュの話であったダメージを本当に受けているのならば、攻撃を受けた時点で……。

 だが、それを否定する自分がいる。あのイタッチがそう簡単にやられるはずがない。




 もしも下に降りれば、どちらなのかがはっきりとする。すでに手遅れだった時のことが頭を過り、ダッチは階段を降りようとする足は重く感じた。




 三人が階段を降りようと、下の階に通じる階段に向かった時。




「……………」




「っ!?」




 ダッチはアンとネージュを両脇に抱えて、高くジャンプした。城の屋上にある屋根を伝って、天辺まで飛び上がる。




「え……。なんです、か?」




 アンとネージュが自身がダッチに抱えられて、空高く飛び上がっていることを理解して、下を見た時。

 城の屋上の半分が消し飛んでいることに気づいた。平だった地面に大きな穴が空いて、クレーターが出来上がっている。




「な、何が起きたんですか!?」




「……まさか、あの状況から復活するなんてな……」




 ダッチは二人を抱えたまま、残った屋上に着地した。二人を降ろして、正面にいる人物を睨みつける。




「え、なんで……。なんで立ってるんですか!?」




 ボロボロの身体になり、白目を剥きながら、




「兄上!?」




 アイスキングは立ち上がった。だが、様子がおかしい。フラフラと何かに操られるように、落ちている杖の方へと歩いていくと、アイスキングは杖の前で立ち尽くす。




「……何をする気だ」




 アイスキングが杖の前に立つと、何もしていないのに杖が突然、宙に浮く。そして杖から凶々しいオーラが噴き出ると、アイスキングを包んだ。




「杖とアイスキングが……。どうなってるんだ!?」




 アイスキングと杖が同化し、さらに身体が膨張して変形していく。羽織っていたラビオンの皮は裂けて、元の身体が露わになる。しかし、その身体も変形を続け、元の身体の形はなくなる。

 肉体には氷の鱗が出来上がり、二本の氷のツノが頭に突き刺さる。眼球は一つに統一され、鋭い牙が生えてくる。




 その姿はもう人間ではなく、モンスターというのが正しいだろう。




 アイスキングの身体はオーラを纏って宙に浮く。そして屋上から数十メートル離れた空中から、ダッチ達のことを見下ろす。




「兄上……」




「……あれはもうアイスキングじゃねーな」




「ダッチさん、どういうことですか!?」




 ダッチは変わり果てたアイスキングを見上げる。




「俺にもわからねぇ。だが、肉体も精神も全て、あの杖に乗っ取られたみてぇに感じる。そういう雰囲気を、あの姿からは感じるんだ……」




「……ダッチさん」




 ネージュがダッチの姿を見ると、ダッチの手は震えていた。




 今まであらゆる敵と戦ってきた。だが、初めてだった。初めて逃げ出したいと思う……。




 しかし、そんなダッチの腕にアンは抱きついた。




「ダッチさん、ここは逃げましょう! 下にはイタッチさんもいます!」




 逃げる……。アンの言葉を聞き、ダッチは深呼吸をして、無理やり震えを止める。




「……アン、ネージュ。お前ら先に行け」




「何言ってるんですか! ダッチさんも一緒に!!」




「俺はコイツを止める。誰かがコイツを止めないと、全滅するからよ」




 もしも下でイタッチが倒れているのならば、アイスキングを連れていくわけにはいかない。

 ダッチは優しく腕に抱きつくアンを引き離す。




「相棒によろしくな……」




 ダッチは刀に手を置き、いつでも刀を抜けるようにして飛び上がった。




「ダッチさん!!」




 上空にいるアイスキングにジャンプで向かう。数メートル飛び上がったところで、アイスキングが動き出す。

 腕を前に出し、目の前で粘土をこねるように手を動かす。すると、アイスキングの目の前に紫色の渦が出来上がった。




「なんだありゃ!?」




 ダッチは出来上がった渦を警戒する。しかし、ジャンプの勢いで向かっているため、軌道を変えることはできない。

 渦はバチバチと稲妻を発生させた後、渦からダッチに向かって、ビームが出てきた。




「渦から!? なんだ!?」




 強力なエネルギーの塊がダッチに向かっていく。




「避けられねぇ!?」




 ダッチはジャンプで向かっていたため、避けることができず、正面からビームにぶつかる。ダッチの腹にビームがぶつかり、ダッチは屋上の地面まで押し返された。




「ダッチさん!!」




 ダッチは地面に叩きつけられる。そんなダッチの元にアンとネージュは駆け寄った。




「……なんだ今のは……」




 ダッチは傷だらけになりながらも、立ち上がる。

 そして空中にいるアイスキングを睨む。




 ビームが出てきた渦は消えている。しかし、アイスキングはまた腕を動かすと、再び渦を作り出す。




「……あのやろう…………」




 また同じようにビームを放つ気らしい。今回はネージュもアンも巻き込まれる。二人だけでも逃がしたいが、そんな隙はない。




 渦が完成し、渦からビームが出てくる。真っ直ぐ三人を狙い、エネルギーの塊は移動する。




 回避もガードもできない。




 ここまでかと思ったその時だった。巨大な折り紙の盾が三人の前に飛んできて、ビームの前に立ち塞がった。

 折り紙の盾は三人のことを守り切り、ビームと共に渦は消える。




「折り紙の盾……。まさか!!」




 折り紙の盾はただの折り紙に戻り、その場にふわりと落下する。三人は盾の飛んできた方向を見ると、そこには赤いマントのイタチと、フクロウの姿があった。




「イタッチさん!!」




 アンがイタッチの名前を叫ぶと、イタッチはニヤリと笑い、素早く三人の前に移動した。そして三人のことを抱きしめる。




「すまん、待たせた!」




「そうだぜ、待たせすぎだぜ、相棒!!」




「ああ、ダッチ。よくここまで頑張ってくれた!!」




 イタッチは三人から離れると、空に浮かぶアイスキングに見上げる。




「あれはどういうことだ……?」




「わからねぇ、倒したと思ったら……。復活して、ああなったんだ」




「……もうアイスキングの意識は残ってなさそうだな。武器があの肉体を操ってるふうにも見える……」




 アイスキングの様子を見ていたイタッチは、一緒に登ってきたフクロウ警部の方に目線を移す。




「なぁフクロウ。お前も手伝ってくれるよな?」




「ああ、ここまでの大事件を起こした犯人だ。そっちも逮捕に協力してくれるんだろ?」




「やれやれ、どっちが協力する方なんだか……。ダッチ、お前もまだやれるか?」




 フクロウ警部が協力してくれると分かり、次にダッチに聞く。




「ああ、まだやれる……」




「そうか、すまんな、無茶させて」




「良いってことよ」




 イタッチ、ダッチ、フクロウ警部の三人は屋上に集まると、三人が同じ方向を見て並んだ。




「アン、ネージュ。お前達は下がっててくれ。後は俺たちでやる」




「分かりました。イタッチさん、気をつけてくださいね!!」




「おう!」








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