絶望的な世界で下級民だがダンジョンでうまいことやって成り上がるやつ

@udonbest

第1話 初探索

 地獄の入り口にかけられた大型のブラウン管のテレビからは、今やほとんど誰も信じていない夢に満ちた麗句が聞こえる。迷宮探索者になって未知を切り開く先駆者になる、人々の助けになる立派な仕事、金を稼げ国民等級も上げられる効率の良い仕事…もう、うんざりである。

 確かに「迷宮」と呼ばれる魔境に潜れば人々の生活の土台を支えるエネルギー資源「魔石」や、金銀財宝、魔法の力が込められた遺物が手に入るかもしれない。だが、怪物が闊歩する迷宮は非常に危険である…特に俺のような何の支援も受けられない「下級民」にとっては。


「次」


 抑揚のない声で死んだような顔をした迷宮監視官が機械的に俺に探索証の提出を促した。


「…」


 俺はせめてもの社会への「棄民政策ヘの」抵抗として、黙って探索証を提出した。


 迷宮監視官は何の情動もなく機械的に手続きをし、また抑揚のない声で「次」と、十等級探索者 門倉 英二 16歳 男とだけ書かれた薄っぺらい金属の札を俺に渡した。





 魔石の力で頼りなく光るカンテラに縋り迷宮を進む。迷宮の第一層は洞窟のような異空間で非常に暗く、また視界が物陰で遮られ見通しも悪い。水の滴る大きな鍾乳石の陰に怪物がいないか、天井に怪物が張り付いていないか、合っているかもわからない確認方法で逐一丁寧に確認しながら前に進む。骨が浮くほど握りしめた短いナイフを血だらけの人骨が転がる物陰に向けながら前に進む。


 迷宮に入ってたった30分で体力の消耗を自覚している。まずいとは思いつつも探索目標である「成果の確保」のため進むしかない。今、疲れましたと迷宮を引き返しても、迷宮の入り口で迷宮監視官に痛めつけられて再度地獄に逆戻りになるだけだ。


 むせかえるような血の匂いにぴちゃぴちゃと天井より落ちる水の音とは違う、何かを啜る音が聞こえる。


 咄嗟に手近な岩に背を預け、音の方向を盗み見た。


――――ゴブリンだ。


「ゴブリン」は怪物の中では最下級に位置し危険度も最低ランクだが、小柄ですばしっこく、膂力は成人男性並み、武器を使う頭もある怪物で、十分に俺を殺しうる脅威だ。

 現に視線の先には「まだ生きてはいる」うつろな目をした御同輩が体をびくつかせながら血だらけのナイフで体をめった刺しされていた。


 幸いにして敵は一匹のようだが、俺の装備はカンテラと収集用の袋、何の期待も出来ないような申し訳程度の防具、短く、もしかすればゴブリンの持っている血だらけのナイフよりも低品質な武器…ここで物語の主人公のように義憤に駆られ、助けに飛び込めば間違いなく死ぬ。だから俺は――俺は、見殺しにする。狙うとすれば奴が「お腹いっぱい」になり油断したところだ。聞きたくもない咀嚼音に集中しながら、やけに大きく聞こえる自分の呼吸音、心音に静まれと祈りながら。


そして――今!!


 震える両足と心に喝を入れて物陰から飛び出す。まっすぐ駆け寄って首筋にナイフを突き立てるだけだ。


 彼我との距離は4、5mほど、ほんの数歩の距離がとても長く感じる。

 

 一歩、二歩、アドレナリンのせいか、はたまた恐怖のためか、時間の流れがとてつもなくゆっくりに感じる。


 ゴブリンが足音に気づき赤黒い目でこちらを見た。


(早いっ?!)


 俺が奴の首筋にナイフを突き立てる前に、既に臨戦態勢を整えたゴブリンがナイフを構えた。既に奴は万全の態勢だが事ここに至っては、もう行くしかなかった。


「ふっ!」


 物陰でシミュレートした通りゴブリンの首にナイフを振り下ろした。


 狙い通りのナイフの軌跡。


 カン…と、なんとも間抜けな音とともに俺の振り下ろしたナイフがゴブリンのナイフに捌かれ、体の外側にナイフは打ち払われた。俺はならばと考えていた次の手をと、考えた矢先に――ゴブリンが流れるような動作でナイフのグリップを俺の顎先に叩きつけた。


 固い洞窟の地面に後頭部を打ち付ける。

 

 強烈な痛みに視界が歪んだ。

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