とある空の真ん中で

赤坂 みにる

1.スーパーダイジュ

「だめだ!ロックオンされた!」

タカシの叫び声が無線機を通じて耳に入る。

「右へ旋回しろ。タカシ!右だ!」

「だめだ 振り切れない!こいつかなりしつこいぞ!」

敵機はタカシのケツにぴったりと食らいついている。

「ただの脅しかもしれない。急降下で低空へ逃げ込め!」

すかさずタカシに指示を出す。

「わかった!」

タカシのF−15は機体をくるりと反転し急降下に入る。


太平洋、遠州灘沖上空1万メートル。国籍不明機に突然タカシのF−15が襲われた。

「ちくしょう!撃ってきやがった!」

タカシの機体に国籍不明機が発射した空対空ミサイルが白い軌道を残して一直線に向かっていく。

「タカシ!左へ旋回しろ!左だ!」

「……」

ミサイルは間一髪タカシの機体をかすめた。

「フーあぶねー。ギリギリだったぜ」とタカシ。

「まだ安心するな。敵はお前のケツに食らいついたままだよ」

「どうすればいいんだテツヤ!」

「俺が援護する。上昇しながら左へ旋回しろ」

俺はスラストレバーをいっぱいに倒しアフターバーナーに点火した。

凄まじい轟音と共に耐えがたいGが体を襲う。国籍不明機を猛スピードで追いかける。

「よし!敵機をロックオンした!発射!」

赤外線誘導ミサイルの発射ボタンを押す。ミサイルが機体から離れ国籍不明機へ一直線に向かっていく。

「どうだ…」

「……」

「ちくしょう! かわされた!接近して機銃で攻撃する! タカシ、もう少し踏ん張れ!」

「テツヤまだか!もう逃げ切れないぞ!」

タカシの声がだんだん悲鳴に近くなっていく。

スピードを更に上げ敵機を狙いやすい位置まで接近を開始する。

「…よし!」

機銃の射程距離に入った瞬間、敵のエンジンに向かってバルカン砲のトリガーを引く。

鈍い唸り声を上げながら俺のF−15から赤い閃光が敵機に向かって打ち出される。

敵は懸命にそれをかわす。が、かわしきれず2−3発エンジンに命中。

炎と黒煙が噴きあがる。

「やったぜ!ビンゴ!」

敵は炎と黒煙に包まれ、海に向かって墜落していく。

「助かったぜテツヤ。パイロットは脱出したか?」とタカシ。

「いや 確認できなかった」と下の方を見ながら俺。

「今回は危なかった。死ぬかと思ったよ」

タカシはまだ興奮覚めやらぬ口調で話している。


俺の名前はシマタニ テツヤ。33才。民間の戦術航空団で働いている。

数年前より国籍不明機が頻繁に日本領空を侵犯している。主に戦闘機だが出撃した自衛隊機がことごとく撃墜され、そのおかげで自衛隊のパイロットたちは危険を感じ、どんどん除隊してしまっている。

日本とアメリカの間には日米安全保障条約というのが締結されていて、アメリカが日本を守ってくれるはずなのだが、これだけ領空侵犯が多くアメリカ軍もかなりの被害が出ているようなので、さすがに手を焼いているようである。

「自分のことは自分でなんとかするのが自衛隊の役目だろ」的な訳のわからない理屈を言いながら、アメリカ軍は配備を縮小し始めている。

政府は条約違反だと猛烈に抗議をしたが聞き入れてもらえず、しかたなく防衛省は民間に領空侵犯のパトロールを依頼し始めた。

航空機は自衛隊より支給。整備費や施設費などの年間補助が結構あるので民間企業のちょっとした副業になる。それを専門にやる会社まで出てきたくらいだ。

本土には今のところ直接の被害はないので国民のほとんどはこの事実を知らされていない。

俺たちも災害救助隊という肩書きになっている。


「あっ!いけねー」とタカシ。

「どうした?」と聞き返す。

「夕方5時のタイムバーゲン、準備するの忘れてきたよ。テツヤお前は大丈夫なのか?」

「…ああ、パートのイシヅカさんに頼んできたから大丈夫だ」と俺。

「今何時だ?」とタカシ。

「ちょうど4時だ。すっ飛ばせば間に合うんじゃないか?」

「よし急ごう。遅れるとまたゴキがうるさいからな」とタカシは機体のスピードを上げ始める。


俺達が働いてる会社の本業はスーパーマーケットを経営している。

長野県内に20店舗ほどを持つ、まあ中堅スーパーといったところか。

俺は普段、スーパーで青果のチーフを担当している。タカシは鮮魚のチーフだ。

俺と同じ33才で二人の子持ちでもある。

俺たちは防衛省から依頼が入ると出動し、普段はスーパーで働くという二股の生活をしている。


「こちら中野基地。テツヤ応答せよ」

基地より無線が入る。ゴキだ。

「こちらテツヤ。ただいま帰還中です。何か?」

「二人とも無事か?機体の損傷は?」とゴキの声が返ってくる。

ゴキこと基地指令兼スーパー店長のカワモトは45才独身。

いつもゴキブリのようにコソコソと店内を動き回り商品の品質や陳列の仕方を細かくチェックし、事あるごとに人にいちゃもんをつけ、みんなから煙たがられている。

この前なんかはオレンジにちょっとした腐りを見つけたらしく、おかげで数百個は陳列してあるオレンジ全ての品質チェックをさせられた。結局腐っていたのはそのオレンジだけだったのだが…。


「2人とも無事です。機体の損傷もありません」と俺。

「帰還は何時ごろになりそうだ?今しがたお客から苦情が入ってな、店を空けなければならん。

お前たちのどちらかがいてくれないと困るんだが…」とゴキ。

「5時くらいには店に戻れると思いますが…」

「わかった。なるべく急いでくれ」

まったく人の苦労も知らないでのんきな男である。タカシはミサイルで死にかけたというのに…


俺たちが働いているスーパーは長野県中野市のはずれにある。

周りをりんご畑に囲まれたのどかなところだ。

基地は店のすぐ裏手にあり、ハンガーと呼ばれる航空機の格納庫まで店から自転車で2分くらいだ。

広さは普通の基地の3分の1程しかなく、滑走路はたった200mのものが2本のみである。

戦闘機が離陸するには2000mくらいの滑走路が必要なのだが、土地の確保ができなかったらしく俺たちは空母と同じカタパルトといわれる射出装置で離陸している。

着陸の際も滑走路が短く普通では止まることができないため、これも空母と同じく地面に張られたアレスティングワイヤーといわれるワイヤーケーブルを機体後部に付いている着艦フックに引っ掛けて強制的に止まれるようにしてある。

2本の滑走路はそれぞれ離陸用と着陸用とに分かれている。

普通のF−15は空母への着艦ができない仕様だが、俺たちのF-15は防衛省に頼んで足回りなどを強化した特別仕様機だ。


「中野基地、こちらテツヤ。まもなく着陸体制に入る」

「中野基地了解!ギアとフックを確認後、着陸体制に入って下さい」

航空管制官ナカタニさんの声が無線機を通じて耳に入る。

50才過ぎの太ったおばちゃんだが愛想がよく普段はレジの責任者をしている。

昼飯のときによくお菓子やまんじゅうをくれるので俺もよくコーヒーをごちそうしたりする。お客さんにも評判がいい。

「テツヤ了解」

ランディングギアと呼ばれる着陸用のタイヤと機体後部についた着艦フックを下へ降ろし着陸体制に入る。

「こちら中野基地。機体を視認しました。進入角度良好」とナカタニさんの落ち着いた声。

機首を少し上げてスポイラーと呼ばれるエアブレーキかけながら速度を調節し、徐々に高度を落としていく。

上空から見る200mの滑走路はまるで点のようにしか見えない。

滑走路が近づき最終アプローチに入る。だんだん地表の景色がはっきりしてくる。基地や周辺のりんご畑もはっきり見えてくる。

機体の角度を滑走路に合わせて微調整し着陸!

ランディングギアが地面に接すると同時にアレスティングワイヤーが着艦フックに引っ掛かり急激なブレーキがかかると同時に機体を地面に叩きつける。

機体の速度は時速約240Kmから2秒後には一気に0Kmとなる。強烈な逆Gがかかり胸や腹をベルトが締め付ける。

「オエッ!」

俺はこの瞬間がいちばん嫌いだ。胃の内容物が食道を逆流し出てくるような気がする。

タカシも同じ事を言っていた。

後続のタカシに滑走路を空けるため急いで誘導路に入る。タカシはすでに着陸体制に入っている。

アレスティングワイヤーは滑走路を横切るように地面すれすれの高さに4本張られているが、

どのワイヤーにも機体が引っ掛からなかった場合、再び離陸してやり直さなければならない。

タカシが最終アプローチに入る。

ギアが接地すると同時に手前から2本目のワイヤーに引っ掛かり無事着陸。

これは自分でやるのは最悪だが、見ているほうは結構おもしろい。


誘導路を抜けたハンガー手前の駐機場所に何故か整備長のタナカさんが立っている。

俳優の竹内力に似た強面の人だ。

タナカさんのそばに機体をそーっと停止させキャノピーと呼ばれる風防を開ける。

タナカさんは満足そうな笑みを浮かべながら

「テツヤ!お手柄だったな!俺の整備が行き届いてたおかげだぞ!」とドスの利いた声で話しかける。

どうやら俺たちの戦況報告を誰かから聞いたらしい。

「あっどうも!」とタナカさんの前では何故か低姿勢になる。

以前、航空自衛隊の整備長をしていた頃、何人も殴られたヤツがいるらしい。

なかには病院送りまで出したって噂を聞いたことがある。

タカシの機体が俺のとなりに滑り込み停止する。

「タカシ!命拾いしたな!お前が死ぬのは構わんが、俺が愛情こめて整備した機体だけは傷ひとつ付けずに大事に持ち返れよ!」と笑いながらタナカさん。

タカシは引きつった笑いを浮かべながらヘルメットを脱ぐ。


機体を降り、ふたりでロッカールームに行こうとしたらタナカさんに呼び止められる。

コーヒーでも飲んでゆっくりしていけと誘われたが、タカシがタイムバーゲンの準備があるという理由をこじつけにやんわりと断った。

急いで耐Gスーツやフライトスーツなどを脱ぎスーパーの制服に着替える。タカシの制服姿はものすごく板についたもので本物の魚屋でもここまで似合うやつはいないと思うほどエプロンと長靴が様になっている。

パイロットを引退しても十分やっていけるという感じだ。


ハンガーの裏に止めてあるママチャリに二人乗りして店へと急ぐ。

「タカシ急げ!もうすぐ5時だぞ!」

「わかってるよ!」

タカシは懸命に立ちこぎする。ガタガタしたところを通ると荷台がケツに当たって痛い。


「キィー」とブレーキのかん高い音。急いで青果のバックヤードと呼ばれる作業場に入る。

「あらチーフ 意外と早かったわね」と白菜を半分に切りながらパートのイシヅカさん。

「タカシがタイムバーゲンの準備忘れたから急いで帰ってきたんだよ」

と言い残し売場へと通じるスウィングドアを通り店内へ入る。

夕方なのでお客さんはまずまずの入り具合。青果のタイムバーゲンはイシヅカさんが準備してくれたようで、もう値段表示が付け替えられている。

鮮魚コーナーではタカシが忙しそうに値段を張り替えている。

ゴキはすでに苦情処理に出かけているようだ。


いったんバックヤードに戻り事務所に置かれているコンピューターで現在の売上高をチェックする。

そこへ「隊長、お疲れ様!」と言う声。

ふりむくと3番機のパイロット、ヨシミツが段ボール箱をかかえて立っている。

どうやらタイムバーゲンに使うウインナーが売りきれたらしく、5Kmほど離れた同じ会社の店から分けてもらい、今、帰ってきたところらしい。

ヨシミツは27才独身、普段は精肉のサブチーフをしている。

以前着陸の際、急激な減速に耐え切れなくてヨシミツはションベンを漏らしたことがある。

それ以来みんなに「チビリン」と呼ばれて親しまれている。

「ハギワラさん今日、ヤバかったみたいっすね」とチビリンことヨシミツ。

ハギワラとはタカシの苗字でフルネームをハギワラタカシという。

「ずいぶん情報が早いな。誰から聞いたんだ?」と俺。

「さっき店長から聞いたんっすよ。携帯にかかってきて…」とヨシミツ。

どうやらゴキことカワモトがみんなに言いふらしているらしい。

撃たれたミサイルはどんな種類だったのか、どうやって回避したのかなど、チビリンがしつこく聞いてくるので

「ヨシミツ、タイムバーゲンは大丈夫なのか?」とひとこと言ったらあわてて精肉のバックヤードへ走っていった。

あいつは小心者なのであまり詳しく話すと次回の任務に差し障る恐れがある。

しかし、何でもすぐに人にしゃべりたがるゴキは要注意である。


午後6時半を過ぎると店内もお客の数がまばらになり少し落ち着いてくる。

食堂でコーヒーを飲んで休憩していると

「たいちょー!」と耳から空気が抜けているような声がする。

4番機のパイロット、シズコだ。

シズコはもう25才になるというのに長めの髪を頭の上のほうで両脇に結び、いわゆる以前流行ったセーラームーンみたいな髪型をしている。しゃべり方も舌足らずな感じで、中年独身おやじゴキ一番のお気に入りである。

普段はレジで管制官ナカタニさんの助手をしている。

「たいちょー。けがはありませんでしたかあ?」

と本当に心配しているのかどうかわからない、相変わらずの口調で俺に話しかける。

普通女性パイロットというと、男まさりの気の強そうな女を連想してしまうがシズコを見ているとそんなものはただの妄想としか思えなくなってくる。

空の上でもこのような感じなので、いっしょに作戦を遂行している時はたまったものではない。

「うっそー!ミサイルかわされちゃった!」とか「キャー、うしろに敵がいたのしらなかったー!」など

命がけで仕事している緊張感がマヒしてくる。

遊園地の絶叫マシンにでも乗っているような気分だ。

しかし、そんなシズコだがF−15の操縦は目を見張るものがある。

敵に後ろをとられてもあわてる事なく平然としているし、ものすごいGがかかる急上昇でもケロリとしている。

今まで敵を3機撃墜した実績も持つ。

ちなみに3番機のヨシミツはまだ1機も撃墜したことがない。

また着陸も正確で必ず手前から2本目のアレスティングワイヤーに引っ掛けて停止する。

俺もタカシもその日によって引っ掛けるワイヤーはバラバラである。

ヨシミツに至ってはどのワイヤーにも引っ掛からず再度やりなおし、なんてのは日常茶飯事だ。

そのたびにゴキから「燃料の無駄遣いをするな!」と怒鳴られている。

「ハギワラさん、よくミサイル回避できましたねー」とシズコ。

「ああ、タカシなら軽いもんだよ」とコーヒーをすすりながら俺が言うか言い終わらないうちに

「キャー!さすがハギワラさん!」と急に耳がキーンとなるような声を出すので思わずコーヒーを吹き出しそうになってしまった。

タカシは俳優の生田斗真に似た結構いい男なのでファンも多い。シズコもその一人のようだ。


翌日の午後、ハンガーへ行くとヨシミツがブラシ片手にせっせと自分の機体を洗っている。

「よお!珍しいじゃないか!」と声をかけると

「整備長のタナカさんに、たまには機体を清掃しろと怒られましたんで…」とヨシミツは笑いながら答える。

そういえば俺も最近、機体を洗った覚えがない。クルマを洗うみたいに気軽にできれば問題ないのだが結構でかい代物なのでなかなか手をつけることができないでいる。

タナカさんに怒鳴られる前にやらなければと、いつも思ってはいるのだが…


俺たちの隊は4機の航空機を中心に編成されている。

機体の正式名称はF−15J 通称イーグルと呼ばれる航空自衛隊の主力戦闘機と同じ機種である。

一番機は隊長である俺、二番機は副長のタカシ、3番機はチビリンことヨシミツ、

そして4番機がシズコというのがメンバーの内訳だ。

機体の横側には会社の宣伝にと、けっこうデカイ字で

「楽しいお買物はスーパーダイジュへ!」

と書かれ、垂直尾翼には子供にも親しんでもらえるようにと個々に違ったマンガのキャラクターが描かれている。

ヨシミツの機体にはドラえもんがタケコプターで空を飛んでいるところ。

シズコは女の子らしくキティちゃん。

そして俺が、おばけのQ太郎でタカシに至っては何故かアルプスの少女ハイジに出てくるペーターがペイントされている。

「どうして俺だけ脇役なんだ!」

とタカシは怒っているが、基地から遥か西のほうにある北アルプスにちなんだらしい。

ハイジは女の子なので男であるタカシには似つかないとペーターになったと以前聞いた。

機体のペイントは社長の案らしいが、みんながあまり機体を洗いたがらない理由がなんとなくわかる。俺もそうだが…

だがシズコだけは別で、ずいぶん「キティちゃん号」が気にいってるらしくこまめに清掃している。

おかげでシズコの機体だけはいつもピカピカだ。

隊は俺たち飛行隊のほかに強面のタナカさん率いる整備隊、そして情報収集や伝達、航空管制などを受け持つ管理隊などがある。

飛行隊は全員、店舗業務兼任で整備隊は全員が専属。管理隊はその部署によりまちまちとなっている。


ヨシミツが機体にワックスを塗り終わろうとしている時、突然スクランブルと呼ばれる緊急発進の依頼が飛び込んできた。

国籍不明機が千葉県銚子沖南方150Kmに現れ、百里基地所属の自衛隊機が2機撃墜されたという連絡だ。

すぐに待機中の自衛隊機を発進させるが、そちらからも応援を頼むという要請である。

俺もヨシミツも本日は午後から待機の当番だったため耐Gスーツなどの装備はすでに身に着けている。

吸いかけのタバコを急いで消し、自分の機体へと走る。

ヨシミツはワックスの拭き取れていない機体のコクピットに収まろうとしていた。

店の方からは管制官のナカタニさんが、やたらサドルの低いママチャリに乗って大急ぎでこちらへ向かって来るのが見える。


機を発進させ滑走路へと急ぐ。グランドクルーと呼ばれる地上隊員がカタパルトへと誘導する。

グランドクルーがノーズギア(前輪)にカタパルトを装着する音がコクピットに響き渡る。

装着完了の合図を確認し、スラストレバーを思いきり倒す。

エンジンが全開になり、発進しようとする機体をカタパルトが懸命におさえている。

右手の親指を立てて離陸準備完了の合図を送る。

間髪を入れず、爆発的な勢いでカタパルトが機体を引っ張りはじめる。

魂だけそこに取り残され、体だけが加速しているといった感じだ。

2秒後に機体は時速240Kmに到達。操縦桿を手前にぐっと引き込み機首を上げる。

無事、離陸完了。ギアを格納し目標高度に向かって急上昇に入る。


「テツヤ離陸完了。つづいてヨシミツの射出に入る」と管制官からの無線。

普通パイロットはコールサインといわれるニックネームで呼び合うことが多いが、俺たちは面倒なので本名で呼び合っている。そのほうが何となく具合がいい。

チビリンも空の上では本名のヨシミツと呼ばれている。

「ヨシミツ離陸完了」と無線が入る。

「ヨシミツ!遅れるな。急げ!」とコールするが返答がない。

どうやら急上昇に伴うすさまじいGのため返答できないようである。

返答があったのは20秒後、

「…こちら…ヨシミツ……無事…離陸しました」

そんなことはとっくにわかっている。まったく調子はずれなヤツだ。


東京都上空を通過。目標地点が近づきつつある。ヨシミツもやっと追いついた。

オバQとドラえもんが仲良く編隊を組んで音速で飛行するのは傍から見たらどのように映るだろう。

そんなことを考えているうちに目標空域に到達。

すでに自衛隊のF−15が2機、敵と空戦に入っている。敵は3機、機種はSu−37みたいだ。

F−15より運動性も装備も格段に上の戦闘機である。こちらは4機だが圧倒的に不利な状況である。

「こちらスカイウォーカーダイジュ、ただいまより戦闘空域に入る。自衛隊機応答せよ」と俺。

スカイウォーカーダイジュとは、わが航空団の名称である。機体のペイントもダサいが名前もカッコ悪い。

自分で名前を言うとき恥ずかしい時もある。

「こちら航空自衛隊、戦況は圧倒的に不利だ!早く…」

無線が急に途切れる。

見ると一機の自衛隊機が爆発、炎上しながら落下していく。

「ヨシミツ!左へ回り込め!俺は正面から突っ込む!」

「了解!」

ヨシミツは機体をひるがえし俺から離れていく。

「スカイウォーカーダイジュ、1機動きの鈍いヤツがいる。そいつから狙ってくれ!」と自衛隊機から連絡。

見ると戦闘空域から少し外れたところを旋回しているヤツがいる。

試しに中距離レーダー誘導ミサイルで狙ってみる。

ロックオン。発射!

ミサイルが白いシュプールを残し敵へ向かって飛んでいく。

「……」

ひらりと機体をひるがえし簡単にかわされる。

「あれれ!」と思うまもなく相手が急に機首をこちらへ向け、正面から猛スピードで突っ込んでくる。

「……!」

バルカン砲が俺に向かって発射される。

「ヤバイ!」

反射的に操縦桿を右へ倒し機体をロールさせる。

敵は俺の左側をかすめるようにすれ違う。

やられたと思ったが弾はどこにも当たらなかったようだ。体から冷や汗がジワッと吹き出るのがわかる。

気をとりなおし、相手の背後をとるためすぐに旋回に入る。

どうやら先ほどは外からの敵機を警戒するため、少し離れて旋回していたらしい。

お互いの背後をとるため、敵とのすさまじい争いが始まる。空中戦では敵の背後をとった方が圧倒的に有利である。

急旋回を繰り返すため、息ができないほどのGが体を襲う。体中の血液が足のほうに集まり、目の前が真っ暗になる。

ブラックアウト現象といわれるものだ。目を見開き、必死に相手の動きをうかがう。

と、そこへ敵に追われて懸命に逃げ回っているヨシミツの機が目に入る。

「…やっぱりな」と思いながら武装をサイドワインダーと呼ばれる赤外線誘導ミサイルに切りかえる。

その瞬間、ヨシミツを追いかけている敵を偶然ロックオン。

ミサイル発射!

「………」

見事命中。

真っ赤な炎を吹き上げ、スピンしながら海に落ちていく。

「ヨシミツ、大丈夫か?!」

「危ないところでした。なんとか無事です」とヨシミツ。

「今度はお前が援護しろ。俺がヤツの気を引くからその隙に撃墜しろ。いいな!」

「はい!了解です!」

ヨシミツの返事はいつ聞いても気持ちいい。ただ、返事だけという時の方がやたら多いが…。


スピードを少し緩める。背後をわざと狙いやすいようにしてやる。

「ピピピ!」

敵が俺をロックオンしたことを知らせるメッセージが表示される。

「ヨシミツたのむぞ」

「まかせてください!」

次の瞬間、ミサイルが自分に向かって撃たれたことを知らせる騒々しいアラームが鳴り

コクピットは真っ赤なランプで埋め尽くされる。

「ヤバイ!もう撃ってきやがった!」

赤外線誘導ミサイルが俺に向かって一直線に迫ってくる。

すかさずフレアと呼ばれる熱源を放出する。

赤外線誘導ミサイルは航空機が放つ熱源を追尾して飛んでくるので、フレアを放出することにより

ミサイルをそちらへそらすことができるのだ。

間一髪セーフ。

しかし、フレアを放出すれば必ずしも大丈夫なわけではない。放出するタイミングが悪ければ

万事休すである。


「ヨシミツ!まだか!」

「もう少し待ってください」

あいつは他人事だとやたら冷静である。自分が逆の立場なら大変なことになるのだが…

いきなり赤い閃光が数発コクピットをかすめる。

「おい!バルカン砲を撃ってきやがった!ヨシミツ!早くしろ!」

「もう少しなんですが…」

あいつの冷静さにやたら腹がたってくる。

旋回やロールを繰り返し、必死に敵からの攻撃をかわす。

「ドン!!!」

鈍い音と同時に機体に衝撃が走る。

振り向くと左エンジンから黒煙が吹き出ている。

「ちくしょう!やられた!ヨシミツ急いでくれ!」

左エンジンを停止させ、火災を風圧で消すため急降下に入る。

「隊長、動きが速すぎて狙いが定まりません。少しじっとしてて下さい」と落ち着きはらった声でヨシミツ。

「馬鹿かお前は!そんなことしたら一発であの世行きじゃねえか!」

ヨシミツのあまりにも正直すぎる言葉に怒りながらも思わず吹き出してしまう。

さすが敵はこちらより性能のいい機体を使っているだけあって、ぴったりとくっついてくる。

ヨシミツはもうあてにならないので自分で何とかするため賭けにでる。

スラストレバーを全閉にしエンジン出力をギリギリまで落とす。

と同時にエアブレーキを作動させ急減速する。

「どうだ?…」

案の定、敵は勢い余って俺のすぐ横を追い抜きかける。

その瞬間!敵のエンジンが急に爆発。きりもみ状態になり墜落していく。

「……?!」

ヨシミツが俺のすぐ脇を追い抜いていく。

「隊長!やりました!見ててくれましたか?」

どうやらヨシミツが撃墜したらしい。今まであまり聞いたことのないうれしそうな口調で聞いてくるので

「お前のミサイルの破片で俺も巻き添えを食うところだった」とも言えず

「助かったよ、ありがとう」と、思わず言ってしまった。

その言葉で俄然気を良くしたらしく

「隊長!もう一機残っています。がんばりましょう!」と張り切って一人で飛んでいった。

遠くを見ると自衛隊機がさっきのヨシミツのように敵にしつこく追いかけまわされ必死に逃げ回っている。

ヨシミツがスパローと呼ばれる中距離レーダー誘導ミサイルを発射!

あっさりと敵にかわされる。そう簡単にヨシミツに撃墜されるほど敵も世の中も甘くない。

お調子者のヨシミツは「あれれー」と馬鹿みたいな声をあげている。

「ヨシミツ!サイドワインダーの射程距離までもっと接近しろ!そんな遠くからでは

ミサイルの無駄遣いだ!」と指示を出す。

ヨシミツはアフターバーナーに点火。スピードを上げて敵機に接近する。

「よし!いいぞヨシミツ!右から回り込め。そうだ!その調子だ!」

ヨシミツを調子づかせるには、おだてるのが一番である。

気がついたら「そうだ!うまいぞ!すばらしい!」と、いかにもバレバレのおだて文句を言っていたが、調子づいたヨシミツにはそんな事わかるはずもない。

「本当ですか?やっぱり今のよかったですか?!」と完全に舞い上がっている。

ここまできたらヨシミツを上手に使うしか手はない。

こちらはエンジン片方が完全にダメになっているので、まともに戦ったのでは勝ち目がない。

「ヨシミツ!ロックオンしたからといってすぐにミサイルを発射するな!

一呼吸おいてから撃つように心がけろ。いいな!」と俺。

ヨシミツは「はい!」と張り切った声。

必死に敵のケツに食らい付くヨシミツ。

だが機体の性能はあきらかにこちらが不利だ。

ヨシミツは敵の動きについていくのがやっとという感じである。

「ヨシミツ!敵を追い越して前へ出ろ!」と無線を入れる。

「えー!そんな事したらやられちゃいますよ!」と驚いた声でヨシミツ。

「大丈夫だ!お前の腕なら敵の攻撃を難なくかわせるはずだ。お前と自衛隊機の2機が前へ出れば敵の注意がそちらへ集中する。その隙に俺がヤツを攻撃する」と俺。

「イヤですよー。そんな危険なことできません。隊長がやってください」ときっぱりした口調でヨシミツ。

まったく遠慮も何もないヤツだ。部下を危険な目に合わせようとする俺も俺だが、それを上司である俺に対して平気で替われと指図する根性が気に入らない。せっかくおだててやったのに損をした気分だ。

「わかった。じゃあ俺が前へ出る。その代わり間違いなく敵を仕留めろよ。何かあったらタダじゃ済まないからな」とヨシミツに脅しをかける。

心の底ではヨシミツがビビって「やっぱり僕がやります」という言葉を期待していたのだが

「わかりました!任せてください!」

と自信満々かつ嬉しそうに答えるので余計に腹が立ってきた。

むかついたまま片方しかないエンジンを全開にしスピードを上げる。

怒りをぶちまけるようにヨシミツの機体ギリギリをわざと追い抜いてやる。

「うわ!びっくりした!」とヨシミツが叫んでいる。

「ざまあ見ろ!この馬鹿たれが!」と思いながら敵機を追い抜きざま、腹いせにバルカン砲を数発撃ってやる。

そのうちの一発が偶然敵のエンジンに見事命中。機体から黒煙を噴き出しはじめる。

「ラッキー!」と思い振り向くと黒煙を噴き出しながらも敵はまだ飛びつづけている。

どうやら片方のエンジンは俺と同じでまだ無事らしい。

「ヨシミツ、チャンスだ!うまくやれよ!」と俺。

「はい!」と張り切った声でヨシミツ。

片方のエンジンを失った敵は急に動きが鈍くなる。ヨシミツでも容易に狙えるはずだ。

と思った瞬間、敵の機体が後方視界より急に消えてしまった。

「!?」

「ヨシミツ!敵はどこへ行った!?」と驚いて俺。

「突然、急降下に入りました!追いかけます!」とヨシミツの返答。

下方を見ると黒煙を出しながら敵が懸命にヨシミツを振り切ろうとしている。

ヨシミツもあたり構わず必死にバルカン砲を撃ちまくって撃墜しようとしている。

まるで子供がムキになって喧嘩相手を追いかけているようである。

敵機は公海方向に進路を向けた。どうやら撤退し始めたらしい。

そんなことに全く気づいていないヨシミツは未だ執拗に敵を追い掛け回している。

「ヨシミツ、そこまでだ!」と無線で俺。

「えー!どうしてですか?」と不満げにヨシミツ。

「敵が撤退しているのがわからないのか。俺たちも帰還するぞ」と指示を出す。

「だってあいつらは味方を3機も撃墜したんですよ」と納得のいかない様子のヨシミツ。

「俺たちの任務は敵の戦闘能力さえ奪えばそれでいいんだ。人を殺すことが目的ではない。

それ以上やったらお前は人殺しになるかもしれないぞ」とヨシミツを諭す。

「…わかりました」とヨシミツはまだ今一つ気が済まない様子である。

そこへ…

「こちら自衛隊機、おかげで助かったよ。ドラえもんの機体を操っているパイロットさん、

なかなかいい度胸してるじゃないか。これからもよろしく頼むよ」と無線が入る。

「あっ!いえ!…ありがとうございます」と照れながらヨシミツ。

俺は撃墜された3人のパイロットが心配になり消息を聞いたが、全員脱出に成功らしく

今、救難ヘリがこちらへ向かっているそうでひと安心する。

ヨシミツもその話しを聞いて少しは気が済んだようだ。

「何はともあれ敵機を撃墜したのは今日が初めてだろ?お祝いに今夜、仕事が終わったあと飲みにでも行くか?」とヨシミツに話しかける。

「あっ!いいっすねー。今日のお礼に僕がおごりますよ。」とヨシミツ。

「そうか!悪いなー。じゃあせっかくだから家族全員で押しかけるからよろしく頼むよ」と俺。

「えっ!マジっすか!」と裏返った声でヨシミツ。

「ハハハ、冗談だよ。【居酒屋 源さん】で良ければ俺がごちそうしてやるよ。どうだ?」と俺。

「ありがとうございます!じゃあ遠慮なくゴチになります!」と嬉しそうにヨシミツ。


ヨシミツのドラえもん号に塗り残されたワックスが上空の寒気で真っ白に凍っている。

いつもと様子の違う機体を見てヨシミツが少しだけ大きくなったような感覚をうける。

中野基地の方向に向け2機並んで大きく旋回をしはじめると、ヨシミツの翼から鋭い飛行機雲が

空に描かれはじめた。

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