今夜、あなたの下着を盗みます。

古澤 

あなたの下着を盗みます。

 予告状。

 9月4日、水曜日、午後8時。あなたの下着を盗みます。

 ー ベランダの怪人 ー


 アイツが街に現れたのは、星の見えない夜だった。小嵐こがらしがすすきを揺らし、小川の水面で鮎が跳ねる。蛍なんかも葉の裏に隠れていた。静かな夜だった。


 京極きょうごく真冬まふゆは予告状の届いたアパートに後輩と2人で張り込んでいた。時刻は19時50分。彼らが現場に到着して1時間が過ぎようとしていた。


「先輩、予告状を出す下着泥棒なんて本当にいるんすか」


「分からん。まあ、いない方がいいよな」


 パトカーの中で真冬はカップヌードルをすする。後輩の谷口たにぐちは「太るから夜は少ない方がいいっすよ。まあ先輩はお綺麗なんで、あんまり気にすることないっすけど」と言って、ウイダーインゼリーを飲んだ。こう言うことをサラッと言うところが、鼻について気持ち悪くて、真冬は大嫌いだった。


 予告状を受け取った被害者は木乃宮きのみやかえで、23歳、地方中枢都市で働く銀行員だ。都市部から電車で30分ほどのベッドタウンで暮らしており、学生時代は弓道部だったようだ。この予告状を受け取って、すぐに警察に相談をしてくれたおかげで余裕を持って真冬達も現場で張り込みができた。木宮さんには自身に危害が加わらないように、下着達と共に月曜日からホテル暮らしをしてもらっている。では、なぜ月曜日からなのか。下着泥棒に関わらず、異性の個人を対象として向けられた性犯罪はおのずとストーキングが入り口であるためだ。今回も犯人が彼女の家を特定しているのがよい証拠だ。あくまで時間を予告されているとはいえ、いつ実行されるか分からないのが性犯罪。念には念を置いて、早めに対処をすることが最適解である。もちろん、彼女も喜んで了承してくれた。犯人という余計なストレスや恐怖心に怯えて過ごさないで済むし、ホテルが職場近くて通うのが楽になったと喜んでいたほどだ。


 犯罪というものは被害者はもちろん、その他の関係者にも多大なる迷惑をかけ、善良な人間に恐怖心を植え付ける。下着泥棒など、絶対にしてはいけないのだ。


 パトカーの中で辺りを見回す。けれど、人が来る気配はない。時刻はもうすぐ、20時になる。真冬にはもちろん、谷口にも緊張感が走った。もしかすると、本当に犯人が現れるかもしれない。


 予告時間まで、あと10秒。9、8、7、6、5、4、3、2、1、0。


 犯人は現れなかった。

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