第10話 告白

「ヴァンパイアだって?」


 女性ドルイドのマルフォイがおそれに満ちた声でつぶやいた。


「やはり、あの魔法使いの言ったことは本当だったんだ……」


 カイ・エモが、ドルイドの象徴しょうちょうである緑のとんがり帽子を脱ぎすてる。ふだんは無表情な彼であるか、あえて口の中の牙をみせるように、大げさな笑みを浮かべた。


「……正気を失ったか、カイ・エモ?」


 第三階位のガーディンが絶句ぜっくしながらもどうにか言葉を絞り出す。


「あなた方以上に正気さ、きっと。<黒い森>は死に、ドルイドは力を失う。我々に、もはや居場所はなくなるだろう。それを見越したからこそ、おまえも金儲けに勤しんでいるのであろう、ゴーシェ?」


 カイ・エモは淡々と言葉をつむぐ。無感情なものいいは、いまや不死の者であることの不気味さを引き立てるばかりであった。


 第七階位のゴーシェはうらみ深そうに若きドルイドだった存在をにらみつけた。


 カイ・エモは、退屈そうに小さく息をついた。


「理解してくれるひとはいないのかなぁ。ドルイドの時代は終わる。わたしは、ロスロナス卿とともに、この地に新たな勢力を築くことにした」

「ふざけるな」


 ゴーシェは、護身用のナイフをふところから取りだした。


「おやおや、仮にもドルイドがそんなものに頼るなんて、美しくないねぇ」


 いつの間にか、カイ・エモの周囲には、とこからともなく現れた蝶たちが舞っていた。黒と黄色の羽を持つ蝶たち、まるで骸骨のような模様に見えるものだった。


「きみがせっせと貯めたお金は、私たちの目的のために使わせてもらうよ」


 その言葉に、ゴーシェは逆上した。


「よせ」


 制する第六階位のドルイドの手を振り切って、ゴーシェはカイ・エモに飛びかかった。腐っても〈蟷螂とうろうのドルイド〉の異名を持ったゴーシェは、カマキリたちを召喚し、周囲の蝶たちに襲いかからせつつ。


 けれども、個人としての力も、ドルイドとしての力も、カイ・エモの方が一枚もニ枚も上手だった。


 蝶たちの死をまき散らす鱗粉の力により、ゴーシェもカマキリたちも、標的の数歩手前で力尽き、息絶えた。


 カイ・エモは冷ややかにゴーシェの死体を見下ろす。


「もともとゴーシェは処刑するつもりだったが……。さて、きみたちはどうする? 私に従うか、それとも同じように死ぬか」


 先刻せんこくまで仲間だった者を死に追いやったばかりとは思えぬほどに、気だるささえ感じさせる口調でカイ・エモは問うた。


「……何ということを」


 カーディンは怒りと絶望に打ち震えながら言った。


 冷静さを失い、飛びかかるのではないかと懸念したマルフォイが老ドルイドの腕をつかむ。


「よしな、あいつには勝てない」

「賢明な判断だ、マルフォイ」


 カイ・エモはそう言い、しばらくの間をおいて思い出したかのように付け加えた。


「ちなみに、逃げるという選択はないよ。この教会は、すでに墓場からよみがえった死者たちによって包囲されている」


 ドルイドたちは互いの顔を見合わせた。多くの者が、恐怖に顔を青ざめさせている。


「黒い影が墓場を荒らし、死者とともに村を襲う。十四歳を迎えた少女をさらうために……」


 マルフォイが黒い森周辺で最近流れる噂を口にした。


「その”ロスロナス”という奴に、いつから協力しているんだい?」

「うーん」


 カイ・エモは長い爪の生えた指を口元にあててしばし考え込んだ。


「連絡を取るようになったのは、三月ほどまえから。そして、私を不死なる存在にしていただいたのは、ごく最近だな」


 そして、長い爪で自らの牙をなでた。


「マルフォイ、ずる賢いきみならきっと理解してくれるはずだ。きみなら、ロスロナス卿のお目にかなうかも……」

「光栄だね……」


 そうつぶやく女性ドルイドを、こんどはカーディンが振り返る番だった。


 マルフォイは彼女独特の上目遣いで、恐るべき怪物を見上げていた。恐れてはいるが、服従するつもりはなさそうだ。老ドルイドはそう判断した。


 しかし、いったいどうすれば……せめて、ドルイド長のドヴィックがいてくれれば……


 そう思った矢先、凄まじい音と衝撃とともに、<世界樹の館>の正面扉を打ち破って何かが飛び込んできた。


 それは、丸太のような巨大な石柱だった。


 石柱は砂ぼこりをあげながら、カイ・エモとドルイドたちの間に落下し、床をえぐりながら前へ進んだ。そして、世界樹の石柱に当たり、そこで止まった。


「さてさて……」


 飄々ひょうひょうとした声が、つい先ほど石柱が突き破った扉の方から聞こえた。


「残念ながら、死者たちはみんな土に還ったよと、誰に伝えればいいかな?」


 雨の降りしきる屋外から、突き破られた扉をくぐって入ってきたのは、サントエルマの森の魔法使い、クレイ・フィラーゲンだった。



◆◆◆◆◆

<主な登場人物>


クレイ・フィラーゲン 人間離れした竜のような風貌の男。サントエルマの森の魔法使いと名乗っている。


コノル 村を襲撃され、姉を連れ去れれた少年。襲撃者を目撃した者。


ドルヴ・レビック <黒い森>を管理する七人のドルイドの長。厳めしい表情そのままの、厳格で頑固な性格をしている。樹木のドルイドの異名を持つ。<黒い森>の探索に、ひとり向かった。


カイ・エモ 第二階位のドルイド。亜麻色の髪を持つ若い青年。蝶のドルイドの異名を持つ。ロスロナスに心酔し、人間としての道を捨てた。


アビー・カーディン 第三階位のドルイド。レビックと同年代の古参。コノルの祖父。苔のドルイドの異名を持つ。


ニカ・マルフォイ 第五階位のドルイド。唯一の女性ドルイド。独特の上目づかいが特徴。キノコのドルイドの異名を持つ。若いころ、魔法使いに憧れていたこともあり、ドルイドたちの中では最も魔法に詳しい。


ヴァンパイア・ロード ヴァンパイアの主。人間のころの名をロスロナスという。フィラーゲンの知己。

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