第9話 二体目のヴァンパイア

ドルイドたちの教会〈世界樹せかいじゅやかた〉には、ドルイド長のドルヴ・レビックを除く、第二階位から第七階位までの6人のドルイドたちが集合していた。


 世界樹という、ドルイドたちが崇拝すうはいする架空かくうの巨木を模した石柱を中心に、六本の柱で支えられる天井の高い大きな空間だ。


 六本の柱にはランタンの灯りがともり、ゆらゆらとした光を室内に投げかけていた。


 夕刻から降り始めた雨のしとしととした音が、室内にももれ伝わる。湿気を帯びた空気がどこか重苦しかった。


 第七階位のドルイド、ゴーシェが苛立いらだたしげに口を開いた。


「雨のなか、わざわざ我々を招集した理由はなんだ、カイ・エモ?」


 ゴーシェは赤い巻き毛が特徴で、ドルイドでありながら富を成し、近隣の村の領主のようになっている壮年の男性たった。


 古老のドルイドたちをさしおいてナンバー2の地位を得たカイ・エモをあまり好いておらず、その思いをはばからず態度に示していた。


 世界樹の彫像の前で静かにうつむいていたカイ・エモは、ゆっくりと顔をあげた。


「今日は、大切なお話がふたつある」


 ふだんはドルイド長のレビックが会議を取り仕切るため、カイ・エモが目立つことはあまり多くないのだか、それでも他の五人は「おや?」と思っていた。


 いつも冷静なカイ・エモだが、少し様子が違うようだった。


「ひとつめは、たぶん伝え聞いているだろうけど、ドルイド長のレビックが<黒い森>の探索へ向かった」


 第三階位のアビー・ガーディンは驚いたように目を見開いた。


「わしは初耳だぞ!? おまえさん、止めなかったのか?」

「……止めて聞く人ではないことを、あなたが一番ご存知なのでは?」


 若きドルイドの冷ややかな指摘に、ガーディンは言葉を失った。


「自殺行為だ! いまやあの森は危険だ」


 ゴーシェが強く言った。


 カイ・エモは人の悪そうな笑みをう浮かべた。


「あなたが言うと、説得力がありますね。もう2年も森に行っていないことはさておきね」


 ゴーシェも返答に窮した。森の声が聞こえなくなって以降、以前にも増して木々を見に行くことはなくなっていた。いまや、金儲けばかりの日々であることを、仲間のドルイドたちはみな知っている。


 言葉を発する者がいなくなったのをみはからって、カイ・エモはささやくような声で続けた。


「レビックは危険を承知で<黒い森>へ行きました。みなさんの心配のとおり、もはや生きて帰ってこないかもしれません」


 カイ・エモ以外の五人のドルイドたちは、居心地悪そうに互いの顔を見合わせた。


 若きドルイドはさらに続けた。


「レビックは、『あとはおまえに任せる』と言った。いまは、私がドルイド会議の代表です。そして、ドルイド会議を代表して、ふたつめの大切な話をします」


 いまや、五人のドルイドたちは黙ってカイ・エモの演説を聞くしかなかった。


「我々ドルイド会議は、黒い森のヴァンパイアであるロスロナス卿と同盟を結ぶ」 


 その言葉の意味を瞬時に理解できた者はその場にいなかった。混乱が、その場を支配する。


 カイ・エモは、さらに衝撃的な事実を告げた。


「……わたしも、ヴァンパイアだ」



◆◆◆◆◆

<主な登場人物>


クレイ・フィラーゲン 人間離れした竜のような風貌の男。サントエルマの森の魔法使いと名乗っている。


コノル 村を襲撃され、姉を連れ去れれた少年。襲撃者を目撃した者。


ドルヴ・レビック <黒い森>を管理する七人のドルイドの長。厳めしい表情そのままの、厳格で頑固な性格をしている。樹木のドルイドの異名を持つ。


カイ・エモ 第二階位のドルイド。亜麻色の髪を持つ若い青年。蝶のドルイドの異名を持つ。


アビー・カーディン 第三階位のドルイド。レビックと同年代の古参。コノルの祖父。苔のドルイドの異名を持つ。


ニカ・マルフォイ 第五階位のドルイド。唯一の女性ドルイド。独特の上目づかいが特徴。キノコのドルイドの異名を持つ。若いころ、魔法使いに憧れていたこともあり、ドルイドたちの中では最も魔法に詳しい。


ヴァンパイア・ロード ヴァンパイアの主。人間のころの名をロスロナスという。フィラーゲンの知己。

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