第3話 ドルイドの会議

 その日、ヤーヴァの街の広場では、七人のドルイドたちによる会議が開かれていた。


 夏至げし冬至とうじなどの季節の節目ふしめ以外には、きわめてまれなことである。


 屋外の天幕てんまくの下で、円卓えんたくを囲む形式で行われるため、だれでも会議を見学することができる。今回の会議は、その聴衆の多さもまた異例であった。


「先日、カネリーの村が襲撃された。半数近い村人が、犠牲となったらしい……」


 ドルイドの長である、ドルヴ・レビックがいかめしく言った。白髭を伸ばした高齢の男性だ。ドルイドたちはみな、緑色のローブととんがり帽子をかぶっているが、レビックのとんがり帽子が一番背が高い。それは、尊敬のあかしでもあった。


「これで、黒い森のちかくの村が四つ襲われたことになる。災難だね」


 第二階位のカイ・エモがささやくように言った。ドルヴ・レビックの半分の年齢にも満たないであろう、若い青年だ。天幕の一番奥の暗がりに腰をかけているが、長く伸ばした亜麻色の髪がとんがり帽子の後ろからはみ出ているのが見えた。


「よっつ……」


 ドルイドの会議を見守っている群衆からどよめきが起こった。


「敵はなにものなんだ?」


 人々のささやきがさざ波のように走る。


「……墓場を荒らし、死者をあやつる、邪悪なもの――――」


左手に持つ本を眺めていた第五階位のニカ・マルフォイが、淡々とつぶやいた。


「おそらくは、降霊術師ネクロマンサーか、高位の不死者アンデット。もともとは、力のある魔法使いだった者の、成れの果て」


 マルフォイは唯一の女性ドルイドであるが、若いころ魔法使いにあこがれていたこともあり、ドルイドたちの中ではいちばん魔法に詳しい人物であった。


 しかし、冷静なその指摘は人々のざわめきを増させるだけだった。


 第三階位のアビー・カーディンが咳払いをする。ドルイド長と同じくらいの高齢であるが、小柄で柔和にゅうわな表情が特徴であった。


「よさんか、ニカ。人々を不安がらせるな」


 ニカ・マルフォイがぱたんと本を閉じ、挑戦的にカーディンを見た。


「真実から目をそらしては対策もできない。それに、まごを連れ去られたというのに、ずいぶんとのんきなんだな」


 カーディンの柔和な表情が曇る。


「よせ、両者とも」


 ドルイド長のドルヴ・レビックが重々しく言った。


「……だが、問題はその連れ去りだ。庄屋しょうやのケリーの娘が、今週十四歳になる」


 レビックは後ろを振り返り、小さくうなずいた。


 庄屋のケリーが、小さく震えていた。


 レビックは、安心させるように少しほほを緩めた。


「腕利きの戦士を数名雇う。襲撃に備えて、しばらくおぬしの娘の護衛をさせよう」


 それを聞いて、第三階位のカーディンが大きくため息をついた。


「傭兵などあまりあてになりませんぞ、ドルイド長よ。それよりも、<辺境の騎士>フェルバッハ卿に助けを求めてはいかがかな?」


「だめだ、友よ」


 レビックは声を強めていった。


「この土地は、我々が先祖代々守ってきたものだ。よそ者に介入のきっかけを与えるつもりはない」


 そして、少し声を和らげる。


「我らドルイドの苦労、おぬしも知っておろう」


 レビックとカーディンが視線を交わす。


 七人のドルイドの中では最も長く、黒い森とその周辺の村の管理に携わってきた二人だ。苦労も分かち合ってきた。けれども、両者の瞳にはすこし違う色の魂が見て取れた。一方は頑迷がんめい、もう一方は諦観ていかん。そのことは、お互いも良く理解している。


「そもそも、十四歳の少女をさらって、いったい何をしていんだろうね」


 女ドルイドのマルフォイが、再び本に視線を落としながらつぶやいた。


「まあ、ろくでもないことなんだろうけど……」


 その言葉を聞き、庄屋のケリーがさらに青ざめる。

 

ドルイド長のレビックは、渋い顔をしながらあごひげをしごき、しばし考え込んだ。普段は活気のある街の広場が、重苦しい沈黙に包まれる。


 その沈黙は、飄々ひょうひょうとした声に突如とつじょやぶられた。


「いい方法があるぜ、ドルイドの方々!」


 そう言って、群衆の間から進み出てきたのは、黒いマントにすっぽりと身をくるんだ人間離れした容貌の男だった。たてがみのような白い髪をたなびかせている。右手には、立派な銀の杖。


 その男の脇から、少年が飛び出てきてドルイドの円卓へと向かった。


「じいちゃん!」


 第三階位のアビー・カーディンが驚きのあまり立ち上がった。


「コノル、無事だったか!」


 会場がざわめきたつ。


 高齢のドルイドのもとに少年が駆け寄り、抱擁ほうようをかわす。


 しばらくその様子を眺めていたドルイド長のレビックだったが、やがていかめしい表情で銀色の杖を持った白髪の男を見つめた。


「この街への旅人は、珍しいが……」


 よそ者が権威あるドルイド会議に突然口を挟んだことが気に入らないようだった。


「……カーディンの孫に免じて、発言を許可しよう、よそ者よ」


 白髪の男は、そんなレビックの心も見透かすかのように、わずかに口元を緩めた。そして、堂々と言葉を発する。


「私が襲撃者しゅうげきしゃを捕らえよう。<黒い森>を探索する許可が欲しい、森の管理者たちよ」


 ドルイドたちは、思わず顔を見合わせた。


 男は続ける。


「私は、クレイ・フィラーゲン。サントエルマの森から来た」



◆◆◆◆◆

<主な登場人物>


クレイ・フィラーゲン 人間離れした竜のような風貌の男。サントエルマの森の魔法使いと名乗っている。

挿絵:

https://kakuyomu.jp/users/AwajiKoju/news/16818093076329444390


コノル 村を襲撃され、姉を連れ去れれた少年。黒い影の襲撃の目撃者。


ドルヴ・レビック <黒い森>を管理する七人のドルイドの長。厳めしい表情そのままの、厳格で頑固な性格をしている。樹木のドルイドの異名を持つ。


カイ・エモ 第二階位のドルイド。亜麻色の髪を持つ若い青年。蝶のドルイドの異名を持つ。


アビー・カーディン 第三階位のドルイド。レビックと同年代の古参。コノルの祖父。苔のドルイドの異名を持つ。


ニカ・マルフォイ 第五階位のドルイド。唯一の女性ドルイド。独特の上目づかいが特徴。キノコのドルイドの異名を持つ。若いころ、魔法使いに憧れていたこともあり、ドルイドたちの中では最も魔法に詳しい。


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