第39話 股割りは専門家の指導の下行いましょう。
普段よりも早くに目が覚めてしまったが、昨日の風呂の効果か目覚めはスッキリで二度寝する気分でも無く、そのまま朝飯前の仕事をする事に決める。
鍛冶場に行き、昨日使った物よりも小さい平桶を借り、昨日の穴の所に向かう。
辺りはまだ暗いので片手には松明代わりの燃え差しの薪木を持ち、片手には小さい桶を持っている。
穴を覗き込むと浅い方は砂利や落ち葉や木屑などが溜まっており、深い方には水気の切れた、キメの細かい泥が溜まって居るのが見える。
クリンは地面に薪を突きさし照明代わりすると、溜まった泥を手で掬い取ってみる。中々良い土の様で、適度な粘りがあり十分使えそうに見える。
その事に一人ニヤニヤしながら桶に泥を移していく。
絵面的に、やはり泥遊びをしている幼児にしか見えない。が、彼はこの泥を原料にして粘土を作り土器を作っていくつもりである。
思っていたよりは多くの泥が溜まっていた様で、桶一つでは足りないと見たクリンは、一度泥を小屋に運び、鍛冶場から別の桶を二つ借り出す。
それで何とか粗方の泥を採取し終わり、桶を小屋に運んだ後は手製シャベルで二つの穴を埋めた。流石にそのままにしたら見た目が悪いし、誰かが穴で転んだら寝覚めが悪い。
そこまでやってもまだ日が昇っては居ないので、そのまま小屋の前に泥の入った桶を並べて、泥を捏ね始める。水を少し掛けて泥を練り、粘りが出て硬くなってきたらまた少し水を掛けて練る。時々泥の塊を持ち上げて桶底に叩きつけ、また練る。
——コネコネ、ペッタンペッタン、コネコネコネ、ペッタンペッタンペッタン——
「何か段々楽しくなってきた……粘土遊びなんて幼稚園以来じゃなかろうか……」
遊びでは無いのだが、粘りを増していく泥が徐々に粘土に変わっていく様子は、前世での粘土遊びを思い出させる。ついつい途中で怪獣っぽい形に練ったり、百獣の王を模した形にしたりして遊んでしまう。
土器作りあるあるである。精製した粘土の素は意外と手触りが心地良いので、つい捏ね繰り回したくなってしまう物だ。
「…………はっ!? いかんいかん、つい熱中してしまったっ!! 恐るべし手作り粘土……」
気が付けば前世で人気があったキャラクター、チベットスナギツネをモデルにしたゆるキャラを真剣に作り出している自分に気が付き、押しつぶして形を崩すと練りに戻る。
決して自分で形作ったキツネの目つきが正確に再現出来過ぎてしまい、そのせいで我に返った訳では無い。
練り上がった粘土は少し寝かしておく。その方が綺麗な仕上がりになる。らしい。流石に前世で色々やったクリンであっても土器作りは初めてなので、知識で知っていただけであるため、どこまでの違いが有るのかは謎だ。
思わぬ脱線をした為に、そろそろ辺りも明るくなってきている。水路の水で手を洗うと、クリンは乾燥させていた石鹸の所に向かう。
「よーしよし、順調に固まっているな。この位まで固まれば……」
一旦小屋に戻り鈍らナイフを手に戻ると、固まった石鹸を型枠に使っていた真鍮の箱から外し、適当な大きさに切り分ける。前世の石鹸よりも一回り位は大きいかも知れない。
乾燥が進んでから切り分けると崩れる可能性が高くなる為、柔らかい内に切り分けておく方が後々楽だし、結果として乾燥も早くなる。
切り分けた石鹸は小屋だと邪魔になるので、鍛冶場の隅っこに場所を借りて並べて置いておく。後は一ヶ月程乾燥させて鹸化が進むのを待つだけだ。
因みに。この世界の一ケ月は三十日である。前世と同じく十二ヶ月で一年だ。ただ、週の概念は異なり、十日で一週間。最初の十日が
そして十二ヶ月の他に十三月に相当する終誕の
この世界には毎月の休日と言う考え方は無いが、代わりに元日とその前後の三日間、国によっては終誕の五日間は休日になり、年の終わりと始まりを盛大に祝うのが習慣になっている。
この終誕の日が入る事で一年は三六五日と地球と同じ日数になっていた。尚、クリンはまだ知らないが一日の時間も二四時間となっている。
——閑話休題——
石鹸の片付けが終わった頃には丁度いい時間になったので朝食を作る事にする。貰ったファングボアの肉がまだ少し残っている。本当は夜に食べたい所だが既に三日目なので夜まで持つか怪しいので朝食で全部使ってしまう事にする。
ラードを塗って保存しておいたから持つとは思うが食べられなくなったら流石に勿体なさすぎる。前世ならいつでも食べられたが今は滅多に食べられないご馳走だ。
「前回はそのまま煮込んじゃったから、今回は焼いてみようかな」
何時もの麦粥と思い込んでいるライ麦粥を煮込んでいる間、外に飛び出し水路脇から食べられそうな野草を適当に引っこ抜いて集める。
こちらでの名前は知らないが、前世でもあった野草類に近い物が結構生えている。この辺りの人も実際に食べているらしいので、案外同じ様な種類なのだと思う。ただし、前の村でクリンの粥に入っていたのはまごう事無き雑草である。
今回はチャイブやマジョラムに似た野草を摘み、井戸から汲んだ水でジャブジャブ洗うと適当に乱切りにしてカットしたボア肉と一緒に鉄鍋で焼いて行く。味付けは塩だ。と言うかそれしかない。
「おおおおお……いい匂いだ……この辺の野草って確か西洋じゃハーブとして使われていたんだっけか。ショウガとはまた違った香りでコレは中々そそる……」
焼き上がった肉を元からあった木皿に盛り付け、もう一つの木皿に煮上がったライ麦粥。そして壺に詰めて置いた油かす。油かすの良い所は日持ちする所だ。
「うむ……朝から思わぬご馳走になってしまった……でも腐らせるよりいいよねっ! と言う訳でいただきますっ! もう辛抱タマラン!!」
行儀が悪いが竈の前で立ったまま、ライ麦粥の中に焼いた肉を放り込み、油かすを振りかけて粥をかき込む。
前の人が残してあったテーブルもあるには有るのだが、一々運ぶのも面倒だし、誰が見ている訳でも無いので、最近はもっぱら竈の前で食事は済ませている。
粥はほぼ食べつくしたが肉は半分残っている。折角のご馳走、一度には食べない。火を通せば夜まで十分持つ。残りは鍋に入れて置いて夜にライ麦と一緒に煮込んで食べる。
五歳児にしてはオッサン臭い行動だが、一人身など子供でも似た様な物なのだろう。
少年的に朝から贅沢飯を食べた後は恒例の一休み。その後、最近やる様になったストレッチ。本当は昨日の風呂上りにもやりたかったのだが久しぶりの風呂の心地よさに直ぐに寝てしまった。
ストレッチは体が温まっている時の方が効率がいいとされている。なので食事で体温が上がった頃にストレッチをするのがここ最近の日課だ。ただ食後すぐは推奨されていないので必ず食休みしてからするようにしている。
最近気が付いたのだが、どうも今とゲーム時代とでは身体の柔らかさが異なっている気がするのだ。
まだ子供だから大人になれば変わるのかもしれないが、職人と言うのは結構色々な態勢を取る。専門職なら決まった動きしかしないがクリンの場合はゲームの影響もありオールマイティーにどんな職種の製造も行う。例えば革職人と木工職人では必要になって来る姿勢や態勢が変わる。扱う素材が違うのだから当然だ。
そうなって来ると、どんな職種でも対応できる姿勢、それが取れる体が必要不可欠。つまり柔軟性が必要になって来る。
単一の職種を極めるならそこまで必要は無いが、マルチクラフトを目指すなら可動域を広くできる為にも柔軟性はあった方が良い。
前世ではそれこそ周りにその手の専門家がズラリと居る。聞いた訳でも無いのに六歳位から柔軟性が低下し八歳位で筋や腱が硬くなっていくと教えてくれる親切な腕時計の趣味の悪い人物が耳にタコが出来る位に教えてくれていた。
丁度今は五歳の体。今の内に柔軟性を高めて維持出来ればゲームの時並みの柔らかい体になる筈。そう思いストレッチをする事に決めた。そして何より——
「この位の歳から柔軟やって居れば股割りしなくても開脚出来る様になる筈!!」
それに尽きる。体が動かなくなる前にあれこれチャレンジしていた時期に、体操を習っていた時期があり、その時に股割りをされた。余り推奨されてはいないが、時間が無かった当時のクリンはそれで柔軟な体になるならとやったのだが……正直二度と御免である。 あの時は冗談抜きで股が裂けるかと思った物だ。
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