酒場にて

 夜の煌めく繁華街を歩いている。二人は1時間5千円で酒が飲める店に入っていく。席に案内されるとキャバクラ嬢が二人、それぞれの横についた。二人とも若くてそこそこの美人である。特に聡についた女は可愛く、聡は大きく開いた胸を見てドギマギしている。

 カズは上機嫌で隣の女と話し始める。聡は今日勝負を途中でやめたことを引きずっていて、はしゃぐ気にはなれない。しかし今日の勝負はなんとかプラスで終わった。それだけでよしとした。

 聡についている女が酒をねだってくる。言う通りにするとボーイがシャンパンを持ってきて、女が飲み始めた。歳は24、5同い年ぐらいか。いくらぐらい稼げるんだろう。毎日酒を飲まなくちゃいけない仕事なんだろう。つらくはないんだろうか。聡はぼんやりとそんなことを考えていた。

「っていうことで今日も二人とも大勝ちだ。なあ聡」

 カズが聡に話を振ってきた。聡はシャンパンをあおり、適当にうなずいた。

「実際、おれ達の仕事は世間様から見ると、ただ遊んでいるだけにしか見えないだろうよ。でも仕事となると、まる1日パチンコ台にしがみついてちゃならないきつい仕事なんだよ」

 カズについている女は大げさに相づちを打っている。カズが開けっぴろげに仕事の話をしているのを意外に感じた。カズは人が変わったようにべらべらしゃべっている。ときたまこういう女たちに仕事の話をしないとカズもやっていけないのだろう。

「年収かい。そうだな700万程度かな。そこらの企業の課長クラスぐらいだよ」

 ついに年収までばらしている。聡は少しあきれてカズを見る。

 女は客がパチプロという特殊な者ということもあり、興味津々に話を聞いている。

「1日でいちばん勝ったのは27万円だ。朝から晩までずっと出しっぱなしだったよ。巨大なドル箱タワーを築いて、見物客に囲まれて参った覚えがあるな」

 これは聡も聞いたことがなかった。カズほど長くやっていれば、そういうこともあるのだろう。

「27万オーバーになるともう、1日中出さなくちゃそこまで届かない。限界は30万円ぐらいだろうよ」

 カズが得意げに話している。

「まあその分負け続けることもあるんだけどな」

 女がうなずく。

「彼女はいるの」

「あー、こいつにはいるが、おれにはいないよ。どう、付き合ってみる?」

「付き合おうか?」

 女が即答する。

「お名前、なんていうの」

「カズっていうんだよ。こいつは聡。よろしくな」

 カズは出されたシャンパンを一気に飲み干す。

「カズさんイケメンね。ほんとに好きになってしまいそう」

 女はそう言うと、カズにしなだれかかる。カズは女の肩に手を回しいい雰囲気だ。

 カズは酔うままに崩れていく。

「話は変わりますがカズさんは結婚とかはどう考えているんです?」

 女と一緒にカズの話を聞いていた聡はこんな質問を思わず投げかけた。するとカズは財布を出し、一万円札を2枚取り出しそれを女二人の胸に押し込んだ。

「これからこいつと一騎打ちだ。ちょっと席を外してくれよ」

 女たちは大喜びでどこかに消えていった。


「この仕事をやってる限り結婚なんてできないよ」

 カズがグラスの酒をあおる。

「さっきも話しただろう。いつ飯が食えなくなるか分かったもんじゃないのがパチプロってもんだ。店の方はおれ達のことなど気にもとめていない。等価交換の方が儲かると踏んだらすぐにそちらに寝返るさ。夏海ちゃんだったかな。稼ぎがなくなれば女も逃げていく。結婚をした責任をお前はとれるか。女をバツイチにした罪は重いぞ。だから田舎に帰って就職しろと言ったんだよ。女が欲しけりゃ金で買える。それで満足しなけりゃならないのがこの稼業だ」

「僕は学生の頃、真剣に夏海との結婚を考えていたんです。でもいくら企業に面接に行っても1つも内定が取れなかった姿をみせてしまって……夏海はおろおろしている僕を見限って連絡も取れなくなってしまったんです。だからいま、これだけの収入があれば結婚も夢じゃないかと」

 するとカズは鬼のような形相をして立ち上がった。

「ふん、へなちょめ。この仕事はそんなに甘くはないんだよ!いまがいいからといってそれがずっと続く保証なんて何もない。夢は夢のまま終わらせておくんだな!」

 聡もグラスをテーブルに投げ出し、立ち上がって反発する。

「現に金井さんなんか妻子持ちでしょう!カズさんは自分の小さな価値観に縛られて、夏海がいる僕がうらやましいんじゃないんですか!だから嫉妬をして怒鳴っている。違いますか!」

「なんだとう!」

 カズが聡の胸倉をつかむ。

「もう一度言ってみろ!」

「何度でもいいますよ。カズさんの価値観をおれに押し付けないでくださいよ!嫉妬してうらやましくてひがんで大声を出してみっともない!こんな人だったとは思いませんでしたよ!」

 カズはますます強く手に力をこめる。

「そこまで稼げるようにしてやったのは誰だと思ってるんだ!」

「それはカズさんですけど、それとこれとでは別の話でしょう!おれは夏海と結婚して幸せに生きてみせますよ。カズさんにはその勇気も度胸もない。そうじゃないですか!」

「この野郎!」

 

 バシィ!


 カズは聡を平手で張り倒した。

 しばらくの沈黙。カズは荒く息をしている。

「なぜ叩いたんですか。図星だったからでしょう!」

 カズは何も言わない。

「そうやって世間を恨み、自分の人生を呪って生きていけばいいじゃないですか。おれは違います。夏海を背負っていく覚悟がある。自分にその覚悟がないからカっとなって手を出す。最低ですよ!」

 どたりとソファーに倒れ込むカズ。またグラスの酒をあおる。

「そうだよ。ひがんでるんだよ!ねたんでるんだよ!悪いか!お前におれの苦しみなんて分かりっこない……」

 聡は黙り込んだ。

「10年前おれも女と一緒にくらしていた。しかし金のいざこざが絶えなかった。女に財布は預けられない。財布はパチプロにとって小遣い入れじゃない、仕事の金だ。このことはいくら説明しても話が通じない。そして金をよこせとケンカになる。最後は飛び出していったよ。世を恨み、女を恨み、自分をも恨み……なんて情けないんだおれという男はと、本当は自分がいちばん分ってるんだ」

 聡はカズが憐れになった。

「……帰りましょうか」

「ああ」


 夜の街に戻って二人は歩いていく。見えない明日に震えながら。




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