第5話 お兄さんさー。一緒にこの謎、解いてくんない?

 互いの素性すじょうなんかは曖昧あいまいなまま、ギャルと俺は酒宴を続けていく。

 未だに自己紹介すらしていないので相手の名前さえ分からないことに気づいたが、まあ、必要なことだとは思わなかった。どうせ彼女の家の人が迎えにくるまでの、ただ数時間限りの関係である。マンションのお隣さんであれば『今後とものお付き合い』がある可能性は否めないが、今まで顔を合わすことがなかったのだ。ということは、これからも出会う頻度はたかが知れていることだろう。

 そういう理由もあり、互いの認識は『お隣の大学生ギャル』と『お隣のサラリーマン』ぐらいで済ませるのがいいのではないかと思う。


「──んで、そいつがデジタルデトックスをするって言い出したら、なんか変なのが流行はやっちゃってー」


 今現在は、彼女の大学生活において、流行している出来事できごとを聞いている最中である。

 なんでもSNS断ちを突発的に思いついた友人がおり、その人を起点にして、学内では古典的なやり取りが流行り出したのだという。


「変なのってどんなの?」

「んー……なんか『手紙』というかー」


 手紙をしたためて、おかしな文面がないか推敲し、真心を込めて相手に手渡すという、古流な方法が友人グループの中でのトレンドなのだと彼女は言う。連絡手段といえばSNSが全盛の時代に、それはなんとも酔狂なものだ。


「それは手渡しするの?」

「そだよ」

「口頭で伝えたほうが早くない?」

「わかってないなーお兄さんは、文通だよ、文通。奥ゆかしき和の心ってやつー?」


 キャハハと笑うギャルから『和の心』を語られるとは思わなんだ。

 少々、憮然ぶぜんとした気持ちを覚えながらも「そうなんだね」と相槌を打つ。


「まあめっちゃ忙しい時は手渡しじゃなくて、みんな相手のかばんとか私物入れとか、あと筆記用具入れに忍ばせたりしててさー。それが気づかれない時もあったりして、超ウケるくない?」

「興味深い話ではあるけど超はウケないね」

「お兄さんノリ悪いー」


 冬の雪空の下に、楽しそうな笑い声があがる。

 夜もそろそろいい時間であった。

 外へと視線を向けると、五階の高さから見える街の光が段々と消灯していくのが分かる。ということは、世のお父さんたちはこれから白いおひげの赤帽子にふんして、抜き足、差し足、忍び足と頑張っていることだろう。世の恋人たちについては努めて考えないようにしている。

 そんな俺の視線に気づいたのだろうか、彼女はケーキをヒョイと口に含ませながら──


「不思議だよねー」


 と、呟いた。


「不思議?」

「うん、だって──」


 そう言って彼女は麦酒を一口含む。今更ながらに麦酒にケーキという食い合わせは微妙でないかと思うが、黙って話を聞いた。


「この光の一つ一つにさ、いろんな家があって、もしかしたら私とお兄さんみたいに楽しくやってるかもしれないでしょ?」

「楽しくしているかは知らないけど……」

「あー照れてるー」

「照れてない……それで?」

「んでさ。やっぱり世界って広いんだなーって思うんだよ。目に見える範囲でこれだけ光ってんならさ、私が知ってる世界ってのはやっぱり小さいなって」

「ふーん」

「あ、お兄さんバカにしてない?」

「してないしてない。まあでも……自分がちっぽけな存在に思えるって感覚には同意できるかもしれない」

「うーん……そんなネガってる気持ちを吐露とろした覚えはないんだけどなー」


 彼女はそう言って、視線をケーキへと戻した。

 ヒョイ、パクリと。

 そんなお気楽な様子の彼女を見つつ、俺は尋ねてみる。


「自分がちっぽけな奴だと感じたとき、君だったら、それからどうしようと思うんだい?」

「へ? ビックになるだけっしょ」

「君は将来きっと大物になれるよ」


 真っ直ぐな若さは、くたびれたサラリーマンにとっては少しまぶしすぎた。


 ──

 ──


「──あーっ!!」


 少々しんみりとした気分になり、しみじみと麦酒に口をつけていたならば、大声に驚いてむせてしまう。横を見れば、何か重大な事を思い出したかのように口をあんぐりと開けているギャルがいた。「なんだなんだ?」と尋ねると、彼女は「不思議なことで思い出したっ!」と勢い込んで言う。


「今日、めっっちゃ!」

「めっちゃ?」

「摩訶不思議アドベンチャーなことがあったんだけどっ!?」

「君の歳でよく知ってるね」


 俺の歳でも怪しいのに。


「ねえねえねえお兄さん、聞いて聞いて聞いて!」

「はいはいはい、とりあえず落ち着いて」


 なだめすかすと彼女は少しだけたかぶりをおさめて、しかしそれでも興奮を抑えきれない様子で口を開いた。


「私、今日とても不思議なことに出くわしてさー。おかげで部屋を閉め出されちゃったんだよねー」

「はあ」


 彼女はそれのせいで寒い思いをしたというが、その口ぶりからはいまいち要領を得ない。


「不思議でさー、謎でさー、めっちゃ謎!」

「それで君はその謎をどうしたんだい?」


 だからつい、核心をつくような質問をしてしまった。論理的帰結を求めてしまうのは男性の悪いくせだと言われることもあるが、それでもどうしても結論を求めてしまう。「君はいったい何がしたいの?」


「うん!」


 すると彼女はまるで、好奇心を抑えきれない子供のような笑顔を見せて言った。


「お兄さんさー。一緒にこの謎、解いてくんない?」

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