玄関前のメリークリスマス

久保良文

玄関前の邂逅

第1話 ギャルだ、ギャルがいる

 社会人は働かねばならぬ、たとえそれがクリスマスイブの日であろうとも。


「つ……疲れた──」


 トラブル発生による残業はもつれにもつれてしまい、結局は夜遅くの帰宅となる。せっかく今年のイブは連休の前日だからと、職場全体で定時退社の気運が高まっていたはずなのに、だ。


 ──プレミアムフライデーってどこいったんだよ?


 とりあえず、余計な仕事を持ち込んできたあのクライアントには『しねしねこうせん』をお見舞いすることを心に決めて、マンションの階段を登る。


 マンションといってもリッチなタワマンなどではなく、五階建ての比較的小さな物件だ。独身のサラリーマンや一人暮らしの大学生などが居住する。つまりはそれぐらいの収入層の集合住宅。庶民的といえば庶民的であろう。


「だからエレベーターがないんだよ」


 誰にともいうことなく愚痴ぐちを吐く。

 俺の居住する部屋は501号室──最上階の角部屋だった。つまりはマンションのエントランスから一番遠い場所にある。毎日の出退勤により、ある程度慣れたつもりであっても、ビル五階分の階段運動は身体とそして心にもくるものがあった。


 疲労が全て足に現れている。


 フラフラとした足取りでなんとか階段を登りきると、手に提げられたビニール袋がグルグルと揺れている。せめてものなぐさみにと、帰宅途中のコンビニでクリスマスケーキを買ったのだが、もしかしたら中身はぐちゃぐちゃかもしれない。そんなことを考えると尚更惨なおさらみじめな気持ちになる。


「もういいや……早く帰って一杯やろう」


 こういう時は何もかもをかなぐり捨てて酒におぼれるのが良い。

 自棄やけっぱちにならないとやってられない心境だった。ずっと寒い廊下に突っ立っていることに何の意味もないからには、早々に自宅へと駆け込むべく歩を進める。


 暗いが短い廊下だ。


 一息つく間もなく、自宅の玄関へと到着するはずだった。しかしそれは予想外の存在によりはばまれることになる。


 ──廊下の先に……誰かいる?


 長い廊下の奥の方。突き当たりの少し手前に『何か』がうずくまっているように見えた。そして近づくにつれ、それがいったい何なのか、次第にはっきりしてくる。


「あ、こんばんわー」

「こ、こんばんは」


 ギャルだ。

 ギャルがいる。


 挨拶あいさつをされたから挨拶を返したが、状況が微塵も理解できない。

 俺の部屋の手前──502号室の扉の前に一人の女性が座り込んでいた。彼女は寒そうに身を抱きながら、さりとて何をするでもなく、ぼんやりと空を眺めているようだった。


「……どうかしたんですか?」


 とにかく何があったのか尋ねてみる。すると彼女はバツが悪そうに眉尻を下げると「かぎ……失くしちゃった」と言った。


「あー……」


 それはまた災難なことだ。

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