第22話 日野の寺にもどると…

 竜泉寺の道場に戻ってみると、すっかり綺麗になった床の上に、亜蘭、郁恵、

剛田、小暮勇、城戸弘、が正座していて、乾明人 伊地家益美が目隠しをして、

棒の様なものを持って、気配を探る様に、忍び足で動いていた。

 突然、乾明人が棒を振り回したが空を切った。

「何やっているの?」

 海里は郁恵に聞いた。

「気配ぎり。

 でも、金木犀の匂いはしているのよ。

 目隠しのハチマキに金木犀がさしてあるでしょう」

 なるほど、額のところにオレンジ色の小花が出ている。

「あの香りで相手を探って気配ぎりするの。

 負けたチームが便所掃除をするので、必死にやっているのよ」

「それだけじゃないんだよ」

 と小暮勇が言った。

「花の香りをかいでから斬るまでのスピードは、転ぶ時に手を付くぐらいの速さ、

つまり無意識的にやるから、つまり受動意識仮説的になるから解脱も出来るかも

知れないし」

「シーっ」

 と亜蘭。

 気配切りの方は、伊地家がクンクンしながら乾明人の方に向いたところ。

 そして棒を振り上げると思いきり振り下ろした。

 ぽかーんとヒットする。

「一本」

 と剛田。

「伊地家は人を斬る才能があるなあ」

 と小暮勇。

「じゃあ、乾明人と小暮勇、城戸弘の三羽烏は便所掃除だな。

 残りはマキ割」

 と亜蘭。

 道場から小道をはさんで台所の建屋がある。

 その前には、生垣があってその前がマキ割場。

 建物の脇には屋根付きの薪置き場があって、丸太が積んである。

「じゃあ、お前ら便所掃除ねー」

 と亜蘭。

「おっけーおっけ」

 言うと三羽烏は台所のすりガラスを開ける。

「どこだか分かる?」

 と郁恵

「あー、多分ね」

 と三羽烏。

「じゃあ、僕らはマキ割だ」

 と亜蘭。

 まず亜蘭、剛田が、台車に丸太を積んで、マキ割場までもってくる。

「それじゃあまず1本取り出しまして」

 と亜蘭は丸太をマキ割台に立てた。

 そんきょの姿勢でナタをかまえる。

 そして振り上げると、一気に振り下ろす。

 ぱかーんとマキは割れた。

「こうやればいいんだよ。

 じゃあ、伊地家、やってみな」

 言うと、マキ割台に1本立ててやる。

 伊地家は見よう見まねで、そんきょの姿勢から、両手でぐらぐらとナタを持ち

上げると振り下ろした。

 丸太の端っこにチップして、丸太が倒れる

「目を離さないで。

 ナタの重さを利用して、振り下ろすんだよ」

 真顔で頷くと、丸太をたてる。

 そんきょの姿勢でマキを凝視し、ナタを振り下ろす。

 ぱきーんといい音がしてマキが真っ二つになった。

「よっしゃー」

 そしてもう一個。

 ぱきーん。

 順調にマキは割れていった。

 マキ割の台の向こうは金木犀が植わっていて、甘いにおいがただよってきていた。

 そして伊地家はひたすら、ナタを振り下ろす。

「こっちはよさそうだから、風呂でも洗いにいこうか」

 と郁恵。

「そうね」

 と海里。

(そうだ、郁恵と一緒にいて守らないと。)

 台所の建屋のすりガラスを開けると土間があって、右手に、木をくべて焚く

風呂の釜があった。

 左の上がり框を上がると台所だった。

 台所を抜けて先の廊下を行くと、風呂場と便所が隣り合わせにある。

 小暮勇、乾明人、城戸弘の三羽烏が便所掃除をしていて、何故か、

犬山以下三銃士が居た。

「あれー、あんた達。

 蓮美は大丈夫?」

 と海里。

「大丈夫だよ。

 じいさんを新幹線に乗せて、蓮美も家に帰ったところ」

 と犬山。

「ふーん」

「じゃあ、掃除するか」

 と郁恵。

 脱衣所の奥のすりガラスを開けると、タイルで出来た大きな風呂場が見えた。

 洗い場の蛇口だけで3つもある。

 郁恵がデッキブラシとホースに洗剤をもってくる。

「海里、その風呂桶で洗剤を薄めたら、適当にまいてよ、私がこするから」

「おっけー」

 海里が洗剤、ホースを受け取ると、郁恵は腕まくりをして、髪を束ねると

かんざしでさした。

 それには金木犀の髪飾りがついてる。

「あれっ、それ、誰に」

 と海里。

「亜蘭君に」

「へー、何時の間に」

(亜蘭は郁恵が好きなのかなあ。

 いやに伊地家に張り付いていた気もするが、あんなさえない伊地家益美。

 人は見た目が90%)

 と海里は思う。

 そのさえない伊地家が台車にマキとナタを乗せて土間に入ってきた。

 釜の前に台車を停車させるとあたりを見回して、

「郁恵ー」

 と怒鳴る。

「郁恵ー、マキはどこにおけばいいの? 郁恵ぇー」

 風呂場でデッキブラシをかけようとしていた郁恵が気付いて、

「呼んでいる。

 ちょっとこれお願い」

 言うと、デッキブラシを海里に預けて、台所の土間の方に行った。

 そして、上がり框から首を出して、伊地家に、

「マキは、その釜の前に下ろしておいて。

 あとナタはその棚の上に戻しておいて」

「分かった」

 とナタを持ち上げると伊地家はぼーっと郁恵を見た。

 風呂場の方から土間の方へと隙間風が流れて、郁恵の髪飾りの金木犀の香りの

粒子が伊地家の鼻腔に到達した、その瞬間、

「ぎゃー」

 という物凄い声をともに伊地家がナタを振り下ろした。

 ナタは郁恵の眉間に食い込んで、脳漿炸裂。

 ぷしゃーっと真っ赤な液体が噴出させながら、郁恵は、台所の板の間から

土間に倒れ込んでいった

 その物音に気付いた海里は

(しまった)と思った。


 それからは大騒ぎ。

 救急車が来て、明らかに死んでいる郁恵が搬送された。

 郁恵の両親と寺男もついていった。

 その場にへたり込んでいる伊地家を警察官が取り囲んだ。

「君、いったいなんだってこんな事を」

 と初老の警察官が言った。

「私はわたしは、ワタシは」

 宙を見ながら宇宙人の様に話す。

「奇跡を見せられて魅せられてしまった。

 あなたはもう椅子から立てなくなる、と言われて本当に立てなかったから」

「なんお話だね」

「だから、この人は催眠の事はなんでも知っていると思って」

「訳がわからんな。

 とにかく署に連行して詳しく聞こう」

 3、4人の警察官と一緒に伊地家は連れていかれた。

 それでも、まだ土間には7人ぐらいの警官がいて、うんこ座りで写真を撮ったり

凶器のナタをジップロックに入れていたりしていた。

 台所の中には、剛田、小暮勇と乾明人、城戸弘の三羽烏、犬山、猿田、雉川、

の三銃士、そして海里がいた。

「亜蘭は?」

 つぶやくように海里が言った。

「ああ、黒川公園の丘に行くって。

 あそこからは、遠くに浄土が見えるとか言って」

 と犬山。

「じゃあ、行かなくちゃ」

 言うと、海里は土間にあったナップを背負った。

「みんなも来て」

「なんで?」

 と剛田。

「私、分かったの、全部分かった」

 年かさのいった警官が上がり框に近寄ってきた。

「あなた達にも聞きたい事があるんですがねえ」

 とその警官が言った。

「後にして」

 言うと海里は押しのけて土間に降りると、そのまま出て行った。

 そして他のメンバーもぞろぞろとついていった。

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