仏教高校の殺人

夕霧四郎

第1話 不登校の友達がV系になって復活した

 極楽寺高校は東京都下八王子市にある私立の仏教系高校である。

 今は授業が始まる前で、佐伯海里は3年8組の教室の一番後ろの廊下側の席に

だら~んと突っ伏していた。

 ちょっと受け口で目が離れていて垂れ目。

 ファニーといえばファニーだが、可愛くなくもない。

 そこに後ろの入り口からV系バンギャルメイクの女子が寄ってきた。

「おはよー」

「おは、」

 思わず息を呑む。

「つーか、あんた、誰、だれー、…リエラか」

 2ケ月前から不登校になっていた江良リエラ。

 不登校になってからもチャットとかはしていたが、リアルがこんなになっていた

なんて。

「なんでそんなに」

 と海里はリエラをまじまじと見た。

 耳の軟骨にストレートバーベルのピアスが5つ並んでいる。

 極細眉毛にもピアス。

 髪の毛は黒に赤のヘアカラー。

 ブルーっぽいアイシャドーに、瞳にはグレーのカラコン。

 肌の色は青白く毛細血管が浮き出ていた。

「今日はファンデはつけていないから。

 つーか、もうスッピン捨てているから」

「2ケ月前はあんなおたふくだったのに」

「これには深い理由があるんだよ」

 リエラは隣の空いている席に座った。

「実は夏休みに抜け駆けして代ゼミに行ったんだよ」

「それはチャットでも言ってたじゃん」

「そうしたら、すごいストレスで。

 都内って凄いストレスじゃん。

 山手線なんて乗車率190%とか。

 教室もすし詰め状態で」

「うん」

「しかも教室はシリコンの清潔な感じで。

 そうすると、自分が臭いんじゃないか、って思えてくるんだよ」

「えー」

「厭離穢土(おんりえど)だよ」

 厭離穢土とは娑婆の全てを穢れたものとみなす仏教の考え方である。

「…白い歯、赤い唇といえども、一握りの糞に粉をまぶしたようなもの…」

 とリエラは授業で暗記させられた『往生要集』の一節を言った。

「みたいな気持ちになる。

 吹き出物が気になって、便秘の予感がして、脂肪とかが超気になりだして」

「へー」

「しかも吐き気がしてきてさぁ。

 こんなところでゲロ吐いたらやばい、と思って、屋上に逃げたら」

「うん」

「屋上の金網ごしに、遠くの方に浄土が見えたんだよ。

 ピカピカの10円玉みたいにピカピカの平等院鳳凰堂が見えた。

 うん」

「そこらへんまではチャットで見ていて知っているよ。

 つーか、だからってなんでV系になったのかという」

「だあら、ストレスで自分が厭離穢土になって、遠くに浄土が見えてって、世界が

まっぷたつに分かれたんだけれども、同時に、あれは『スッキリ』のEDだったか

なあ、それで『in The BLOOD EYES』を聞いて、これだ、と思って、ユーチューブ再生

しまくって、一気にクリムゾンまで遡って」

「えぇ」

「厭離穢土で身体は否定したんだけれども、脂肪のない皮膚に、タトゥーとかピアス

とかすれば、一気に逆方法に振り切って、一気に浄土を目指せる」

「えー、なんだよ、それ」

「だから、ストレスで厭離穢土になったんだけれども、そんで浄土が見えたんだ

けれども、V系で浄土に至る道が見えた」

「だからなんでV系なんだよ」

「それは、仏教でも、菩薩だとか如来だとか色々な偶像があって浄土に至る様に、

V系の曲とかファッションとかコスメとか、そういうのでニルヴァーナに至ると実感

しただよ」

「ふーん」

 ここまで喋ると、チャイムが鳴った。

 キーンコーンカーンコーン

「え、もう時間」とリエラ。

「じゃあ、又後でね」

「こりゃあなかなか一回じゃあ説明できないから、おいおいね」

 リエラは隣の7組に行く。

 わざわざ色々言いに来たのは、地元が一緒だからというのもあるし、催眠・瞑想

研究会という一緒の部活のメンバーでもあるというのもあるのだろうか。

 それにしてもびっくりした。

 リエラが引きこもってからチャットではやりとりしていたが、リアルがあんなに

変わっているとは思わなかったから。

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