第4話 精霊がいるなんて聞いてないっ!
「きゃーっ!!」
《墜ちるぞ? 歌え》
《ははっ、気持ち好いなぁ》
大空高く運ばれてしまったセツは、己の現状に全身を総毛立たせた。
斑模様にしか見えない陸地。どれだけ高いのか分からない。
こんなとこから墜ちたら即死っしょーっ!!
つむじ風に運ばれながら、きゃーきゃー叫びつつ、セツは涙目になって歌い続ける。
空にちなんだ歌を。
死物狂いで歌い続けるセツの周りを楽しげに回る七つの何か。それは至福といわんばかりな雰囲気で嬉しそうだ。
《あはははっ! なんと心地好いことかっ!》
《歌姫ね? 私達の歌姫だわっ!》
狂喜乱舞して飛び回る何かの歓声はセツに届かない。驚愕と恐怖と困惑でぐちゃぐちゃな思考の彼女を、妖精モドキどもは嬉しげに森へと運ぶ。
誰も立ち入らない、鬱蒼とした樹海の奥深くへ。
「つ…… つまり、妖精は歌が好きと?」
こっくりと頷く七色の光。
ここは大陸中央に位置する大森林。有無を言わさず連れてこられたセツは、座りやすそうな岩に案内されて腰掛けた。
風も通らぬ深い森。そこを巡るように流れる妖精モドキらは、この風景によく溶け込んでいる。
《言葉は魂が宿り、歌は祈りだ》
《我らはそれを受け取り、込められた祈りに応じた力を与える》
《多くの歌を知り、それを歌える者を我らは慈しみ、対価に見合った力を貸す。それが歌人と呼ばれるシャーマンだよ。勿論、歌人でなくとも捧げられた歌を僕達は歓んで受け取るけど》
にこぉっと笑う七色の妖精モドキらは、さも嬉しそうにセツの周りを飛び回った。
《此度の歌人はうら若き乙女。歌姫だね。さあ、歌って?》
《何がしたい? 望みはある? 我ら精霊王に歌を捧げれば、世界中の精霊が歓ぶわ。みーんな、貴女に力を貸してくれる》
嬉々とした妖精達と反比例し、セツの顔色がみるみる青褪めていった。
これは、アレじゃないの? 例の、歌が根絶させられたという昔話の裏事情じゃない? 人間側の知らぬ仕組み。歌に込められた祈りを叶えるって…… 捧げられた歌に憎悪が込められていたら? 復讐を願う歌ならば? ……うわああぁぁっ! こいつらが諸悪の根源じゃんっ!!
よくよく聞いたところ、セツ以外の人間で精霊を見た者はいないという。むか~しの歌人の中には、稀に気配や、うっすらとした影を感じ取る者がいなくもなかったが、ただそれだけ。
かつてのこの世界は、豊穣を願えば実りが。乾きを憂えれば雨が。病に穏やかな癒やしを、国の豊かな平穏を、子の健やかな成長を。多くの歌人が高らかに歌い、それが現実に作用する不思議世界だったらしい。
裏で暗躍する精霊達によって。
なのに人々は道を間違えた。怨嗟が憎悪を呼び、血で血を洗う争いの涯に、解釈違いから精霊達と繋がる歌を失った。
正しく使えば何物にも代え難い恩恵を、自ら封じてしまったのだ。
例の事件以来、各国は文明の衰退を余儀なくされた。歌とは何も娯楽ばかりではない。過去の史実を綴り、未来への展望を寿ぎ、歴史の隙間を埋めて結構な貢献をもたらしもする。
人の心に安らぎや活力を与え、前向きにさせる作用もあるのだ。大声を上げるだけで、人はすっきりしたりするだろう。それだけ、声を出すというのは大事なこと。
酒でも遊びでも良い。ひとくさりやれば、良い息抜きになる。愚痴でも御高説でも自慢話でも。話すや謳うといった行為は重要なストレス解消に繋がる。
それを自ら捨てた各国は、どこも地味な苛立ちとギスギスした空気が漂い、雰囲気の良い国などない。
ここが発展途上な異世界だから政治も治安も悪いと思っていたけど…… それだけじゃ無さそうだよね。
こうして精霊達に説明されれば、今までのセツの疑問も晴れていく。生活に密着していた歌を失い、長く暮らすうちに世界も歪みが生じているのだろう。
地球でだって音楽によって動いた歴史はある。精霊の力を借りれるとあれば、この世界の音楽は計り知れない恩恵だったはずだ。
「それじゃ、テオドアの病が好転したのも?」
《そうだよ? 君が彼の健康を祈ったからだよ》
うんうんと満面の笑みで頷く妖精ら。
《魔力器官は我らの管轄だしね》
《セツが祈り続けるんなら、精霊達が彼の身体を支えてくれるわ。魔力欠乏なんて起こす暇もないくらいにね》
ぱあっと顔を煌めかせて、セツは両手を組み妖精達に頼み込む。
「御願いしますっ! テオドアが苦しまないように…… えっと…… 体内の老化だっけ? それが悪化しないようにしてくださいっ!!」
組んだ手を額づけて拝むセツを見て、精霊達は快く応じた。
《勿論だよ。我等が愛しい歌姫の願いとあらば、誰もがこぞって叶えようとするさ》
《だから歌って? 言霊を。我等の力の糧を》
彼等の話によれば、セツが前世の記憶を取り戻し、暦とした歌を口にするようになったため力を得たらしい。
こうして姿形も取れるし、祝福とした力も使える。セツが歌えば歌うほど、彼等は本来の力を取り戻せるのだ。
今までは鼻歌ていどしかなかったので、光のような曖昧な姿しか見せられなかったのだとか。
歌を渇望する彼等に微笑み、セツは大きく頷く。
「喜んで♪ 何か好みはある? それに添ったのを歌うわ」
わっと群がる精霊らは、口々に色々捲し立てた。
《勇壮な歌が良いっ! 烈火のごとく爆ぜ駆け抜けるようなっ!》
《あらやだ、もっとしっとりしたのが良いわ。そうね、季節の移ろいや、世の理のような?》
《ちっちっち、歌といったら踊れるモノだろう? テンポの良い、子どもの笑い声みたいに明るく浮き立つようなね》
ぎゃあぎゃあやらかす、ちんまい光達の攻防に微笑み、セツは歌った。勇壮で人の理でテンポの良い歌を。
「四百余州をこぞる 十万余騎の敵~♪」
元寇。その昔、鎌倉時代に海を隔てた中国からの侵略を退けた史実を元に作られた歌である。嘘か誠か、突如として吹き荒れた嵐により、敵は壊滅的被害を受け、撤退したらしい。
《良い歌だな》
《戦の歌ね。かくあれかしと笑う兵士の顔が見えるようだわ》
《こういうのを聞きたかったんだ、俺の剣舞を披露しようっ!》
《あぶっ! 危ないっ! それ、神剣じゃないかっ! 踊るなーっ! 当たるっ!!》
ちびこい緑の精霊が振り回す剣から逃げ惑う妖精達。
ふむ、やっぱ古い歌が好みみたいね。
くすっと笑い、セツは大楠公の詩や故郷の空など、昔懐かしい歌を披露し、大変満足した妖精達とこれからを相談する。
「正直、村には帰れないと思うのよね。アタシ、魔女扱いされてるわけだし、家族に迷惑かかりそうだし」
ぶっちゃけ、迷惑どころの騒ぎではあるまい。御貴族様の不興を買ったのだ。村丸ごと焼き討ちされても不思議ではない。
ここは、そういう世界だ。身分ある者の横暴が罷り通り罪にも問われない。平民は、唯々諾々と平伏すしかない世界である。
幸い、奴等の意識はセツにのみ向いていた。他が眼中にないのは明白。しかし、逃げ出したセツを探して、生れ故郷が捜索される可能性も無きにあらず。
う~ん、と頭を抱える彼女の周りを飛びながら、精霊王と名乗った妖精らは可愛らしく小首を傾げた。
《セツは歌姫だぞ? 大切にされなくてはいけないな》
《そういや昔、人間が歌人を捕まえて処刑していたわね。まだ続いているの?》
《ああ、あれな。なぜに歌人らは、僕達に助けを求めなかったのか。残念だよ》
「へ?」
思わず素っ頓狂な顔を上げたセツを見て、妖精達は過去の凄惨な歴史を語る。
簡潔だが、複雑な話を。
彼らは歌の祈りを対価として力を貸すのだ。つまり、それ相応な歌を媒介にしなくては力を振るえない。
《助けてやるから歌えと申したに…… 歌人に我々の声は届かなんだ》
《……切なかったわ。未だに彼等の絶叫が耳からはなれないの。火で炙られて…… 絶命するまで轟いた絶叫が》
《だから、セツに僕の声が聞こえて嬉しかったんだ。ああ、今回は助けられるってね》
切なげな顔を並べる妖精達。
……なんてこったい。
セツは己の幸運に心から感謝した。
どういう理屈か分からないが、セツには妖精達の声が聞こえる。姿も見える。おかげで窮地を救われた。
過去にも気配や影くらいは感じられる歌人がいたらしいし、某かの法則があるのだろう。
あまりの安堵にへたり込んだセツの周囲で、妖精らが相談しながら飛び回る。
《要は安全な住処が必要なのだな》
《それも、生れ故郷の人々に危害の及ばないようによ?》
《姿をくらますのは簡単だけど…… ちょっと難しいね》
《なら、あえて姿をチラつかせるのもアリでは?》
一人の妖精が手を挙げて答えた。薄紫色の髪を左右に流した男の子っぽい妖精が。
《どこか遠くで呪い師をやれば良いのだよ。歌う呪い師を。セツが望むなら、なんでも叶えてみせよう。雨乞いや癒やし、大地の祝福とか? 各地を転々としてセツの痕跡を遺す。そうすれば、奴らはその痕跡を追って捜索するだろう? 何年もたてば、セツの故郷のことも忘れよう》
「それだっ! うんうん、わざとアタシの痕跡を残して君達に匿ってもらえば、アタシも街中で暢気に暮らせるね」
伯爵兄弟らを撒き、追い詰められても空に逃がしてくれた妖精の力。これがある限り、セツに危険は及ばない。
どこかに隠遁するのも手だけど、世捨て人になる覚悟までは備わっていないセツ。まだまだ遊びたい盛りだ。こうして不本意ながらも故郷を出奔したからには、せめて世界を楽しみたい。
風光明媚な場所を観光し、美味しい物を食べ、心地よい微睡みと安眠ぐらい得ても良いはずだ。
せっかくテオドアがくれた資金もあるし? 少し羽根を伸ばしてもバチは当たらないよね?
セツは、ちゃりっと音のする皮袋の中身を確認した。
《そんなモノに頼らずとも、呪い師の生業で稼げよう》
《そうね。雨乞いだけでも、そのお金の倍は稼げるわ》
《怪しげな巫女や神官と違って、セツは本物だからな。むしろ大枚叩いてでも来てくれと懇願されるかもな》
にっと何かを含むような妖精達の笑み。
一抹の不安を胸中に過ぎらせ、二度目の人生を謳歌すべく、セツは旅に出た。ちんまい妖精達をお供に連れて。
この後、世を席巻する歌姫セツの、最初の一歩が踏み出された瞬間だった。
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