第14話 ちょっと硬め!

三日月の下に目立っていた赤いドームはやがて失せた。



並々ならむ熱量をふくんだ剣熱は刃から狼煙となり夜空へと立ち上っていく。



突如このデータゾーンの1公園に発生したつよいまりょくと派手なエフェクトは辺りを彷徨っていたストローたちをハッキリと引き寄せた。



自身すら呑み込む大魔法に魔法ソード少女の通信は壊れ途絶え、オペレーションシステムのモニターにはしる砂嵐に顰めっ面はその鞭を取った。




硬直する完全無防備なターゲットへとまた飛び跳ね仕掛けた赤カエルは、──右脚を黒く縛られて地に堕ちる。


そのまま地に叩きつけられ、あやつる自在の黒鞭はピンと張るように前へ伸びゆきぶん投げられた。


なんとも素早くなんとも荒々しい破壊行動が繰り広げられ、


銀色のお玉杓子の集団へと投げ捨てられた赤カエルは得体の知れない緑のまりょくを孕みやがてボディ内部から発生したミドリの風魔法に刻まれ爆散、起こる──とてつもない暴風と爆発に巻き込まれた雑魚ストローどもが連鎖爆発していく。



ダークガーネットの瞳は、たしかに目の当たりにした妖しい緑髪の暴力を。


ゆっくりと振り返る黒スーツはネクタイを正しながら、黄色い眼でブザマな魔法ソード少女の石像を睨みつけた。



「おい、オマエ今月の給与は0だ」


「きゅうよ、ゼロ?」


「今月のお前のお小遣いはゼロだ、ぺーぺー、しょんべん石像」 


黒鞭はしなり、怒りを地に打ちつけた。

アンガーコントロールではない、物に当たり態度は明らかだ。ただ、怖い声のボリュームは据え置きである。

世には声で怒り散らしたところで効果的に響かない人種もいるのだ、『目の前の脳足りんだ』メリーガンは知っていた。


「しょんべんせきぞ…? あーー、お小遣い! ええええ!? わたしのプリンはお母さん!?」


「──ハァ?」


「ちょっと硬いの!」


「…………」


お前のお母さんとは誰なのか、一体コイツはナニを言っている。

メリーガンが顔を顰めたのは要求されたプリンの硬さにではない────








▼ひみつのデータゾーン、ブラックカフェ▼にて



今宵プリンはブラックカフェで。


シック、黒で統一された暗い店内のカウンター席でおおきな少女の隣にはクールな緑髪の黒スーツのお姉さん。


この2人が親子にも見えない、姉妹では当然ない。


そんな2人がブラックプリンを一緒に食べている。



†ブラックプリン†

レトロ感のある洒落たぎんいろのアイスカップに乗った黒胡麻プリンである。スプーンをすすめた真ん中にはとろとろの混沌(ビターチョコ)が入っている。

味は──洒落ている。



カクテルとプリンが合うのか……お酒をクールに嗜みながら、黄色い爬虫類のような眼はギロっと左隣をた。



「おい、お前あの炎の魔法はどうやった」


「はむはぷ──……まほう? あーーだいまほう!」


少女はスプーンでブラックを頬張っていた。隣席の付き添いに問いかけられ、混沌(ビターチョコ)がとろとろとプリン皿に流れていく。



「大魔法だと…どうやった、感覚でいい言葉にしてみろ」


「んーー、んーーー【愛のぼむ・えんど】! ──!」


首をコテっと傾げながら考えた少女は、やがて元に直り質問者に答えをいいサムズアップした。


「貴様はナニを言っ」


スプーンを置き、絶えず身につけていたウエストポーチからごそごそとイチマイの薄いCDを取り出した。


あの日本一有名なバンド、ソぴーずの何枚目かのシングル曲【愛のぼむ・えんど】のCDであった。


「本気か……」


四角いイチマイを手渡されてしまった。返ってきた答えは魔法のビームどころではない、どんな飛び道具よりもある意味飛び道具であった。


メリーガンは自慢の鋭いマナコを、目の前のダークガーネットの瞳のように丸くしてしまった。






ブラックカフェのマスターに借りた小型ポータブルCD再生プレイヤーは回る。



(……聴いたことがない、このボーカル…随分と生命力に満ちたザラさのある尖った声だな。このビリビリとしたチェストボイス……まるで雄になった私か、フッ)


その微笑みにサムズアップ!


熱聴する者を熱心に見入る真田ふれいはメリーガンの機微を見逃さない。


(こいつはなんだ…)


純粋さと呼ぶには気色悪く危うげ、素直と呼ぶにはその赤目はギラつき他人に主張する。


縛り繋がれていたオレンジのイヤホンを耳から外した。クセのある長い緑髪をかるく整え、


「これは没収だ、タカラを返してほしければ今日のように働けストローを殲滅しろ」


没収──。ポータブルCD再生プレイヤーとCDケースはぐるぐるとオレンジの紐で一緒くたに結ばれメリーガンの手元に収まった。


それはあまりにも唐突で横暴、お母さんの大事なCDが緑髪に借りパクされてしまった。

驚き顔で口をあんぐりとおおきく開けた少女は、


「えーーーー!? んーー……──!」


「……上司に何度も親指を立てるな、ちょん切られるぞぺーぺー」


最後までサムズアップ、少女がナニが嬉しいのかもはや目の前の悪たれには理解はできない。


緑髪はクシャついた1,000円札をカウンターにかるく叩きつけ、席を立った。





(魔法ソード少女マリティー、私にしてみれば悪も正義もぶくぶくと体制が肥えて膨らめば変わらんな)



(ただ、そんな中にも稀に訳の分からんヤツはいるらしい。こいつは脳足りんか、はたまたバグった御伽話──炎神か、どっちだ。────フッ、敗れた私には関係はないがな)



(伝説の魔法ソード少女、一度きりの輝きか、それとも前兆か、──アレもバグか)



白いシャツの膨らみの間を細いエメラルドのゆびさきが斜めに、そっと撫で上げていく。



「くだらんな。この上っ面の世界は」



カランと出入りの音が寂しく鳴った、黒スーツは緑髪をゆらして不味いプリン屋から退店した。



「私の私物が……」



「んーー、ちょこっと?とろっとぉ? んーーー? ちょっと硬めのプリン? ある?」


首をコテっと可愛らしく傾げた、少女がひとりブラックカフェのイカした眼帯をしたマスターを見つめる。


其処にはクシャついたイヤな1,000円が一個。

奪われたポータブルCD再生プレイヤーがゼロ個。

お気に入りのオレンジイヤフォンがゼロ個。

カクテル三杯。

綺麗に完食されたコルトンディッシュの銀色が、ふたつ。


眼帯黒スーツの女はポッケからブラックハンカチを取り出し、カウンターごしに聳える、混沌(ビターチョコ)に汚れたその置物の口元を拭った。

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