拝啓、ソクラテス先生

@auru2

無敵の年頃

中学2年、14歳。

私は割と真剣に自分が1番だと思っていた。

容姿端麗でもない、成績が特別優秀だった訳でも無い、運動も全然出来なかった。


銀縁インテリメガネで清潔感もなかった上に、代数の授業は100点満点中20点だったし、

テニスの授業ではラケットにボールが当たらないどころか顔面でボールを迎えに行った挙句、

滑ってグラウンドにひっくりかえっていた。


色気づくはずの年頃に、寝ぐせも直さず学校に行ってダウナーを気取っていた。

おまけに大好きだった少年漫画『BLEACH』の登場人物である浦原喜助の口調を真似して喋ったりもしていた。

飄々としていて本心を明かさないけれど実は強い、という格好良い(でもままある)キャラクターにあこがれていたのだ。

もうここまでで厨二病のオンパレード。数え役満。さすが14歳。


でも数学なんてなんの役に立つんだ、真剣に授業を受けるやつらはダサい、というイーロンマスクもびっくりな自己中心的理屈をこねくり回し、私が最強だと思っていた。


といってもそれを大っぴらに表に出さないようにはしていたと思う。

根底に全員をうっすら馬鹿にするような発想がある人間だったので、どこまでそれを隠せていたかは定かでは無いけれど。

そんな性格だったのに、100人以上部員がいる吹奏楽部に入り、結構真剣に活動していた。

真剣に授業を受ける人間はダサいと思っていたのに、自己矛盾甚だしい。

真面目に部活に行っていたので、同期とも比較的仲が良かった。

今にして思えば周りがとても出来た人間だったというだけなのだが。


肌寒いある日、制服のセーターの袖口を無理くり伸ばして萌え袖にして手を覆い、かかとを潰した上履きをズルズルと引きづりながら、お昼ご飯のために、部活の同期と学校の食堂に向かった。


人でごった返す食堂でハヤシライスの列に並んでいると、隣のカレーの列に並んでいる友達がぽつりと言った。


「なんかさあ、イライラして寝る前に枕殴ったりすることあるじゃん。」

「ある。昨日母親の『お風呂先入って』にイラっときて舌打ちした。」

「うわ。やば。」


いかな思春期とはいえ、母親に風呂にはいれと言われて舌打ちするなんて意味が分からない。

舌打ちすることがちょっと格好いいと思っていそうな節もあって、ただただ嫌な奴だ。


「でさ、このイライラどうにかしたいよね。別にトゲトゲしたいわけじゃないからさ。」

「うーん。まあソクラテスが言うにはさ、」

とソクラテスの名前をだした瞬間、友達が爆笑しだした。

それはそうだ。日常のほんのちょっとした雑談で、急に古代ギリシアの哲学者の名前を出してくる友達は嫌だ。

大喜利の答えになりそうな、絶妙な加減の鬱陶しさ。


当時の私は本当にそんなつもりはなかったけれど、

ソクラテスという名前を出すことで、

知識をひけらかそうという気持ちがでてしまっていたのだと思う。


友達があまりに爆笑するため、ソクラテスが何を言ったか、という肝心の中身は伝えられなかった。

だけど、その友達が私の発言を学年中の様々な人にしたようで、

次の日から私のあだ名が「ソクラテス」になった。

あの日、ソクラテスを通じて何を伝えようとしたかはさっぱり忘れてしまったけれど、

あだ名が「ソクラテス」になったことがほんの少しだけ嬉しかったことは覚えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拝啓、ソクラテス先生 @auru2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る