第16話 他のVの家系事情

「いやウチさ、グッズなんて出したことないし」


 ウチのいた事務所は、ASMRなどのCDさえ出したことがない。

 今考えると、ありえない営業スタイルだった。


 しらすママに指摘されて、色々と要望を出したら、うっとうしがられたし。


「なんかさぁ、前の事務所って、スパチャの中抜きだけやりたかったっぽいんよね」


「うわ。ひくわー。アンはマジで、【あぶLOVE】に拾ってもらってよかったな」


 ウチは「ありがとー」と返す。


「でさー。グッズを買ってもらうのと、スパチャって、タレントとしてどっちが還元率高いの?」


「えっと、わかんないなぁ。誤差レベルだと思う」


 そうなんだ。


「ASMRの収益だけでマンションの一室を買ったやつもいれば、グッズの権利を独占した直後に在庫を抱えちゃったタレントもいるらしい」


 カイナは「うちの事務所の話じゃないけどな」と付け加える。 


「ただ、他の箱の切り抜きで見たんだけどさ。そのタレントさんがいうには、『自分が制作に関わったグッズは、ぜひとも買って欲しい』って」


 一生懸命作ったものだから、多くの人の手に取ってもらいたいと。


「それが還元率と関わってくるのかは、わかんないよ?」

 

「お金やないんかもね、と」


「うん。人によっては、『いやー切羽詰まってるんで、現金くれ』って人もいるかもしれんよ。直接スパチャがいいって感じのな。けど、それはアタシが言える立場じゃないかな?」


 現金が手元にあるのは、たしかに強い。効率よくお金を回収できる方法なら、いくらでもある。

 だがそんな考えの人は、V活動のような遠回りをしない。もっと確実な方法で、お金を稼ぐだろう。


「そうなんや。あんたは、お金には困ってないん?」


 カイナは、浜寺に住んでるお嬢様だ。

 金銭面で苦労なんて、していないだろう。貧乏になった経験すら、ないかも。


「Vを始める時の設備投資なんかは、結構お金がかかるよ。でも、ダンナが稼いできてくれるから」


「そういえば、そうやったな」


 カイナは他のタレントと違って珍しく、配偶者がいることを隠していない。

 当時は、素人の「顔出しNG 大食い」として活動していた。

 V活動は、結婚をしてから。


「カイナのダンナさんって、なにしてる人やったっけ? カフェのマスターやっけ?」


「違う違う。純喫茶の、雇われ調理担当。マスターは、夫のお父さんだよ」


「アンタのところのお店、ウチが知らんわけや。純喫茶やから、お酒出えへんもんね」


 カイナの家では、カイナの夫が料理を担当している。

 高齢の義父は、コーヒーだけ淹れる係だという。もっとも常連の話し相手になることが、主な仕事らしい。

 

「アタシは元々、そこの常連客だったの。コーヒーじゃなくて、夫のナポリタンのリピーター」

 

 一般人の夫と四歳の息子がいること、第二子を身ごもっていることも、カイナは素人時代から公言していた。

 今は新しく生まれた娘の子育ての合間を縫って、配信をしている。

 そのためファンとの距離が程よく、女性の支持者も多い。

 夜のお話などは、ウチにも教えてはくれないが。


「義父って親子元々、老舗レストランのシェフだったんだよ」


 カイナと結婚するまでは、まだふたりともレストラン勤めだったらしい。


「でも、もっと庶民的な生活がしたいって、店を始めたんだよね」


 カフェを建てた第一号客の一人が、カイナだったとか。


「運命やね」


「かもね」


「どういう心境なんやろ?」


「税金対策だって。儲かりすぎ、忙しすぎ、お金使えなさすぎだからって」


 どこまでもつきまとうのか、税金は。


「あと、家族の時間も欲しいって言ってたよ。コーヒーとモーニングとナポリタンしか出さないから、仕込みとかあんまり考えなくていいし」


「もっとメニューを出すとか、考えへんねや?」


 ウチは、場末にある個人経営の居酒屋を思い出す。

 そこは、手書きのメニュー表が壁一面を覆い尽くしている。


「義父がもっと若かったら、そっちの道もあったかもね。屋台を引くとか、憧れだったらしいよ。けど、それだとレストラン以上に忙しくなっちゃうから」


 それも、そうか。


 高齢だと、身体の自由が効かない。そのため、経営で失敗もできない。

 

「原価が安くて在庫を抱えない、少ないお客でも回せる、自由度の高いカフェを選んだそうだよ」


 経営者とは、自分の限界まで見越して、運営をするのか。


「ダンナさんも、バリバリタイプではない?」


「ウチの夫は、家庭との時間が大事ってタイプだね。仕事に忙殺されたくないって」


 適度に働き、適度に家族サービスをしてくれるという。

 そのため、カフェの経営にも口出しもしない。義父の好きにさせている。


「生活費は、まったく問題なし。『投資しています』って、聞かされているし」


 どうもカイナのダンナさんの方は、積立投資などを少額でやっているという。

 

 だが当のカイナは、まったく関与していないらしい。


「投資はまだ、一般人が理解できるレベルまでは浸透していないからだって。金額も、まだ貯金の比率のほうが高いって。でも、相当な金額を投資に回しているみたい」


 比率としては、貯金七割、残りは投資だという。


「投資もあくまで、老後とか、働けなくなった時の保険程度だってさ」


 つまり、カイナのダンナさんは、サイドFIREに近いのかな。


「こっちの親からは、反対もされなかったな。仲がいいんだよね」


 地元からこちらに来る際、必ず立ち寄るという。


「カイナは、手伝わんでいいんや?」


「手伝わなきゃいけないほど、繁盛してないんだよね」


 ダンナさんがいうには、「妻には、好きなことをしていて欲しい」とのこと。


「アンもさ、いよいよ一〇〇万超えたんだって?」


「せやねん。貯金が案外、貯まってきてさ。でも、みんなのために使いたいなって」


「サービス精神が強いから、あんたにFIREとかはムリかもね。一生アイドルしてそう」


「うん。自分でも思うわ。ほな!」


 カイナとのコラボを、終了する。


 みんな、ちゃんと考えているのだなと思った。


 カイナはダンナさんも子どももいるため、将来を考える必要性は大きい。


 ウチはどうだろう?

 


 

 それから三ヶ月後。



 ウチの資産額は、五〇〇万に到達した。


 むつみちゃんの言うとおり、投資金額は加速度的に上がったのである。


 お金をあまり使わなくなった分を、すべて投資に回すことにした。

 気がつけば、三〇〇万も注ぎ込んでいたのだ。どうせ使わないからと。

 すべて、投資信託である。

 お金を使う場面では、使っているのだ。


 しかし、お金が減らないという場面によく出くわす。

 

 お金がたまりすぎて、「ゲーム機が高い」とか「外食のメニューの値段」とか、今ではあまり意識しない。

 かといって、利用はしないけど。


 いかに自分が、ムダな出費を重ねていたのかを思い知った。

 

 新衣装も、完成している。


「アンさん。新衣装、評判いいです」


「いやいや。しらすママのおかげやって」


 しらすママは、めちゃくちゃ気合が入っていた。

「いかに地雷系を追求できるか」を、五〇代の脳みそをフル回転させて思考を巡らせたらしい。

 そのせいで、一周回ってゆるふわになるという暴挙に出た。

 地雷系メイクなのに、服装はゆるふわというアンバランスさが、逆にリスナーの目を引くことに。


 まあ、しらすママも得意げだし、いいか。

 

「では、次の工程なんですが、コラボをしていただきます」


「コラボ?」


「三十五年ローンを組んで事務所兼スタジオを購入した、最強の個人勢と」


 マジか。

 まさかウチが、壬生ペーターゼンとコラボするとは。


「実は、もう連れてきているんです」

 

「こんにちはぁ。壬生ペーターゼンですぅ」


 子どもみたいな声が、むつみちゃんの後ろから聞こえてくる。


 ウチにあいさつをしたのは、以前むつみちゃんと行ったカフェにいた、ゴスロリ少女だった。


(第三章 おしまい)

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